第28話 尖塔

「ごきげんよう」

 通り過ぎる女子達が、俺にそう言って微笑みかけてくれる。

 ごきげんよう、とか、清楚せいそか!



 雅野みやびの女子学院高校は、俺達の街を見下ろすように小高い丘の上にあった。

 丘の頂上に建っている城のような洋館が、雅野女子の校舎だ。

 校舎の真ん中に立つ、見上げるばかりの尖塔せんとうがシンボルになっていて、たぶんそれは街中どこからでも見える。

 その歴史的な校舎の後ろには寄宿舎きしゅくしゃがあって、今でも全国から寄宿生が集まるらしい。

 らしいというのは、学校の周りを高い塀で囲んでるし、学校案内にも内部の写真は載ってないから、在校生や卒業生以外、誰もその中を知らないのだ。


 そこは、深窓の令嬢が通う、その深窓の延長のような場所だった。



「ごきげんよう」

 雅野女子の制服は昔から変わらない茶色のジャンパースカートで、古風だけど、一目で雅野女子の生徒だって分かるオーラのようなものを放っている。

 普段ナンパとかしてるチャラいヤツも、その制服の生徒には絶対に声を掛けない。


 そんな制服を着た女子達が、微笑みながら俺達の横を通り過ぎて行く。


「うむ、ご機嫌は大変良い。なんせ今日は祭だからな」

 花巻先輩が答えて、雅野の女子達がクスクス笑った。



 俺達、文化祭実行委員のメンバーは、招待状をもらった雅野女子学院高校の文化祭に出るために、通学路の坂道を登っている。

 今日は日曜で休みだけど、一度我が校に集まってから、こうしてみんなで向かっていた。


 花巻先輩は、制服の上に法被はっぴを着ている。

 「文化祭実行委員会」と書かれた法被は、実行委員が文化祭のときに着るユニフォームで、先輩が着ているオレンジ色はその中でも文化祭を取り仕切る最高責任者に与えられる伝統の法被だ。

 そのオレンジの法被は代々受け継がれていて、所々継ぎ当てしたり直したあとがあるけれど、それが却って法被にすごみを与えていた。


 大体においてテンションが高い花巻先輩も、他校とはいえ文化祭となると、余計に興奮している。


 そんな花巻先輩の次に興奮してるのが、六角屋だ。

 先輩以外はみんな制服姿で、ってことだったのに、六角屋だけダークグレーのキメキメのスーツを着ていた。

 髪も、髪の毛の一本一本を丁寧にセットしたみたいに固めている。

 眉毛もくっきり、白い歯は目の前に立った人が映るくらいに輝いていた。


「お前はなんでそこまで女子に夢中になれるんだ」

 俺は思わず訊く。

 俺だって雅野の女子と交流出来るなんてすごいことだとは思ってるし、女子とは仲良くしたいけど、六角屋ほどではない。


「だってあれだろ、この世の中には、まだまだ俺と話したことがない不幸な女の子がたくさんいるんだぜ。俺はそんな女の子を一人でも少なくしたいんだ」

 六角屋が大真面目で言った。


 すごい自信だ。


「まったく、あんたも六角屋君の百万分の一でも積極的になればいいのに」

 今日子が言った。

「そうだそうだ」

 文香もそれに乗って、二人で「ねー」とか言っている。


 なんか、藪蛇やぶへびだった。



 そして、六角屋の次に興奮してるのは文香だと思う。


 初めて参加する文化祭ってことで、文香は昨日の夜からそわそわしていた。

 眠れないとか言って、俺の部屋の窓ガラスを何回も叩いて俺を起こした(起こすのはいいけど、窓を120ミリ滑腔砲で叩くのは止めてほしい)。

 遠足が楽しみ過ぎて眠れない小学生状態だった。


 まあ、ゲームのボイスチャットでうちの文化祭のこと散々話して、文香に期待を持たせちゃったのは俺だから、仕方ないけど。




 雅野の生徒に交じって坂を上がりきると、立派な鉄の門の前に「尖塔祭せんとうさい」っていう雅野の文化祭の名前を書いた看板が立っていた。

 その脇に受付があって、父兄や関係者の招待状を確認している。

 俺達もその列に並んだ。


 俺達の番が来て、先輩が受付で招待状を渡す。


「お招き、ありがとうございます」

 先輩が言って深々と頭を下げた。

 先輩の態度に、雅野の受付の女子が恐縮する。

 そして、先輩から順番に通行証代わりの胸章きょうしょうを付けてくれた。


「失礼します」

 そう言って、俺の胸ポケットの辺りにピンを刺してくれる女子。

 たぶん、校則で決められてるんだろうけど、彼女は後れ毛が一本もないくらい髪をきっちりと後ろで結んでいた。

 胸章を付ける所作しょさだけでも、上品さがにじみ出ている。

 付けるときに頭が近付いて、嗅いだことがないようなシャンプーと柔軟剤の香りがする。

 思わず、鼻の穴を最大限に開けて匂いを嗅ごうとしたけど、前で今日子がジト目をしてるから止めた。



「あの、この方もですか?」

 受付の女子が文香を指して訊く。


「はい、この三石文香も、我が文化祭実行委員会のれきとした委員です。手前味噌てまえみそではありますが、大変優秀な人材です」

 先輩が堂々と言った。


「はあ」

 受付の女子はぽかんとしている。


 彼女は文香にも胸章を付けてくれた。

 ヘッドライトのガードのところに取れないように結んでくれる。


「ありがとうございます」

 文香は嬉しそうだった。

 戦車から声を掛けられて、その女子はびっくりしてたけど。




 受付を終えて校内に足を踏み入れると、校門から校舎までの煉瓦れんがの並木道の両側に、幾つもの模擬店もぎてんが並んでいた。

 祭のとき、神社やお寺の参道さんどうに出店の屋台がのきを連ねている、そんな感じだ。


「すごい、こんなにたくさん人がいて、イベントのときみたい!」

 文香が興奮して言った。


 確かに、ゲーム内のイベントのときのように混み合っている。


「あの、とりあえず連絡先交換しましょうか」

 六角屋は近くにいた雅野の女子に声をかけて、さっそく活動を開始した。


「よし、私もとりあえず、腹ごしらえだ! 腹が減っては祭が出来ぬってな!」

 花巻先輩が模擬店を覗きに行く。



「もう、先に、向こうの実行委員に挨拶しましょ……」

 俺が先輩を注意しようとしたそのとき、俺の視界に、うさぎの耳が飛び込んできた。


 赤い兎の耳と、同じ色のレオタード。

 レオタードのお尻に真ん丸のしっぽを付けている生物。

 足はなまめかしいストッキングで、足元はハイヒールだ。


 これ、バニーガールって言うんじゃないだろうか。

 バニーガールって、実在したんだ!


 そのバニーガールが、焼きそばの模擬店の客引きをしていた。

 肌が透き通るように白いし、童顔だし、たぶん、この雅野女子の生徒なんだと思う。


「い、いらっしゃいませー」

 恥ずかしがりながら客引きしてる姿が可愛さに拍車を掛けている。

 某団長に無理矢理やらされたって感じだ。


 上品な雅野女子の生徒がふんするバニーガール。

 そのギャップは、マリアナ海溝くらいあると思う。



 しかし、そこにいたのはバニーガールだけじゃなかった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 頭にヘッドドレスをつけたメイドさんもいる。


 ここが天国か…………

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