第25話 お弁当

 ドライブインシアターから海岸線の道を歩いて、砂浜の前の駐車場にたどり着いた。

 夏の夜だったら混雑するここも、秋になって人も車もまばらだ。

 俺と文香は、駐車場からなだらかなに続くスロープを通って、砂浜に下りた。

 砂浜を、海岸線と平行にゆっくり歩く。



 ほとんど風がなくて、夜の海は穏やかだった。

 海岸沿いに広がる工場や街の灯りが水面に映って、夜景が倍になって輝いている。

 月の光も、海に反射して一本の光の筋になっていた。


 文香が用意してくれた弁当を食べるのに、どこか座る場所を探してたら、

「私の上に座れば?」

 文香が言う。


「いいの?」

「うん」

 文香は履帯りたいをぺったんこにして、俺が座りやすいよう姿勢を低くした。


「それじゃあ、ごめんね」

 俺はそう言って文香の車体前部に腰掛ける。

 俺のすぐ後ろには文香の砲塔があって、顔の横には砲身が通っていた。

 なんかこの体勢だと、俺が文香に抱っこされてるみたいだ。


 文香がエンジンを切ると、辺りは波音だけになる。

 砂浜に下りてるのは、俺と文香だけだった。



「じゃあ、食べて食べて」

 文香が弁当を指して言う。


「うん、いただきます」

 俺は、文香にもらった弁当包みを開けた。

 文香の包みは、お弁当箱とデザートの容器の二つに分かれている。

 お弁当箱を開けて見た目をめたいところだけど、暗くてよく見えない。


「ちょっと待ってね」

 文香がそう言うと、後ろから「バシュッ」って、花火が打ち上がるみたいな音がした。

 なにかが空に上がるのが分かる。


 しばらくして、辺りが昼間のように明るくなった。


「今、照明弾を打ち上げたから」

 文香が言う。

 猛烈な光を放つ球が、煙を上げながらゆっくりと落ちてきて俺達を照らした。


 こんなことで照明弾なんか使っていいのかってことは、ひとまず置いておこう。


 照明弾の明かりの中で見る文香の弁当は、色鮮やかだった。

 卵焼きの黄色、たこさんウインナーの赤、ピーマンの肉詰めの緑。

 エビフライの黄金色に、飴色あめいろの甘酢あん。

 ご飯の方も、桜でんぶと鶏そぼろ、サヤエンドウの三色になっていた。

 デザートの容器に入ってる苺とキウイも、クリスマスカラーみたいで綺麗だ。


 文香の弁当は、まさしく、彼女のイメージぴったりの可愛い弁当だった。



「そのたこさんウインナーは、私が切れ目を入れたんだよ」

 文香が照れた感じで言う。

 たこさんウインナーにはちゃんと八本の足があって、ゴマで目も付けてあった。


「砲身に包丁をくくりつけて切ったの」


 いや、器用すぎるだろ……


「食べて食べて」

 文香に言われて、俺はそれを口に運んだ。


「うん、おいしい」

「ホント? 良かったぁ」


 他にも、卵焼き器で卵焼きを作ったり、ピーマンやサヤエンドウを切ったり、苺のへたを取ったのは、文香がやったらしい。

 そして、このメニューは全部俺が好きなものだった。

 ゲーム中のボイスチャットで俺が言ってたのを、文香は覚えていた。

 卵焼きの味付けが甘いのとかも、俺の好み通りだった。


 どれも、お世辞抜きでおいしい。



「学校は楽しい?」

 俺は、弁当を食べながら訊く。


 こうやって文香と普通の話をするのは久しぶりだ。

 学校では隣の席で、登下校も一緒なのに、こういうことはあんまり話せていない。

 ゲームの中では気軽に話してたのに、現実の世界では中々切り出せなかった。


「うん、やっぱり、学校は冬麻君が言ってたとおりの楽しいところだったよ」

 文香は砲身を上げて、空を見上げるような仕草をする。


 話を大きくしすぎてたと思ってたから、それなら良かった。


「クラスにも友達が出来たし、花巻先輩とか尊敬するし、いい人だし」


 花巻先輩が尊敬できるかどうかは別にして、いい人なのは間違いない。



「それと、俺にがっかりしなかったかな? って、思ってて…………」

 俺は、一番訊いてみたかったことを訊いてしまった。


 ゲームの中で俺は先輩風吹かせてたし、思いっきりイケメンでカッコイイアバター使ってたから、それが現実世界でこんなヤツで、文香、がっかりしたんじゃないかと思ってた。

 現実の俺は、全然イケメンじゃないし、クラスの中では目立たなくて、ゲームのギルドにいるときとはキャラがまるで違うし。



「ううん、全然、がっかりなんかしてないよ」

 文香はそう言って、砲塔を振った。


「ホントに?」


「うん、現実の冬麻君も、カッコイイ、かも…………」


 空に浮かんでた照明弾が落ちて、辺りが再び暗くなる。

 でも、それで良かった。

 たぶん、今、俺の顔真っ赤だと思う。


 俺は、照れ隠しでご飯をかき込んだ。




「ねえ、今日の映画に誘ってくれたのって、月島さんに頼まれたりした?」

 弁当を食べ終えてお茶を飲んでたら、突然、文香がそんなことを訊く。


「えっと…………」

 一番痛いところに切り込まれて、お茶が変なところに入った。

 俺は、しばらくむせる。


「だって、ヘリコプターが常に私を監視してるし、街中で、カメラが私を狙ってたし、これは月島さんが考えた作戦なのかなって思って」


 ああ、あのうるさかったヘリコプター、そういうことだったのか。

 文香を監視してたのか。

 街中のカメラが狙ってたって、それは気付かなかった。


「空の上では、今でも偵察衛星が私を捉えてる。それに、ドライブインシアターで、隣りに体格がいいカップルがいたでしょ? あの人達も、駐屯地で見たことがあるの」


 あの人達、妙にがたいがいいって思ってたけど、そういうことか。


「それに、冬麻君、ホラー映画苦手みたいだったし」

 それについては、まったく弁明べんめいのしようがない。



「せっかくのお休みに、冬麻君に迷惑かけてごめんね。これからは、月島さんが無理なこと言っても、付き合わなくていいから」

 文香が悲しいことを言う。


 彼女は全部お見通しだった。

 俺達人間より文香のほうが敏感なのかもしれない。

 俺達の浅知恵を簡単に見抜いている。

 そして、気を使っていた。

 人間の中には、もっと無神経なヤツが、いくらでもいるのに。



「確かに、今日のことは月島さんに頼まれた。でも、嫌だったら俺、断ってたから」

 俺は言った。


「嫌だったら、ここに来なかったから」

 俺が言うと、文香が 

「うん」

 って頷く。



 そのあと、二人しばらく黙って、夜の海を眺めた。

 それ以降はヘリコプターも飛んでこなかったし、月島さんが監視の人員を引き上げさせたのかもしれない。

 

「買ってもらったリボン、大切にするね」

 最後に文香がぽつりと言った。

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