第24話 ドライブインシアター

「きゃあああああああああああああ!」


 スクリーンにアイスホッケーのマスクをつけた殺人鬼が出てきたところで、俺は、思わず悲鳴を上げてしまった。

 マジで、のどから心臓飛び出るかと思った。



 月島さんがくれた映画のチケットは、よりによってホラー映画だった。

 それも、「悪魔の毒々どくどく盆踊り、ニューヨークへ行く」っていう、カルト的人気を誇るB級映画だ。


 まったく、デートにこういう映画を選ぶって、月島さんのセンスを疑う。

 ホラー苦手な俺は、こんな映画だって知ってたらこの映画デートは受けなかった。

 絶対断ってた。

 だけど、文香とこうしてドライブインシアターに来てしまった以上、もう、後戻りはできなかった。



 日が暮れて上映が始まったドライブインシアターには、俺達の他に五十台くらいの車が入っている。

 最大収容台数が百台だから、結構賑わっていた。


 横幅20メートル、縦9メートルもある巨大なスクリーンの前には、スポーツカーとかSUVとか、様々な車が駐車している。

 だけど、どの車も共通してるのは、その中にカップルが乗ってるってことだ。

 二人寄り添って肩を抱いたり、車の中でポップコーンやハンバーガーを食べたり、コーラを飲んだり、みんな楽しんでいる。


 世の中には、リア充がたくさんいるらしい。



 文香の大きさを考えて、俺達は駐車スペースの一番後ろに陣取っていた。

 文香がスクリーンの方を向いて駐車して、俺はその隣に椅子を並べている。


「うっ、うわあああああああああ!」


 さっきから俺は、何回悲鳴を上げたか分からない。

 映画の脚本家がここでびっくりしてほしいと思ったところで、いいように叫んでる気がした。

 いいかもになっている。


 でも、怖いものは怖いんだからしょうがない。


 だってあれだよ。

 殺人鬼とか、ゾンビとか出てくるし、突然、血とかドバッと出たりして、そんなの叫ばずにはいられないと思う。

 こんなの好んで見に来る人の方が、絶対おかしいと思う。



「ねえ冬麻君、怖かったら、私の中に入ってもいいよ」

 見かねた文香が言った。


 確かに、文香の中に入ってた方がいい気がする。

 ことあるごとに俺が叫んでて、そろそろ周りの客からクレームが来そうだ。

 一つ隣の駐車スペースで、妙にがたいがいいカップルが、俺達の方を凝視ぎょうししている。



「それじゃあ、お願いしようかな」

 俺は、砲塔上のハッチを開けて文香の中に入った。

 この中に入っちゃえば、もう、俺の悲鳴は外にれないと思う。


「エアコンかけるから、寒かったら言ってね」

「うん、ありがとう」


 文香の中に入って、目の前のモニター越しに映画を見た。

 耳にヘッドセットを着けて、音はそこからもらう。


 俺の心臓がどっくんどっくん鳴ってるのが、文香の敏感なセンサーに捕らえられたかもしれなくて、恥ずかしい。


「冬麻君、大丈夫だよ。あんなゾンビが来たって、私の装甲には傷も付けられないし、多目的戦車榴弾りゅうだんでぶっ飛ばして、残りは主砲同軸の7.62mm機銃と、砲塔にある12.7mm重機関銃で機銃掃射して殲滅せんめつするから」

 文香が言った。


 文香が言うと、説得力がありすぎる。


 俺の周囲は鉄やセラミックの壁で覆われてて、びくともしなさそうだ。

 俺のすぐ横には、自動装填そうてん装置があって、砲弾もぎっり積んでるし。


 文香の中は、狭いけど絶対的な安心感がある。


 おかげで、文香の中に入ってからは、もう俺は一度も叫ばなかった。

 殺人鬼やゾンビから逃げ回ってる登場人物のことが笑えるくらいになる。

 まあ、文香に笑われないように、我慢してた部分もあるんだけど。


 残り上映時間の一時間三十分を、俺はそうやって文香の中で過ごした。




「面白かったね」

 映画が終わって、文香が言う。


「うん、でも怖かった」

 情けないところを見せちゃったから、文香の前ではカッコつけてもしょうがない気がした。

 だから、正直なところを言う。


「冬麻君、可愛かったよ」

 文香が笑いながら言った。


 俺は、ハッチを開けて外に出る。

 中で文香が温度湿度を調節してくれてたから、外はちょっと蒸し暑く感じた。



 上映が終わって、周囲の車が出口に殺到さっとうしている。

 みんな、次の行き先があるみたいで、急いでいた。

 今は土曜の夜だ。


「これから、どうしようか」

 俺は訊く。

 人間同士のデートなら、これから食事とか行くんだろう。

 でも、文香はレストランに入れないし、文香用の燃料を出してくれるレストランなんかない。


「ねえ、冬麻君、お腹空いてない?」

 文香が訊いた。


「まあ、少しは」


「だったら、お弁当食べない? 私、作ってきたの」


「えっ?」


「ううん、作ったって言っても、私、細かいことはできないから、月島さんに手伝ってもらったんだけど。手伝ってもらったっていうか、作ったのはほとんど月島さんなんだけど……でも、私、冬麻君の好みとか知ってるから、メニューを考えたのは私で、レシピも調べて…………それで……」


「うん。じゃあ、頂く」

 俺は、文香が全部言う前に答えた。


「良かった。お弁当、車長席の足元のクーラーボックスに入ってるから」


 文香が言ったクーラーボックスを空けると、中にピンクのランチクロスの包みが入っている。

 文香らしい、猫の模様がついた可愛い包みだった。


「どこか、景色が良いところで食べよう」

 俺は提案する。

 デートで女子が作って来てくれた弁当を食べるとか、俺が彼女ができたらやってみたかったこと17位くらいにある。

 せっかくだから、いい場所を選びたかった。


「じゃあ、海が見えるところに行こうか」

「うん、そうしよう!」


 俺達は、ドライブインシアターを出て海まで歩く。


 昼と同じで、夜になってもヘリコプターの音がうるさかった。

 映画を上映してる最中には飛んでなかったのが、せめてもの救いだ。



 並んで歩きながら俺は気付いた。


 本当なら、女子の文香が歩道側で、俺が車道側を歩くんだろうけど、文香は、俺を守るように車道側を進んでくれていた。


 俺は、文香に守られながら海まで歩く。


 絶対の安心感で、今、前からゾンビが襲ってきても怖くない気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る