第10話 部室

 俺と今日子が活動している文化祭実行委員会は、元々、教員が宿直しゅくちょくのときに使っていた古い平屋の一軒家を拠点にしている。

 教員の宿直制度がなくなって空いた建物が、委員会に割り当てられた。

 実行委員は文化祭が近付くと寝泊まりすることも多くなるから、台所や風呂場があるその建物がちょうど良かったのだ。


 学校の敷地のすみにぽつんと建っている一軒家は、がきに囲まれていて、校舎からの視線がさえぎられていた。

 プールの並びにあって、夏場以外は至って静かだ。

 俺達はそこを「部室」って呼んでいた。


 俺は、文化祭実行委員会なんか入るつもりなかったんだけど、なんの部活にも入ってない俺を、今日子が無理矢理引き込んだ。

 なんか入らないと、ずっとぐだぐだしてるだけで高校生活終わっちゃうよって、うるさかったのだ。




「やあやあ諸君、元気だったかな?」

 俺と今日子が玄関のガラスの引き戸を開けるやいなや、上がりかまちで待ち構えていた花巻はなまき先輩が、大袈裟おおげさに出迎えてくれる。


 まず言っておくけど、彼女は変人だ。


 我が人生、365日、毎日がお祭りだと言ってはばからない花巻先輩は、文化祭実行委員長が天職だと自負じふしている。

 だから、その文化祭実行委員長の座を手放さないために、三回目の三年生をしていた。


 当然、花巻先輩は、今、二十歳はたちだ。


 我が校の文化祭は六月に行われるから、今年の文化祭はもう終わっている。

 それなのに花巻先輩がまだ文化祭実行委員長の座にいるってことは、今年度も留年して、来年の文化祭も仕切る気でいるってことに他ならない。


 だけど、花巻先輩がそれほどまでに文化祭に入れ込む気持ちも、ちょっとだけ分かる気がする(ホントにちょっとだけ)。


 うちの高校の文化祭は、俺達、文化祭実行委員会を中心に一年をかけて準備する。

 この地域や周囲の学校も巻き込んで、盛大に行われた。

 この地域全体の祭といってもよかった。

 下世話げせわだけど、地域の企業や商店からの寄付が集まって、莫大ばくだいな資金が動く、一大イベントなのだ。


 だから、それを三回仕切ってきた花巻先輩に、教師達も一目置いてるところがあった。

 それで、花巻先輩には学校生活にもかなりのフリーハンドが与えられている。


 花巻先輩。

 花巻はなまきそよぎ先輩。


 身長が170を越えていて、俺より少し高い。

 せすぎな女子が多い中で、適度にふくよかで、出るところがすごく出ている(推定90㎝)。

 光に当たると濃い茶色になるさらさらの髪を、ショートボブにしている先輩。

 その瞳からは、常に僕達下級生のすべてを受け入れてくれるような、おおらかな視線を注いでくれた。


 今現在、花巻先輩は、半分この「部室」で寝泊まりしていて、ここに住んでいるような状態だ。

 室内は、先輩が自分の家から持ち込んだ家具や衣服、電化製品、日用品がごろごろしている。

 時々、風呂場の前のさんに物干しハンガーを掛けて、そこにパンツとかブラジャーを干してたりすることもあった。


 居間に転がってる黒霧島くろきりしま一升瓶いっしょうびんは、花巻先輩が空にした瓶だ(前述したように、先輩は二十歳を過ぎている)。



 俺と今日子が先輩と夏休み明けの挨拶を交わしていると、


「ちわっす」

 と、もう一人の委員、六角屋むすみやが入って来る。


「ああ、花巻先輩、今日子ちゃん、二人とも相変わらずお美しい」

 口を開くなり六角屋が言った。


「二人に会えない夏休み、僕は、涙で枕を濡らしていましたよ」

 六角屋が続ける。

 そんなセリフ、よく言えるもんだ。


 長めの髪がパーマをかけたみたいにカールしていて、ちょっと中性的な雰囲気があるこいつは、六角屋むすみや祐樹ゆうき

 俺と同じ一年生。

 言動で分かるように、こいつは基本チャラい。


 この文化祭実行委員会に入ったのも、文化祭やその準備で周辺の女子校と交流できるからって公言している。


 それほど群を抜いたイケメンってわけじゃないのに、六角屋は女子に結構人気があった。

 俺は四月からの付き合いだけど、その秘密は六角屋の気遣いにあると思っている。

 六角屋は完全レディファーストで、女子に対しては無条件で優しい。

 女子の髪型とか、鞄に付けてるマスコットとかが変わるとすぐに気付くし、俺が恥ずかしくて言えないような言葉で、臆面おくめんなくめた。


 だから俺は、今日子に六角屋の爪のあかでもせんじて飲めって、いつも言われている。


「なあ小仙波、お前のクラスに文香ってが入ってきたんだろう?」

 俺と顔を合わすなり、六角屋がいきなり訊いた。


 さすが六角屋、女子に関しては情報がはやい。


「どんな?」

「大きくて、迫力がある」

 俺が言うと六角屋は微妙な顔をした。


「お前は、女子の内面を見ろ」

 見てないくせに、六角屋にそんなふうに言われる。


 それにしても六角屋、戦車の文香にまで手を伸ばそうとするとは…………




 部員全員が揃ったところで、俺達は「部室」の居間に集まって、ちゃぶ台を囲んだ。

 ここが、我が文化祭実行委員会の定位置だ。



「さて、みんなに集まってもらったのは、他でもない」

 花巻先輩があらたまって言った。

 先輩のセーラー服は壁のハンガーに掛かっていて、先輩は涼しそうなピンクのワンピースを着ている。


「休み明け、さっそく我が校では祭がある、そう体育祭だ」


 この花巻先輩、365日がお祭りっていうポリシーの下に生きていて、文化祭だけじゃなくて、祭と称するものすべてに反応する。

 お祭りだけじゃなく、年中行事とかにも軒並み反応した。

 そして、そういう行事には、すべて全力でのぞむのだ。


 成り行き俺達はいつもそれに巻き込まれる。

 入学してからの数ヶ月で、俺はそれを理解した。


 まあ、こういう強引さでもなければ、この学校の文化祭なんて仕切れないんだと思う。


「そこで、今日は部活動対抗リレーでする扮装ふんそうをどうするか、話し合おうと思う」


 花巻先輩がいう部活対抗リレーは、体育祭の一つの種目で、ガチの競走をする運動部以外は、仮装をしていかに目立つかを競い合うのが伝統になってるらしい。


 当然、お祭り命の花巻先輩としては、目立つ方で一番になりたいのだ。


「さあ、思う存分、意見を出してくれ」

 先輩がちゃぶ台に手をついて、前に乗り出して言った。



 そんなわけで、俺達の話し合いは長くなる。

 花巻先輩は、中途半端なアイディアでは許してくれなかった。

 先輩は一年から三年までの三回と、留年した分の体育祭でいろんな仮装を見てるわけで、ありきたりな仮装で満足しない。


 俺達は、三時のおやつを食べながら、部室の居間であれこれ話し合った(それにしても、『部室の居間』っていうワードも奇妙だけど)。

 開け放してある窓からは、野球部の金属バットの音とか、サッカー部やバレー部の掛け声が聞こえてくる。

 おやつを食べながらの話し合いは、頑張ってる運動部のみんなには、少し悪い気がした。


 こんなまったりとした時間もいい、なんて、そんなこと考えるのは、俺も花巻先輩に毒されてきたんだろうか。



 結局、夕方になっても結論が出なくて、また、明日ってことになった。


「それじゃあ、また明日」

 部室の玄関で花巻先輩が送ってくれる。


 先輩、今日もここに泊まるらしい。 




 家に帰る前に、、教室を覗くと、もうそこに文香の姿はなかった。

 残っていたクラスメートが、少し前に帰ったって教えてくれる。


 そうか、文香は無事、転入一日目を過ごせたらしい。


 あれ、でも、月島さんに頼まれたとはいえ、なんで文香のこと気にしてるんだろう?



 俺も家に帰る。

 新学期初日から、色々ありすぎた。


 夕方、自転車で流すと、暑い中にも秋の気配がして空気が気持ちいい。


 寄り道せずに帰って隣の家の前を通ると、朝、家の前に並んでいたトラックは、もう消えていた。

 隣の家の玄関には灯りがついている。

 やっぱり、誰か引っ越して来たんだろうか?



 何気なく隣の家の駐車スペースを見たら、そこに戦車が停まっている。

 自衛隊の23式戦車改だ。


 そうそう、最近、なにかと物騒ぶっそうだし、一般の住宅にも戦車くらい置いて自衛するのが当たり前だよね。

 最新の23式戦車があれば安心、泥棒だって強盗だってすぐに逃げ出すし、特殊詐欺を企む連中だってきっと寄りつかない。

 うちも、はやく車を戦車に買い換えればいいのに……


 って…………


 

 おいっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!



 俺は、思わず路上で脇腹がつるくらいのノリツッコミをしてしまった。

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