第9話 ファーストコンタクト
コンピューター室の月島さんのところから帰ると、教室には
教室に残っているクラスメートが、文香を遠巻きに見ている。
文香も、俺の席の隣で一ミリも動かずに固まっていた。
両者の間には、ピリピリした緊張感が漂っている。
全長9.5メートル、全幅3.2メートルもあるはずの文香が、縮こまって見えた。
砲塔から突き出した砲身も、しおれて地面を向いた感じだ。
そういえば、こんな場面、前にもあった気がする。
俺と文香が、「クラリス・ワールドオンライン」の中で遊んでたときのことだったと思う。
そのとき俺達はまだ知り合ってなくて、俺がギルドのメンバーと一緒にクエストに出た途中、入ろうとしたダンジョンの入り口で、文香を見掛けた。
ララフィールのアバターを使う文香は、小さな体で、必死にモンスターを倒してレベル上げをしていた。
だけど、ゲームを始めたばっかりだったから、弱いモンスター相手でも上手く倒せず、
見かねた俺は、モンスターを
親切なチュートリアルをしてあげたのだ。
それがきっかけで、俺達は時々一緒にゲームをプレーするようになった。
当時、文香は俺のことを師匠って呼んでいた。
文香はすぐに上達して、レベルもどんどん上がっていった。
そのうち俺は、彼女をギルドに誘った。
けれど、ギルドに入ったフミカは、他のメンバーと中々話せずに、ボイスチャットでも無言なことが多かった。
元々、文香は自分から人に話しかけるようなタイプじゃなかったし、ギルドのメンバーはみんなかなり長いあいだ一緒にプレーしてたから、そんな集まりの中に新人が中々入っていけないことは、俺にも分かった。
だから俺は、文香がみんなの会話に入れるよう、あいだを取り持ったのだ。
文香に話題を振ったり、ギルド内でしか通じない言葉や話題の通訳をしたりした。
それで文香も徐々に話すようになった。
そうやって一度みんなの中に入ってしまえば、文香は
昔からギルドにいたみたいに話せるようになった。
今のこの教室の状況を見ながら、俺はちょっと前のその光景を思い出す。
ゲームのときと同じように、この教室でも、俺が文香とクラスメートとの間を取り持つべきなんだろうか。
さっき、月島さんからも文香のことよろしくって頼まれたばかりだし。
だけど、俺と文香は初対面の設定だ。
二人が知り合いだったことは、隠さないといけない。
俺が文香の肩を持つようなことをしたら、みんな疑問に思うだろう。
第一、俺自身だって、このクラスに、胸を張って言えるほど馴染んでるわけでもなかった。
そんなこと考えて迷ってたら、おもむろに文香の砲塔が動く。
前を向いていた砲塔が、少しだけ回転して、正面がみんなの方を向いた。
正面がみんなを向いたってことは、120ミリ
圧倒的な力を持った武器が、みんなの方を向いている。
教室の緊張がさらに高まった。
みんなの表情が凍り付いて動きが止まる。
ガヤガヤしていた声が消えて、教室内がしんと静まり返った。
思わず、泣き出しそうになる女子もいる。
緊張が頂点に達したとき、
「あのう、みなさん、よろしくお願いします」
文香がそんなふうに切り出した。
あの、恥ずかしがり屋の文香が、自分からみんなに話しかけたのだ。
話しかけながら、文香は前方のサスペンションを沈めてお
深くお辞儀するから、砲身の先端が床に着きそうになった。
途端に緊張が溶けて、こわばっていたみんなの肩から力が抜ける。
張り詰めていた空気が、一瞬で柔らかくなった。
すると、遠巻きに見ていた中で、委員長と女子数人が、意を決したように文香に近付いていく。
恐る恐るって感じだったけど、女子達が文香の前に立った。
「ねえ、三石さん。三石さんも、音楽とか聞くの?」
委員長が話しかける。
「はい、聞きます」
文香が答えた。
「どんなの聞く?」
「えっとね……」
委員長と文香との会話のラリーが続いて、それが取り巻きの女子達との会話に広がる。
やがて文香は、クラス中の女子達、そして、噂を聞いて他のクラスからこの教室を見に来た女子達にも囲まれるようになった。
女子が集まったってことは、その女子に相手にされたい男子も集まって来て、文香の周りは
見てると、文香は時々砲塔を左右に動かして恥ずかしそうな素振りをしたり、サスペンションの油圧で
大きさと形は全然違うのに、ララフィールのアバターの文香の面影が見えた気がする。
よかった。
とにかくよかった。
文香とみんなのファーストコンタクトは、一応、成功したみたいだ。
「ほら、冬麻、部室行くよ」
俺が文香を見てたら、背中から今日子が声を掛けてきた。
教室内のこの出来事に、あんまり感心がなさそうな今日子。
「
「ああ」
この場合、部室とは俺と今日子が所属してる「文化祭実行委員会」の執務室のことだ。
文化祭実行委員会のメンバーは部活には所属してないから、委員会の仕事が部活の代わりになっている。
だから、それで使う部屋を俺達は部室って呼んでいた。
そして、「花巻さん」とは、その文化祭実行委員会を仕切る実行委員長、俺達の先輩のことだ。
「まったく、うちの学校も、なに考えてるんだか」
今日子が文香とみんなの方を見て、ため息を吐いた。
もちろん、今日子は俺と文香の関係を知らない。
「ほら、はやく行くよ」
今日子にせかされて、俺はその後についていく。
文香を教室に残していくけど、この雰囲気なら、たぶん一人(一台?)でも大丈夫だと思う。
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