成立編14話 火隠の里



ドラグラント連邦が成立するまでは、龍の島に滞在しなくてはならない。ま、もうオレが何をするまでもなく、秒読み段階に入ってはいるのだが……


テムル少将とケクル准将、それにアレックス大佐が中核となった増援部隊が南エイジアの近くまで到達すると、機構軍は攻勢を中止した。司令が前線に到着してからは芳しい戦果を挙げられていなかったし、ここらで店仕舞いするのが賢明だろう。ここらの駆け引きは、半ば出来レースみたいなものだ。


オレは前線にいる司令に通信を入れ、現在の状況を報告する。


「こっちの戦役も終わりが見えた。残務処理を終え次第、私も龍の島へ飛ぶ。総督総代の就任式に出席せねばならんしな。」


いつものように白蓮の指揮シートにふんぞり返った司令は、プカプカと紫煙を吐きながらそう言った。


「オレを前線に呼び寄せて、失地回復を狙うプランはなかったんですか?」


「それも考えはしたのだがな。後方に潤沢な生産拠点が出来たのに、ここで無理をする必要はなかろう。切り取られたのはトガとカプランの領地だけだしな。」


そりゃそうだ。トガとカプランは失地回復を図りたいに決まっているが、あの二人の為に無理をする必然性がない。龍の島で大勝し、南エイジアでは惨敗した。とはいえ同盟の得点のが多い。オレ達的には問題なしだ。


「機構軍のみならず、同盟のパワーバランスにも変化が出そうですね。」


最後の兵団と薔薇十字の勢力が伸長し、同盟ではドラグラント連邦が成立する。これは戦争の行方を左右するブレイクポイントになるだろう。


「そうなるな。ところでカナタ、まだ噂の段階だが、どうやら"奇行子"Kも完全適合者になったらしい。」


「奴は一応、"貴公子"のはずですが?」


バイオメタル化前に施した整形手術で、Kは顔立ちだけは整ってる。整形手術を受けた確証はないが、奴は重犯罪者だ。過去が露見しないように顔は変えてるだろう。


「作り物のガワがいくら見映えがしようと、醜い内面までは隠せん。とはいえ、奴を甘く見るのも危険だ。兵士としても、戦術家としても侮れんぞ。」


司令に"侮れん"と言わせるとは、かなりの腕前だと見なきゃいけない。サイコパスやソシオパスには有用な才能を持った者がいる。Kもその類らしいな。


「Kの南エイジアでの戦闘記録を送ってください。」


「うむ。今は味方だが、安全装置が外れれば、即座に寝返りかねん奴だ。殺す算段もしておいた方がいいだろう。」


Kが寝返ったら、災害閣下が自ら始末しようとするだろう。しかし、目論見通りにいくとは限らないのが現実だ。アスラ部隊に人多しといえど、完全適合者を相手にガチ勝負が出来るのはオレと司令、マリカさんとトゼンさんのみ。Kの裏切りには備えておく必要がある。


「では司令、古都で会いましょう。」


「ドラグラント連邦成立に乾杯だな。良い酒を準備しておけよ?」


儀典係の貝ノ音兄弟が抜かりなく準備を進めていますよ、ご心配なく。


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交渉から帰って数日間は、そこそこに忙しい日を送った。都を訪ねてくる各都市の要人と面会しなければならなかったからだ。連邦発足の実務責任者は雲水代表なのだが、帝の義弟が同席するコトに意義がある場合もある。細かい話は代表任せで特に何をするでもなく、ただその場にいるだけだったが、円滑に連邦を樹立させる為には必要な儀式だ。


準備を終えて後は司令の到着を待つだけという段階に至ったので、しばらく休暇を取るコトにする。オレは決して勤勉な人間ではない。必要に駆られたから、やるべきコトをやっているだけなのだ。


「カナタは今日から休暇だったね。ちょっとアタイに付き合いな。」


どこから話を聞きつけたのか、早朝の八熾屋敷にマリカさんが訪ねてきた。オレが執事の侘助に茶を淹れさせようするのを止めた元上官は、オレの腕を取って安楽椅子から立ち上がらせ、そのまま腕を組んでくる。


「どこかに出掛けるんですか?」


「ああ。ちょっとした小旅行だ。この島での戦役もケリが着いた。で、里の爺婆どもがアタイの顔を見たいんだとさ。だからカナタも里に来い。」


「オレは火隠一族じゃないですが……」


マリカさんはテレパス通信で返答してきた。


(いずれそうなる。アタイの旦那なンだからな。)


組んだ腕ごとグイグイと引っ張られ、オレは強引に屋敷から連れ出されてしまった。


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陸上戦艦・不知火には里帰りする忍者部隊御一行と、三人娘が搭乗している。どうやらオレの知らないところで里帰りツアーの話が進んでいたらしい。


「不知火の艦橋も久しぶりだわ。隊長、なんだか懐かしいような気がしますね。」


11番隊が結成されてから1年と経っていないが、シオンの言う通りに懐かしさを感じる。オレも三人娘も、1番隊上がりだからな。


「そうだな。棺桶部屋のネームプレートまでそのままだった。」


カプセルベッドの入り口上にタチアナさんが溶接した"ロリコン野郎・カナタ"の名札はまだ残されていた。そして……エロ本置き場になっていた。


「あの部屋の使用用途には、色々言いたい事がある。そもそもがだ…」


生真面目眼鏡が隊内の綱紀粛正に関して問題提起しようとしたが、長老のゲンさんが発言を封じた。


「シュリ、水晶の蜘蛛のほとんどは独身兵士なのじゃ。儂のような干涸らびた爺ィでもあるまいし、大目に見てやるべきじゃよ。」


「元の住人の素行を考えれば、似合いの用途なんじゃない?」


ホタルさん、聞き捨てならないコトを仰いますね。


駆け出し軍人時代を過ごした戦艦の中でワチャワチャやっているとあっという間に時間が過ぎ、この世界には珍しい風光明媚な山と谷が見えて来た。


神楼(元の世界で言うところの神戸)の衛星都市・業炎の街の近郊に火隠の里はある。小規模な田園地帯を抜けた戦艦は山の麓に停泊し、裾野に立ち並ぶ時代がかった民家から里の住人達が出迎えに出て来た。


里の英雄にして長であるマリカさんが船のタラップに姿を見せると、住人達は歓声を上げる。山々の間に沈もうとする夕陽を背中に受けながら、背中の曲がった老婆が杖を突きながら最前列に歩み出てきた。たぶん、この方が最長老のくノ一、"ふくろうお婆"だな。


「ふぇっふぇっふぇっ。マリカ様、ようお帰りになられました。里の者一同、待ちわびておりましたぞ。」


「お婆、里に変わりはないか?」


「蛍雪が中心となって、留守を守っておりまする。ご心配には及びませんのじゃ。」


蛍雪、確かホタルの従兄弟で灯火一族の家長だ。実質的な留守居役筆頭だと聞いているが、噂通り、有能な人物らしい。


「そうか。お婆、知っているとは思うが…」


「このお方が龍弟侯・八熾カナタ殿ですな。」


腰の曲がった老婆に腰を曲げて挨拶する。


「八熾カナタと申します。お婆様のお噂はかねがねお伺いしております。」


「丁寧なご挨拶、痛み入りまする。この婆めが火隠忍軍の最長老、名を梟と申しまする。どうぞお見知りおきを。皆の者、龍弟侯を本館へご案内するのじゃ。まずは旅の垢など落として頂き、歓迎の宴を開くとしようぞ。」


そ~っと動こうとしたラセンさんに、お婆様は仕込み杖から居合い抜きした白刃の切っ先を向ける。この電光石火の身のこなし、本当に齢百を超えるご老体なのだろうか?


「動くな小童!私事は後にせぬかえ!」


ドスの利いた恫喝に、珍しく汗ばむラセンさん。どうやらこの老婆はチャッカリマンの天敵らしい。


「お婆、行かせてやれ。ラセンとて人の子、ややこを宿した愛妻に一刻も早く会いたいだろう。」


里長に取りなされたお婆様は、チンと乾いた音を響かせながら納刀する。


「仕方がありませんのう。小童、嫁御は漁火館から本家別館に移ってもろうておる。出産を間近に控えた大事な体じゃからの。」


漁火家は火隠家の分家で、里のナンバー2だ。だからアスナさんのお腹にいる子は里長になる資格を持つ。一族を上げて大切にされてるみたいだな。


「ラセンさん、オレも一緒に行きますよ。久しぶりにアスナさんに会いたい。」


凛誠の幹部一同から手紙を預かってるしな。軍使の役目を終えて帰還したシグレさん達は、戦火で荒廃した朧京の治安維持に忙しく、しばらく手が空きそうにない。アスナさんに会うのは街が落ち着いてからになる。


オレとラセンさんは火隠館別棟に赴き、お腹の大きくなったアスナさんと再会した。


「アスナ、今帰ったぞ。」


「お帰りなさい、あなた。カナタさん、久しぶりね。」


「アスナさんが元気そうで安心しましたよ。これ、凛誠一同からの手紙です。」


ラセンさんは嫁を軽くハグしてから、目尻を思いっきり下げて大きなお腹をさすっている。早く我が子に会いたくて仕方ないみたいだ。


夫婦水入らずを邪魔するのも悪い。元気な顔は見たんだし、近況報告は後でいいだろう。目配せしてから席を外したオレは、部屋の外で待っていた見習い忍者に湯殿へと案内される。水がよそとは違うのだろう、実にいい湯だ。湯船にどっぷり浸かったオレは、未来のコトを考える。




マリカさんはオレの嫁になってやるって言ってくれてる。三人娘も(叶うのならローゼも)嫁にしたい。嫁をもらえば子供も出来るだろう。だけど……親とまともな関係を築けなかったオレが、ちゃんとした親になれるのだろうか?



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