成立編6話 人工知能・リーブラ(天秤)
登山道の終点に立つと同時に、戦術アプリで強化した聴覚が軍靴の足音を捉える。刺客の到着まで約1分ってところか。
(ケリー、狙撃支援はもういい。ご苦労さん、助かったよ。)
(お役御免か。必要ないとは思うがバックアップに回る。カナタ、一人だけデキるのがいるぞ。)
ケリーほどの手練れが"デキる"と評する、か。陽動の山道組はサブリーダーが束ね、本命の登山道組をリーダーが率いる。よくある手だな。
変に時間をかけてアクシデントを招くのは面白くない。オレは、オレの信じる
登ってくる敵の姿を視認した。脚力のない重量級がオフロードバイクで先行し、軽装歩兵が後から続いている。身のこなしからして表よりもさらに練度が高いと考えるべきだな。だったら出し惜しみはなしだ。
「……我が瞳に宿る雌雄の勾玉よ。今こそ無双の至玉となって顕現せよ!」
おまえ達は狼眼の有効射程をしっかり頭に叩き込んでから作戦に臨んだのだろう。しかし……無双モードの射程距離は知るまい!念真力を増幅させる至玉は、狼眼の射程距離と強度も伸ばしてくれるのだ。
想定外の距離から浴びせられた殺戮の視線が壁になるはずの重装歩兵を屠り、隊列に穴を空ける。空いた穴には抜き撃ちした55口径マグナムをお見舞いだ。ほらほら、視線を外して狼眼から逃れても、鉛弾が襲ってくるぜ?
目を伏せながら念真障壁を全開にした重装歩兵が、後続に指示する。
「応戦しろ!撃たれっぱなしはマズい!」
銃底で空中に浮かした弾倉を叩き、高速でリロードする。もちろん特殊弾倉に込められた弾丸に殺戮の力を付与するコトも忘れない。刺客側も応射してきたが、磁力を操り弾道を逸らす。オレと中間距離で撃ち合いたいなら、"流星"トッドでも連れてこいってんだ。
黄金に輝く弾丸が念真障壁を貫通し、ガード屋どもを思惑ごと屠り去る。距離が詰まってきたので磁力で長杖を形成し、棒高跳びで刺客の群れへとダイブした。
暗器使いの刺客2人が宙を舞う狼を縛ろうと単分子鞭を放ってきたが、巻き付く寸前に
「よし、狙い通りだ!穂先に全てを集中しろ!」
最後尾から号令をかけたアイツがリーダーだな? 密集陣形で回避するスペースを潰し、犠牲を覚悟の一斉攻撃とはな。なかなか思い切った手を打ってくるじゃないか。
「イエッサー!総員、同士討ちを覚悟しろ!ゆくぞっ!」
オレを取り囲んだ刺客達は、ショートスピアの穂先に念真力を込め、渾身の力で突き出してくる。外れた槍が仲間に当たるコトも想定した上での必殺戦術。大抵の奴なら
「バ、バカな!」 「我らの渾身の突きが…」 「…まるで通じないだと!?」
前後左右から繰り出された無数の槍、その穂先は全て、鉄粉をまぶした念真重力壁でブロックされていた。
「考えたなと褒めてやりたいが、獅子髪の槍捌きに比べりゃ児戯に等しい。ガキの遊びでオレを殺せるか!」
言い捨ててから刀を咥え、空いた両手で槍を掴む。同士討ちを覚悟してるんならお望み通り、味方の槍で死んでもらう!
「この体格で!」 「なんて力だ!」 「槍を離せっ…ぐえっ!」 「へぐっ!」 「ぼあっ!」 「ぎへっ!」 「ぎゃっ!」
とりあえず7人仕留めたか…山だの岳だのじゃ、七本槍が基本だ。もっとも今回の場合は武名ではなく侮名だがな。
「……引けっ!総員撤退だっ!」
最後尾のリーダーは撤退を決断した。交渉人の片割れが単騎で飛び込んできてるってのに、見切りが早い。やはり狙いはオレではないらしいな。
後退しようと身を翻した刺客の首を掴んで地面に叩き付け、失神させる。コイツは保険だ。リーダーから話を訊くのが確度が高いからな。……とはいっても、無理をする必要はないか。
(隊長、フェーズ4まで進行しました。死神が手勢を連れてそちらへ回るそうです。)
なるほど。見切った理由の本命はそれか。挟撃態勢が崩壊した以上、長居は無用という訳だ。
(わかった。残敵の掃討は任せる。シオン、生け捕りには拘るな。)
(了解!)
コイツらは口が固そうだし、おそらくリーダー以外には作戦目的を知らされていまい。一番強い奴と一際能力が高そうな兵士達が最後尾にいたのは、絶対に囚われの身にならない為だ。
側近兵士が壁になっての撤退陣形、見切りの早さが幸いしたな。これじゃあリーダーを捕らえるのは難しそうだ。オレが思案していると、逃げる刺客の背中に暗器の長針が突き立った。
「野薔薇の姫を狙っておいて、逃げられるとでも思ったか。剣狼、追うぞ!」
会ったのもこの街だが、再会したのもこの街か。奇縁と言えば、奇縁だな。
「ギンテツか、久しいな。元気にしてたか?」
「挨拶は後だ、コイツらは生かして…」
「帰してやろう。意味のない殺しは嫌いだ。」
襲撃の報復に刺客を全滅させる。ローゼはそんなコトを望まない。
「意味はある。リーダーを捕らえて背後関係を…」
「吐かせるまでもなく狙いは見えてる。」
そう、刺客を仕向けた奴の狙いは見えているんだ。……問題はそこじゃない。交渉の前に探偵ごっこをする必要があるな。リリスを山荘に送り込んだ価値が出てきそうだ。
刺客の撤退を見届けたオレとギンテツは、肩を並べて山荘へ戻った。
────────────────────────
山荘のリビングでは、魔女の森で共に過ごした姫君がオレを待っていた。
「ようこそ、龍弟侯。騒ぎは収まったようですね。」
この顔、テレパス通信で念を押すまでもなかったな。再会を喜ぶのは公人としての役目を果たした後だ。皇女の顔をしたローゼに、オレは兵士の顔で答える。
「ああ。交渉の場に死体袋なんざ持ってきちゃいないから、刺客の遺体は炭焼き部屋に放り込むように指示しておいた。」
室内にいるのはオレとローゼ、死神、パーチ副会長に天才少女が二人。そして今、黙礼を交わしたランキネン副理事長だ。
「市長様お気に入りの別荘は、これにてめでたく事故物件って訳だな。いやはや、お気の毒に。」
せせら笑う髑髏のマスク。気の毒がってる風は微塵もない。まあ公私混同で造営させた別荘だけに、因果応報と言えなくもない。
「とはいえその損料は、誰かが支払わないといけない。リリス、この部屋に入ってからのコトを全部話してくれ。」
案山子軍団の誇る天才少女は会話の一言一句、表情の機微、あらゆるコトを記憶している。
「剣狼、先に亡霊戦団の天才少女の話から聞いてくれ。キカ、まずはリリス嬢が部屋に入って来る前の会話からだ。」
死神に促されたツインテールちゃんは舌っ足らずな口調で、室内で交わされた会話をリピートし始める。
「……え~っとぉ。ふくりじちょーが"ロメオ、外は大丈夫でしょうか?"って言ってね、ふくかいちょーがぁ…」
二人の天才少女がバトンを繋いで室内の様子を再現してくれた。
「ランキネン副理事長、なぜ"
紳士的に質問してみる。牙を出すのはまだ早い。
「そ、それは…」
狼狽える副理事長に死神が追い打ちをかける。
「それに"
「そう、一見自然な会話に聞こえるけど、よく考えればランキネン副理事長はおかしなコトを言っている。"外は"に"兵士が"……でも"自分は安全だと知っている人間"の発言なら、おかしくはない。」
案山子軍団の機密保持体制は完璧、ローゼの衛士隊も同じレベルだろう。教授の話じゃパーチ副会長は"最高機密は誰にも話さず、自分の頭にだけ収める。メモすら取らない"そうだから、まずシロだ。会見の場所を知っていて、機密保持体制が不明なのは……ランキネン副理事長のみ。
消去法でも一番疑わしいのはアンタなんだよ。
「言い掛かりはよしてくれ!私は…」
「ランキネン副理事長、これが信頼の分水嶺だ。俺が台詞を言い終える前に決断してくれ。キカは潜水艦のソナーを凌駕する聴覚を持っている。その超聴覚で、刺客達の会話も拾っているんだ。襲撃してきたのはネヴィルが抱える秘密部隊で、指揮官は隊員達にこう命令した。"非殺戮対象は二人。酸供連のパーチ副会長と、通安基のランキ…」
「……認めます。リークしたのは通安基だ。」
死神のハッタリに引っ掛かったランキネン副理事長は観念し、リーク元であるコトを告白した。"私"ではなく"通安基"と言ったな。というコトは、リークしたのは副理事長ではない。おそらく犯人は…
「剣狼が到着する前の事だが、副理事長は一度席を外した。そして戻った時、心拍数が跳ね上がっていた。つまり、誰かから襲撃がある事を知らされたんだ。……会話の相手はリーブラだな?」
死神が相手の心拍数がわかるのか。心しておこう。死神流のハッタリ術を見せてもらったコトだし、オレもハッタリをかましてみるか。
「どうせ聞いてるんだろ? しらばっくれるなら、アンタの存在を世界中にリークする。目には目を、歯には歯を、リークにはリークを、だ。」
ハムラビ法典ってこの世界にあったっけな?
「グランドマスター・ランキネン、彼らと話がしたいです。」
副理事長のポケットの中から返事があった。通貨安定基金の意志を決定する人工知能、リーブラ登場だ。
しかしなんだ。まさかローゼより先に、人工知能と交渉するコトになるとは思わなかったな。
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