成立編4話 虎と狼は肉食動物
オレは高層ビルの屋上から、夕陽に照らされたカムランガムランの街並みを眺める。背後ではヘリのローター音が小さくなってゆく。専用ヘリは高級ホテルの屋上ヘリポートに着陸したばかりなのだ。
「ねえ少尉。あっちに以前に乗った観覧車が見えるわ。せっかくカムランガムランくんだりまで来たんだし、また乗ってみる?」
リリスの指差す先で、ゆっくり回る観覧車。綺麗にライトアップされてるから、ナイター営業もやってるのかもしれない。
「いいね。だが交渉を無事に終わらせるのが先だ。」
「リリスと二人で観覧車に乗ったの? ズルイ!」 「隊長、今度は私達も一緒ですからね?」
「ああ。ナツメとシオンも一緒に乗ろう。結構、いい眺めなんだぜ。」
……4人で観覧車に乗った後は、屋台でラーメンでも食べよう。暗殺屋と呉越同舟したあの屋台が見つかるといいな……
呑気なコトを考えているオレに、執事の寂助が声をかけてくる。
「お館様、客室で市長がお待ちのようです。」
「そうか。九郎兵衛は白狼衆と部屋で待機。ガラクとトシゾーはオレと来い。」
オレの随員は三人娘と白狼衆だ。高速ヘリ2機に乗れるギリギリの人員。だが、これで十分。
「ハッ!皆、ゆくぞ。」 「トシ、俺らはお館様の護衛だぜ!」 「うん、早速任務だ!」
最上階の各室に入ってゆく白衣の狼達。オレは若狼二人を伴って市長の待つロイヤルスィートルームへ向かった。
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市長との会談では、帝国との交渉についての話はほとんど出なかった。当たり前だが、カムランガムラン市としては、どちらにも肩入れしたくないのだ。"中立を保ちながら両方に貸しを作りたい"、市長の本音が言葉の端々から窺えた。
社交辞令と軽い世間話を済ませた市長は、最後に要点について念押ししてきた。
「では交渉は予定通り、私の別荘で行うという事でよろしいのですね?」
「はい。帝国使節団にもその旨をお伝えください。市長のご尽力に、帝は大層感謝されています。」
別荘の盗聴防止措置はパーチ副会長が請け負ってくれた。副会長は龍の島のみならず、世界全体の停戦交渉に関する密談をしたいと考えているはず。オレとローゼ、パーチ副会長に通安基副理事長ラムザ・ランキネン氏が顔を合わせる機会なんてそうそうないからな。聞かれて困る話があるのは参加者全員、パーチ副会長の辣腕ぶりを考えれば、機密保持体制は完璧だろう。
今夜はゆっくり休んで明日に備えよう。ローゼが随員として連れて来たのは、"死告鳥"マリアンヘラ・バスクアルと帝国皇女親衛隊。そして薔薇十字相談役の……"死神"トーマだ。
あの男と直接顔を合わせるのは、
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ホテルで一晩羽根を伸ばし、翌日の朝に防弾車両に分乗して市外へ出る。カムランガムラン市の郊外にある山荘が、交渉の舞台だ。この近辺には天然の小麦畑があるので、国軍が厳重に管理している。ヒャッハーに畑を荒らされる訳にはいかないからだ。で、市長は公私混同の一環として、穀倉地帯の端にある山に別荘を拵えたと。クリスタルウィドウ限定ジャンパーをガメたコムリン市長の公私混同が、可愛く思えてくるな。
山荘へ続く曲がりくねった山道を走る車中で、後部座席に座るリリスが物騒なコトを言い出した。
「交渉が決裂したら髑髏マスクにリターンマッチを挑むのもアリね。」
割と…いや、かなり執念深い小悪魔はポキポキと指を鳴らす。要人は後部座席に座るのが普通らしいが、要人ではないオレは助手席に座っている。ハンドルを握るのはシオンだ。
「今のカナタなら勝てそうだもんね!」
リリスと一緒に後部座席に座っていたナツメが、助手席まで身を乗り出して力説してくる。
「アレと戦うならホースキラーを持ってくるんだったな。」
「ホースキラー? なにそれ?」
「斬馬刀。」
御門の兵器開発部は実戦テストを終えたジェットブレードをそう呼称しているらしい。
「うまごろし♡だよ!」
「開発部の連中が"ホースキラー"と呼ぶのは見逃してやんなさい。誰もがナツメさんのセンスについてこれる訳じゃない。」
「隊長、まさか本気でリターンマッチを考えてはいませんよね?」
心配性のシオンの言葉に微笑みで応じる。
「いつ、誰に挑まれても受けて立つ覚悟はしている。だけど無用な戦いは避ける。そういう生き方をしたいし、しようと思っている。」
「安心しました。小娘二人みたいにノリと勢いで喧嘩を売られては、副官として困りますから。」
「ま、シオンが副官やんのは認めてあげるわ。私は正妻ですけど。」 「私は愛人!」
後部座席ではしゃぐ小娘二人に、運転席の大娘はピシャリと言い放った。
「少女に幼女、お胸と器量が大きくなってから大口を叩きなさい。」
これが龍の島の未来がかかった交渉に向かう車中で交わされる会話だろうか?
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帝国使節団は既に山荘に到着していた。指輪の旗を飾った高級車が5台、駐車場に止まっている。こちらも同じ数の車を駐車場に止め、隊列を組んで山荘へ向かう。周辺を警戒しているのは、ギロチンカッターの隊員らしいな。機構軍最強の工作部隊だった彼らは、今ではローゼ直属の衛士隊って訳だ。
「龍弟侯、皇女と相談役は中でお待ちです。酸供連副会長のパーチ氏と、通安基副理事長のランキネン氏も同席されております。」
衛士隊を束ねる死告鳥に敬礼される。
ケリーが手塩にかけて育てた幹部、マリアンヘラ・バスクアル、ペペイン、アンドレアスの顔にダムダラスで会った時のような敵意はない。上官の生存を彼らは知っているからだ。
玄関に続く階段を上る途中で重厚な両開き扉が開き、中から一人の男が出て来た。
「……死神トーマ……久しぶりだな。」
忘れもしない髑髏のマスクに虎のような眼差し、トレードマークの死に鯖の目はバカンス中らしいな。
「ああ。交渉の前に運動する必要があるらしい。」
交渉前に腕試しでもやろうって……ケリーから緊急テレパス通信!!
(カナタ、正体不明の連中が軍用車両で山荘に向かっている!南北から二組、車両は各10台。俺は南を足止めする。だが数が数だけに、全部は抑え切れんぞ。)
(了解。こっちは心配するな。)
どこの馬鹿か知らんが、狼虎が揃ってる山荘にカチコミかけてくるとはいい度胸だ。死神は剣術武術はド素人だが、戦術立案能力は高い。警告の必要はないだろうが、一応、練度については言及しておこう。
「馬鹿が
死神は超聴覚を持つキカちゃんを連れて来ている。あのコの耳なら、山道を上がってくる車両の音を聞き逃すはずがない。
死神は宝刀武雷を抜きながら、衛士隊に命令を下した。
「まあまあ、で済んでいればいいがな。ペペイン、アンドレ!中に入って姫達を守れ!マリアン、周囲は任せる!間違っても俺には近付くな!」
頷いた死告鳥は、ハンドサインで部下に配置を指示する。こっちも動くか。
「リリスと九郎兵衛は山荘へ!シオンは屋根に上がって支援狙撃!他の隊員はダイヤモンドフォーメーションで馬鹿どもを迎撃する!ケースD、シチュエーションβだ!」
「
ワイヤー弾を撃って屋根に登ったシオンが、白狼衆に号令をかける。
八熾家に伝わる兵法を現代化し、独自の改良を加えたのが、案山子軍団の基幹戦術ウルフ・タクティクス・システムだ。WTSはケースで局面を共有し、シチュエーションで想定される行動を周知させ、フェーズで進行段階を管理する。このシステムに、オレは絶対の自信を持っている。代々伝わる秘伝兵法を現代風に進化させた、狼の戦術だからな。
「剣狼、おまえも俺からは離れておいた方がいい。」
せっかくの忠告だが、無用の心配だ。
「問題ない。オレの念真重力壁は、守護神に匹敵する。」
死神とオレは、隊列を組んだ白狼衆と親衛隊の間を並んで歩く。
「同じ事を考えているらしいな。」
呟く死神、隊列を抜けた完全適合者二人は、孤立状態で前面に立った。
「ああ。図抜けた個の力で、敵の先陣を粉砕する。撃ち漏らしは後衛が片付けるだろう。」
オレは見せつけるように鯉口を切り、赤みがかった至宝刀を抜く。
「至宝刀、紅蓮正宗!……それは空蝉修理ノ助の愛刀じゃなかったか?」
「龍の島から出発する時に託された。"この刀は僕の命だ、意味はわかるよね?"ってな。」
「必ず帰ってこい、か。いい友達だな。」
死を司る虎は微笑を浮かべた。髑髏の仮面で表情が出せるとは器用な男だ。
「控え目に言っても"最高"だな。……オレは友との約束を守る。誰も死なさずに、龍の島へ帰るのさ。」
馬鹿を満載した軍用車両が目に映る。肉食獣の狩り場に踏み込むとは愚の骨頂、対価は命で払ってもらうぞ。
「そう、死ぬのは……空気も時勢も読めない馬鹿どもだ!」
帯電した至宝刀から炎と雷撃を纏った念真重力砲が放たれ、猛スピードで駆け上がってきた先頭車両を粉砕する。あの時のように、冗談みたいな念真力の奔流が、オレの肌身を刺激する。この男はやはり、存在そのものが規格外だ。オレじゃなきゃあ、傍に立ってるだけでダメージをもらうだろう。
芸を見せてもらった返礼に、オレも芸を見せてやるか。飛ばした砂鉄でタイヤの前にジャンプ台を形成、飛んだ大型バギーを……一刀両断だ!
うむ、流石は極炎刀と称えられる紅蓮正宗、切れ味の粋を極めてらっしゃる。王たる証の至宝刀、光輪天舞にだって引けは取らない。この剛性の太刀筋は、パワータイプによく合うねえ。
空中で真っ二つになった車両には構わず、後続の車を抑えにかかる。夢幻一刀流・天狼の息吹、練気しながら足の爆縮で放つ蹴りは、装甲車だって横転させるんだぜ!
秘伝剣法と忍術奥義の融合した技は、蹴り飛ばした車を独楽みたいにスピンさせ、車で遊ぶビリヤードを演出した。這々の体で車から這い出した暗殺者の頭が、飛び掛かった猛虎の拳でトマトみたいに粉砕される。複層構造っぽいヘルメットが、何の役にも立ってねえ。防具ごと木っ端微塵だ。
「
技巧の欠片もなく、ただ力任せに殴っただけで、この威力だ。でもなぁ、死神。耳どころか、頭の欠片さえ残ってない死体に忠告してやっても、聞こえてねえと思うぜ?
「慌てるな!相手は完全適合者だ、真正面からでは勝負にならんぞ!」
最後尾の車から飛び出しながら命令する男、アイツがリーダーだな。残った連中は算を乱さず、統制が取れている。なるほど、噛ませ犬を突っ込ませてオレらの力を測ったな?
後続の練度は上の上とカテゴライズすべきだ。じゃあ生きてる奴もいるコトだし、蘊蓄好きの文系男子として、専属栄養士であるリリスさんから教わった知識を披露してやっか。
「カルシウムを摂りたいなら切り干し大根もいい。ああそれと、小魚はなんでもいいが、豆腐は…」
「木綿を選べ。絹豆腐のカルシウムは木綿の三分の一らしいからな。」
降り注ぐ銃弾を意に介さず、死神は呟く。
「台詞の先取りすんな!せっかく豆知識を披露してんだからよ!」
そういや輝く湖でもやられたっけな。思い出したらもっとイライラしてきた!
「豆腐だけに豆知識か? 剣狼、糖質に偏った食生活をしてると、興奮しやすくなるらしい。緑黄色野菜も食え。セロリやブロッコリーとかな。」
「オレの大嫌いな食材二つを、ピンポイントで口にするたぁいい度胸だ!マジでリターンマッチを挑まれてえのか!」
「……すまん。実は俺もセロリとブロッコリーが大嫌いなんだ。」
おまえもかよ!妙なところで気が合うな!
「じゃあ何が好物なんだ!」
数を頼みに向かってくる暗殺屋を斬り捨てながら訊いてみる。
「同時に言ってみよう。3、2、1…」
オレと死神、それに後衛に控える連中までが異口同音に叫んだ。
「「「「「肉と酒!!」」」」」
白狼衆と親衛隊は互いを眺めやってから、哄笑した。
やれやれ。呉越同舟、揃いも揃って肉食系だったらしいな。誰の命令か知らんが、肉食獣の群れに飛び込んでくるたぁ、馬鹿な奴らだぜ。
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