新生編4話 帰投したらば、まず報告



帰路の旅の終わりを告げるべく、我らが基地「薔薇園ローズガーデン」を囲う有刺鉄線が見えてきた。


ローズガーデンの由来とは、基地を囲う有刺鉄線を、薔薇の刺に見立てたからだ。


同盟最強のアスラ部隊コマンドの本拠地だというのに、有刺鉄線と鉄条網以外に防備施設らしきものはない。その答えは単純、この基地にとっての防備施設とは人。最強の兵士達こそが、すなわち最強の防備施設である、というのが薔薇園の司令、御堂イスカ准将の信念なのだ。


そしてその信念は間違っていない。オレがこの基地に配属されてから一年あまり、その間、数度に渡って機構軍は工作員を送り込んできたが、全て返り討ちの憂き目に遭った。どんなに高い防壁を築こうとも、手練れのニンジャなら乗り越えるのは容易。結局のところ、防衛能力の高さは、そこに棲まう住人の人的能力次第なのだ。戦国武将のお言葉を借りれば"人は城、人は石垣"ってコトなんだろう。


眼旗魚と撞木鮫をドックに入港させ、鹵獲した艦船と捕虜を引き渡したオレは、シオンを伴って基地中央にある司令棟へ向かった。


────────────────────


司令室へ向かう廊下を歩きながら、シオンが唐突に話しかけてくる。


「隊長、もうあんな事をしてはいけませんからね?」


おっぱいタッチ未遂事件の余波が、まだ尾を引いているか。額が擦り切れそうになるほど謝り倒したお陰で口調こそ穏やかになってるが、根には持たれてるようだ。


「気をつけるよ。」


そう、あくまで"気をつける"だ。"もうしない"とは言ってない。約束を守る男とは、出来ない約束はしない男なのだ。


「どうしても触りたくなったら私が……イ、イヤだわ。私ったら何を言ってるのかしら!」


「私が、なに? なんなの? ひょっとしてシオンが触らせてくれるの!?」


「し、知りません!忘れてくださいっ!」


「いやいや、これは人類存亡に関わる一大事ですよ? つまりどうしても触りたくなったらシオンさんのおっぱいをサワサワしていいんですね?」


「……はぁ。やっぱり物理的に忘却させるしかないのね……」


拳を固めて振り上げたシオンさんから、慌てて距離を取る。シオンさんのパンチ力はウチの隊でも3指に入る。いくらオレがタフになったといっても、痛いものは痛い。


「カナタ!私の執務室の前で下品な話をしてないで、サッサッと報告書を持ってこい!」


おっと。もう司令室の前だったか。


無頼が売りのガーデンマフィアの幹部達には、ノックもせずに司令室に踏み込む輩が多いが、オレは数少ない紳士だ。そ~っとノックをしようとした瞬間、またしても司令の声が飛んでくる。


「ノックはいらん。紳士気取りのアリバイ工作など胸クソが悪い。様式美など豚に食わせてトットと入れ!」


はいはい。わかりゃんしたよ。入りゃいいんでしょ。なんだか機嫌が悪そうだが……アノ日なのかね?


「まいど、来々軒です。」


将官相手にこんなお寒いギャグを飛ばせるのも、ガーデンならでは。ゴージャス、という言葉を全身で体現する我らが司令、「軍神」イスカは、肘掛け椅子にふんぞり返って、お言葉をのたまった。


「レバニラ炒めとチャーシュー麺、餃子に鶏唐は持ってきたな?」


生体金属兵は常人の倍以上のカロリーを必要とする者が多く、程度の差はあれ、例外なく健啖家だ。中量級バイオメタルの司令も、ラーメンを食べる時はトッピングを山ほど乗っける。もちろん替え玉も頼む。


「それは後で。巡洋艦2隻と戦艦1隻でとりあえずお腹は満足でしょう?」


「うむ、よくやった。まあ座れ。」


うながされたオレは執務机の前のデスクチェアに腰掛ける。同盟屈指の大富豪で、見た目も私生活もゴージャスな司令だが、この執務室だけは造りも安普請、家具も調度品も安物だ。この部屋だけチープな理由は"居心地の悪い部屋から早く出たくて執務が捗る"からなんだそうだが……


「司令、今作戦の報告書です。」


オレの傍らに佇立していたシオンが、戦闘データと捕虜、鹵獲品等を記録した戦術タブレットを司令に提出する。戦術タブレットを受け取った司令はざっと目を通し、満足げな顔で煙草に火を点けた。


「ヒルシュベルガーと「竜巻」ヘルゲンを捕虜にし、軽巡2隻と陸上戦艦1隻を鹵獲した、か。カナタ、おまえを部隊長に抜擢してからもう2ヶ月ほどになるが、3つの作戦を遂行し、全ての作戦において満点フルマークの戦果を上げたな。抜擢した甲斐があったというものだ。」


「ありがとうございます。感謝の気持ちは、是非、現金で。」


「現金な奴め。私の気前のよさは知っているだろうが。」


そう、オレのボスは実に気前がいい。巨大財閥の総帥を務める傍ら、趣味で軍人をやってるフシさえある。目の前で紫煙を吹かす女傑は、経済界でも名声を博し、兵士達からは「軍神」と呼ばれ、声望が高い英雄。政敵から陰口を叩かれるコトはあるが、その中に"吝嗇ケチ"だけはない。政敵ですら、司令の気前には文句を付けられないのだ。


「気前のよさと器量を兼ね備えたボスを持った幸せを噛み締めてますよ。「竜巻」ヘルゲンはどうやら、オレとは正反対だったみたいで……」


「阿呆を相手に力の差を見せつけた後は、デキる奴の一枚上をゆく。狡っ辛い納豆菌が今回も仕事をしたようだな。」


瞬時に戦闘の概略を理解したってか。万能な司令殿は速読術も完備、ね。バカに忠義立てするハメになった「竜巻」ヘルゲンがいっそう気の毒に思えてくるな。


「その阿呆、ヒルシュベルガー中佐ですが、大した情報は持ってませんでした。オレが機構軍の偉いさんでも、無能な上に口まで軽い男に機密情報を教えたりはしませんね。」


司令はポワポワと紫煙で輪っかを作りながら、さもありなんと頷いた。


「ヒルシュベルガーは前評判通り、オツムも口も軽かった、か。……まあいい。奴には捕虜交換の駒以上の事を期待していなかった。取り戻したいアスラ閥の軍人がいてな。その男との交換交渉を開始するとしよう。」


「その交渉は、速やかにお願いしますよ。ヒルシュベルガーは早く軍務に復帰してもらいたいんで。」


「ほう?……なぜだ?」


わかってる癖に聞くあたり、司令も底意地が悪いよ。


「ヒルシュベルガーが"失敗から何も学ばない男"だからに決まってます。ヤツが指揮を執るってんなら、何度でもカモれますからね。釣った数を競う勝負で警戒心の強い山女魚ヤマメを狙う必要はありますか?」


「私なら、何にでも食い付くダボはぜを狙うな。それでいい、私と同じ考えだ。ダボ鯊は早めに生け簀に帰すとしよう。そういえば奴の顔は、ダボ鯊に似ている。執務が一段落したら鯊のご尊顔でも拝みに行こうか。」


ヒデえ言い様だな。確かに似てるっちゃ似てるけどさ。


「そういや今日はクランド中佐はいないんですね?」


司令の老僕で「神兵」の異名を持つ副司令の姿がない。大抵、司令と一緒にいるんだけどな。


「……聞きたいか?」


ヤベえ。声の気圧が低気圧。このまま発達すれば台風に発展しそうだぞ……


「……聞きたくありません。」


もう答えがわかった。だから言わなくていいです!


「ボウリングだ、ボウリング!ガーデンの歓楽区にディスコボウルが出来るボウリング&ビリヤード場がオープンするらしい!」


……案の定だよ。怒声のハリケーンが襲来しやがった……


「聞きたくないって言ったじゃないですか!」


「その店で今夜、開店記念ボウリング大会が催されるそうでな!"何がなんでも優勝する"とか抜かして、執務をほっぽらかして練習に出掛けたよ!」


エキサイトした司令は机に拳を叩き付け、吸い殻の貯まった灰皿さんがジャンプする。


……いつもの光景っちゃいつもの光景なんだが、司令の腕力で安物机を叩いたら、壊れちゃいますって。ご機嫌斜めなのはわかりますが、平手型のヘコみが付いた執務机さんや、跳びたくもないのに跳ばされてる灰皿さんが気の毒でしょ!安物のアルミ机やアルミ灰皿にだって、平穏な日々を過ごす権利はある。灰皿さんに至っては、フライングディスクみたいに浮遊する凶器として扱われる場合さえあるんだし!


「オレに八つ当たりしないでくださいよ!文句はボウリング狂の爺ィに言うべきでしょ!」


「……年寄りの唯一の楽しみを邪魔する程、無情にはなれん。日頃から苦労をかけているしな。……下がってよし。」


やれやれ、クランド中佐のボウリング好きにも困ったもんだぜ。


────────────────


司令室を後にしたオレとシオンは、廊下を歩きながら雑談に興じる。


「ホントにあの爺ぃ……コホン、爺様のボウリング好きは、ほとんど病気だな。練習なんざしなくっても、ボウリングで中佐に勝てる暇人……もとい、達人はいねえっての。」


確かアベレージが220オーバーだっけ? それってもうプロボーラーじゃん。


「クスクス。隊長、ヘルゲン中尉と艦長の捕虜収容所行きの話はしなくてよかったんですか?」


……しまったな。それを忘れてたよ。熱帯低気圧が台風に発展したせいで、すっかり頭から抜け落ちちまってた。


「よくない。やれやれ、司令室にUターン…」


「それは私がやっておきますから。それと天羽伍長に隊長室に出頭するよう命じておきます。」


ホントに出来た副長ですコト。気配り目配りの達人様だな。


「ありがとう。頼むよ。」


返答によってはガラクを隊から外さにゃならん。いくら素質があっても部隊は生き物システムだ。不具合を起こすパーツは交換する必要がある。




一人の身勝手を許せば示しがつかなくなる。いくら無頼のガーデンマフィアでも、守るべき一線はあるのだ。



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