新生編3話 竜巻VS剣狼



「待てっ!おまえ達の相手になる男ではない!」


制止する上官ヘルゲンの声を振り切って3名の兵士がオレの前に踊り出てくる。


「なればこそっ!」 「少しでもいい!」 「この男を消耗させてみせますっ!」


健気な兵士3人は息の合った同時攻撃を繰り出してきたが、3本の剣は1本の刀で受け止められ、オレの体には届かない。


「バ、バカなっ!」 「3人がかりの攻撃を片手で……」 「なんてパワーだ!」


兵士のパワーは体格よりも、戦闘細胞適合率に左右される。オレとおまえらでは適合率が倍ほど違う。適合率が倍違えば、パワーの差は3倍以上。当然の帰結だ。


「健気な心意気に免じて命までは取らぬ。だが目障りだ!」


オレは念真力を爪先に込め、前蹴りを繰り出す。淡い金色こんじきのオーラをまとったキックを胸板に喰らった兵士は、肋の折れる音と共に後方へすっ飛んでいった。上官のヘルゲンに身を支えられ、血を伴った咳が止まらないにもかかわらず、なおも戦おうとするが、白目を剥いて膝が折れる。


「ロランドー!クソッ!」 「よくも戦友をっ!」


彼我ひがの実力差を見せつけられても、なんとか一矢報いようってか。だが今度はオレが焦る番だった。


「敵将ヘルゲン!その首、もらったぁ!」


氷結能力で滑り台を作って跳躍した新米兵士、ガラクが単騎でヘルゲンに突っかかったのだ。


「下がれ、ガラク!おまえの敵う相手じゃない!」


チッ、目の前の二人を瞬殺しないとガラクが死ぬ。だがオレの焦りを見て取った二人は念真障壁をフルパワーで展開し、亀のように防御を固めた。


迎え撃つ古参兵ヘルゲンは一瞬でガラクの力量を読み切ったようだ。隙なく堅牢に構え、後の先を取る気か。熟練の技という城壁に挑む新米ルーキーはやる気満々だが、やる気で勝てれば苦労はない。


「こんな奴、お館様が相手するまでもない。俺が仕留めてみせます!」


このド阿呆が!よりによってこんな場面で山っ気を出しやがって!……もう下がらせても無駄だ。1対1ワンオンワンの態勢は整った、このカタチから格上を振り切れるだけの技術をガラクは持ってない。オレが行くまで死ぬなよ!


「せいっ!てりゃあ!「竜巻」ヘルゲン!テメエは俺の踏み台になってもらうぜ!」


「笑止な。いくら精鋭部隊の隊員だろうと、雑兵に討たれるほどヤキが回ってはいない。」


新兵の猛ラッシュをいなす古参兵は、呆れたように呟いた。


「誰が雑兵だ!俺の名は天羽ガラク!おまえを超える男…ぐぉっ!」


ガラクは反撃に転じてきたヘルゲンと、2、3合はまともに打ち合えたようだが、そこまでだった。ノールックの風撃に足を絡めとられたガラクは転倒し、ヘルゲンの刃が迫る。クソが!目の前の二人は倒したが、すぐに後衛がブロックに入りやがった!……間に合わねえ!


普通だったら無謀な新兵はここで戦死していたのだろうが、強力な念真障壁がガラクを守るように形成され、致命傷を免れた。支援のスペシャリスト、ギャバン少尉のファインプレーだ。


「……余計な手間をかけさせないで。」


重量磁場発生装置を使って、通路の側壁を走り抜けたナツメがヘルゲンとガラクの間に割って入り、事なきを得る。側壁や天井を短距離走スプリント走路トラックに使う技はナツメの十八番おはこだ。


ヘルゲンと同じ颶風使いで「殺戮天使」の異名を持つナツメは、古参兵と互角に渡り合う。その間に追加のブロッカーも無力化させたオレはナツメと入れ替わり、ヘルゲンと相対した。


「カナタ、後は任せたの。」


「ああ。その無謀な餓鬼を連れて後ろに下がれ。ヘルゲン、戦況は見えているのに、なぜ降伏しないんだ?」


「上官が現実を見るのが苦手なお方でね。妻を故郷に残してきた身としては、従わざるを得ないのさ。」


苦々しげにヘルゲンは答えた。なるほど、降伏したいのは山々なれど、ヒルシュベルガーのお仲間に家族が報復されるから出来ない、か。


「……そうか。上官に恵まれないのは、軍人として最大の不幸だな。」


「まったくだ。……では、いくぞ?」


「……こい。」


比喩表現でなく風を巻いて襲い来る刃を刀で受け止め、狼眼で反撃する。念真力を瞳に集中して邪眼に抵抗したヘルゲンだったが、狼眼の力からは逃れきれず、脳を襲う痛みに顔を歪める。


「殺戮の力を放つ黄金の邪眼……これが噂の"狼の目"か。この殺傷力、一般兵などひとたまりもあるまい。」


念真力を瞳に集中して邪眼に抵抗し、それでも脳を襲う痛みはアドレナリンコントロールをフルに効かせて戦闘能力を維持、か。確かに手練れだ。……この男を"狼眼"で仕留めるのは無理だな。


「まだ序の口だぞ?……狼眼を超える真の狼の目、"天狼眼"に耐えきれるかな?」


オレの瞳に雌雄一対の勾玉が顕現し、黄金の光が輝きを増す。


「ぐぅっ!こ、これ程とは!!」


隙あり!激痛で反応の鈍ったヘルゲンは、胴を薙ぐ刃を防ぎ切れず、倒れ伏した。


「……見事だ、剣狼……」


加減してやった甲斐があって、まだ生きてるな。


「衛生兵!止血パッチを持ってこい!残存兵ども、まだやるか?」


エースを倒された残存兵達は顔を見合わせ、武器を捨てた。


───────────────────


爆薬でドアを破壊し、ブリッジに踏み込む。顔を狙って飛んできた弾丸を首を捻って躱し、両手で銃を構えたブリッジクルーを狼眼で睨む。目と耳から血を噴き出しながら倒れる同僚の姿を目にしたブリッジクルー達は、恐慌状態に陥った。


「騒ぐな!加減したからまだ生きてる!だが抵抗するなら、本当に殺す!選択肢は二つ!武器を捨てて降伏するか、ここで耳血を噴きながら戦死するか!……どっちだ?」


黒い瞳で睨んでる間に降伏しろよ? 狼眼の威力はもう見ただろ?


「わ、わかった!我々は降伏する!パーム協定に従って捕虜として扱ってくれ!」


金モール付きの軍用コートに、碇マークの軍帽。この艦の艦長か。


「艦長、連隊指揮官のヒルシュベルガー中佐はどこにいる?」


「……指揮シートの後ろだ。」


艦長の言葉通り、指揮シートの後ろには両手で頭を抱えた中年佐官が、ガタガタ震えながら座り込んでいた。


「ヒルシュベルガー中佐、ご機嫌よう。鉄格子付きのホテルにチェックインするお時間だぜ?」


「……こんなはずじゃない。私が悪いんじゃない。……ヘルゲンだ。無能者のヘルゲンめが悪いのだ……」


女房の身の安全の為とはいえ、こんなのに忠義立てしなきゃならなかったとは、ヘルゲンもお気の毒に。


「敗北の責任は、指揮官であるアンタにあるに決まってるだろ。」


「だ、黙れ!貴様如きに用兵のなんたるかが…ゲピョ!!」


拳を固めて、たるんだ二重、いや、三重顎にフックをお見舞いしてやる。下顎の骨が砕ける音と共に飛び散った金歯が、床に転々と転がった。18金じゃなく、24金だろうな、たぶん。


御託ごたくはもうお仕舞いか? 聞いてやるから、もっと喋れよ。」


「ふが、ふが、いひゃい!いひゃい~!!」


吐血しながら喚くヒルシュベルガーの鳩尾みぞおちに爪先蹴りを入れて昏倒させる。


「寝てろ、バカ。滑舌の悪い三流芸人のトークショーはもう終わりだ。」


「隊長。リック達から通信が入りました。機関室も制圧を完了したそうです。」


「わかった。シオン、艦長以外の捕虜をソードフィッシュの営倉に放り込んでおいてくれ。」


「ダー。」


「さて艦長、アンタには仕事がある。この船は同盟軍が接収した。我々の基地まで操舵を頼む。素直に協力してくれれば、オレが知ってる一番マトモな捕虜収容所に送る手筈を整えてやるが、どうするね?」


「……わかった。剣狼、艦の起動認証装置のロックを解除する代わりに、そのマトモな捕虜収容所とやらには、副官のヘルゲン中尉も送ってくれないか?……彼が生きているのなら、だが。」


「スマートな取引は素敵だな。いいだろう。ヘルゲン中尉もアンタと同じ捕虜収容所に送る。」


元々そのつもりだったしな。友軍の救援に成功し、陸上戦艦と2隻の軽巡を鹵獲。今回も、なかなかいい戦果を上げられた。気前のいい司令は、報奨金を弾んでくれるだろう。


──────────────────


鹵獲した艦船を曳航しながら、オレ達の巣「薔薇園ローズガーデン」への帰路を旅する。


「戦利品を曳航しながら進む栄光の道。……フフッ、傑作。」


通路に設置されている自販機コーナーで買った珈琲を片手に、強化ガラス越しに鹵獲した戦利品の航行を眺めつつ、オレは独りごちた。どんな時でも駄洒落を忘れないガーデンの破戒僧、ジョニーさんの物真似もだいぶ完成度が上がってきたな。これなら宴会の余興で披露してもよさそうだ。


……む、背後から足音を忍ばせ、接近してくる曲者がいるな……


これほどの隠密接敵ストーキング技術を持ち、茶目っ気も持ち合わせた者となると、悪戯天使のナツメに違いない。いつものように両手で目隠しして「だ~れだ?」をかましてくるつもりだろう。


……いいだろう。あえて罠に嵌まってやろうじゃないか。オレはナツメに「だ~れだ?」をされるのが、実は大好きだからな!


「ていっ!」


なにぃ!膝カックンだとぅ!ナツメめ、新技を編み出してきおったか!


不意打ちを喰らったオレだったが、珈琲ボールを持ったままダウンすれば※QBサックが記録されてしまう。サックとインターセプトは司令塔QBの不名誉、オレはダウンする前に珈琲を投げ捨て、辛うじてサックを免れた。


仰向けにナツメを押し倒すカタチになったオレに、背後からナツメが囁いてくる。


「……惜しい。もうちょいでサックだったのに……」


「11番隊の司令塔として、サックだけは断固拒否する。残念だったな。」


装備を含めれば80キロを超えるオレの体を、パンケーキみたいにひょいっとひっくり返したナツメさんは、オレの首に手を回して、顔を引き寄せる。


間近で見ても離れてても、可愛いお顔ですね。ナツメみたいな顔立ちって、アイドル顔とでもいうのかな?


瞬きひとつしないでオレを真っ直ぐに見つめてるナツメさんの発したお言葉は、手練れの魔女が精魂込めて作った媚薬のように危険な香りを漂わせていた。


「ねえカナタ。私のおっぱいに触ってみたい?」


「みたいみたい!さ、触っていいの!?」


「……いいよ。」


ひゃっほう!!ナツメさんは敵兵達からは「殺戮天使」なんて呼ばれてるが、オレにとってはただの天使だ。天使ちゃんの貧乳……もとい、美乳をお触り出来るなんて、夢のようだぜ~♪


慎重に、ゆっくり、やらしくないようにナツメのおっぱいに手を伸ばし、もう少しで貧乳様に手が触れようかという時に、ナツメはポツリと呟いた。


「でも、もう他のコのおっぱいには触っちゃダメだからね?」


え!?……そ、それは……


「……迷ったみたいだからお預け。触らせたげない!」


しまった!一瞬の逡巡が戦場では命取り。……オレとしたコトがなんたる不覚を……


「おい見ろ!隊長がナツメを押し倒してんぞ!」 「マジか!通路でご乱交に及ぶかフツー!」


ハッ!ここは天下の公道、陸上戦艦の艦内通路だった!


ときの声に呼び寄せられたゴロツキどもがワラワラと湧き出てきて、あっと言う間に人だかりが出来る。


「隊長、ファイト~!」 「男を見せろ~!」 「さっわっれ♪」 「脱っがっせ♪」


囃し立てるゴロツキどもの包囲網をかき分け、鬼の形相を浮かべたシオンさんがご登場、と。


「……隊長、この状況をご説明願えますか?」


「絶対零度の女」の異名を持つシオンさんの声は、絶対零度の寒波となってオレの肝を冷や……凍らせる。


「……いや、これは……話せば長くなるというか……長くはないんだけど……深い事情が……深くもないか……」


「………」


シオンさんは無言でオレの耳を掴んで、引っ立てる。そして立ち上がったオレの後ろ手に腕関節を極めて、逃亡も阻止。スーパーモデルみたいな長身に比例して手足も長いシオンさんは、格闘術のエキスパートなのだ。


「待ってシオンさん!説教部屋はイヤだぁ!!」


ジタバタ足掻くオレの体をガッチリホールドしたシオンさんは、連行を開始する。


ザトゥクニスィお黙りなさい!みんな、見世物じゃないのよ!サッサッと持ち場に戻りなさい!」


平時においてはオレの数倍の威厳を持つ副長の一喝で、ゴロツキどもは三々五々、持ち場へと散ってゆく。


「あ、あの、シオンさん。どうかお手柔らかに……」


シオンさんは返事の代わりに、後ろ手に極めた腕関節の拘束を強めてくる。痛いってば!




……トホホ、こりゃ今日のお説教は長引きそうだぞ。



※QBサックとは アメリカンフットボールで司令塔にあたるクォーターバックがボールを持ったまま、倒される事。倒される前にボールを投げ捨て、パス失敗インコンプリートに逃れるケースが多い。


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