新生編1話 強くはなっても、背は伸びない



第11番隊旗艦「ソードフィッシュ」に隊員を収容し、オレは艦橋ブリッジへ向かった。


この世界に来て、初めて陸上戦艦を見た時は度肝を抜かれたが、もう日常の一部だ。この最新鋭試作戦艦はオレ達の家。世界最強の我が家だ。


「お帰りなさい、艦長。」


「ただいま、アルマ。」


「アルマ」ってのはこの艦を制御するAIの名前で、操舵手のラウラさんが名付けた。フルネームはアルマ・イオンミ。イタリア系、こちらの世界ではマリノマリア系の名前なのは、名付け親のラウラさんもマリノマリア人だからだ。


「アルマ、ドアを開けてくれ。ブリッジに入りたいんだ。」


いつもはオレの顔と網膜を確認すれば、すぐにドアを開けてくれるってのに、今日はどうしたんだろう?


「その前に質問してよろしいですか?」


「なんだ? オレのスリーサイズでも知りたいのか?」


「艦長のサイズは記録しています。先月より胸囲と腕回りが成長されました。おめでとうございます♪~♪~」


ファンファーレまで鳴らさなくてもいい。どんなプログラミングをされたのか知らんが、人間臭いAIだぜ。だが、アレス重工の技術班もいい仕事をしてくれたもんだ。……待てよ? 胸囲と腕回りが伸びてるんなら、もしかして……


「……身長は伸びてないか?」


「私が配属された時の測定では172,115センチで、現在も全く変わっていません。生身の人間なら日時によって僅かな増減があるそうですが、艦長は超高位バイオメタルユニットを搭載されていま…」


「わかったわかった。アルマ、こういう時の返答は"伸びてません"の一言でいいんだよ。」


残念、オレの背丈はこれ以上伸びそうにないな。……よく考えてみればこの人間臭いAIは全隊員の身体データを把握している。ってコトは、女性隊員のバストやヒップだって……ヤメとこ。アルマが教えてくれるとは思えないし、艦長が持つ最上位者権限を悪用して聞き出せたとしても、露見したが最後、シオンさんに殺される。


「了解。質問なのですが、個体識別の為に、私にも名前が必要なのは分かります。ですが、ファミリーネームまで必要でしょうか? AIである私には、親も家族もいないのですが……」


「アルマ・イオンミのイニシャルは?」


「……AI。なるほど。理解しました。」


「それから一点、訂正しておこう。アルマに親はいないが家族はいる。」


「家族? 私の同型艦か後継艦が完成したのですか?」


「違う。オレ達全員がアルマの家族だ。大事なコトだから記録しておけ。」


「了解。スケアクロウ隊員は私の家族。記憶しました。」


好奇心旺盛だが、素直。アルマはいいAIだ。ロボット工学三原則を提唱したアシモフ博士に見せてやりたいもんだな。


「よし。最上位者権限を以て命令する。そのデータは、上書きも消去も不可だ。」


「書き込み不可メモリーにデータを転送完了。艦長、家族の概念の入力をお願いします。」


「それは自分で考えてみろ。自主学習もたまには良しだ。さて、ドアを開けてくれ。」


「イエッサー。私は新たな命令を受けるまで、家族概念の自主学習に入ります。」


頑張れ。まだ3ヶ月の付き合いだが、AIのアルマにも分かる日が来るような気がするんだ。オレ達が生死を共にし、助け合うファミリーなんだってコトを。


──────────────────


ブリッジの中央、一段高い位置に艦長席はある。隣の小っこい補助席は、我が隊のちびっ子参謀、リリスさん専用席だ。司令が気を利かせて建造段階から設えさせた特注品。ま、10歳の少女兵士なんてウチにしかいないから、特注になるよな。


「ハンマーシャークに通信を入れてくれ。」


指揮シートに身を沈めたオレは、戦闘員兼オペレーターのノゾミに通信回線接続を命じる。


「ヤー。ハンマーシャークと通信開始。……ハンマーシャークより応答あり。メインスクリーンに繋ぎます。」


手際良く通信パネルを操作したノゾミは、メインスクリーンに11番隊所属の軽巡「撞木鮫ハンマーシャーク」艦長の姿を映してくれた。


別動艦ハンマーシャークの艦長で、第4中隊隊長も兼任するロバート・ウォルスコット少尉は「便利屋ユーティリティ」の異名を持つスーパーサブ。出来ないコトが見つけられないぐらい多芸な男だ。歳は26、ウチでは最年長の幹部だけに経験豊富で頼りになる。なにせ隊長のオレがまだ21だしな。ま、ロブは見た目だけなら30を過ぎてる老け顔だし、ベテラン扱いでいいだろう。


「ロブ、作戦の遂行状況はどうだ?」


「作業は8割方終わった。しかし大将、ヒルシュベルガーは本当にこのルートを通るのかい? 撤退ルートはもう一本あんだろ?」


「通るさ。なぜならそっちのルートには橋があるから。ヒルシュベルガーの副官、ヘルゲンなら味方が橋を渡った後、爆破工作を行って時間を稼ぐコトを思い付くだろう。だがオレ達が"数的劣勢にも関わらず、部隊を割いてまで撤退ルートへの先回りをさせていた"とまでは読めない。ヘルゲンは理性的な常識人だからな。」


まるきりのバカより、ある程度デキるヤツの方が手玉に取りやすい、と司令は言っていたが、その通りかもな。衝動で行動する可能性が低い分、紛れが生じにくい。戦術的に粉砕するなら、定石すら知らないまるきりのバカ相手のが楽だが、撤退ルートを読みたいなんて時は、理に傾きがちな分、デキるヤツの方が読み易い。


「大将、ヒルシュベルガーは軽巡2隻を護衛に陸上戦艦で逃走中なんだよな? こっちは軽巡1隻と戦艦1隻、数的不利は艦の性能と挟み撃ちで相殺してお釣りがきそうだが、ヘルゲンがいるなら粘られるかもな。」


アレスの最新技術が満載された新鋭試作艦で挟み撃ち。負ける要素はないが、粘られる要素はある、というのがロブの読みか。だが、粘られる要素もないのさ。艦を運用するのはだからな。


「それはない。渡ろうとする橋を寸前で爆破してやれば、ヘルゲンは無力化する。」


「そりゃどういうこったい?」


「ヒルシュベルガーは現在、全力で遁走している訳だが、撤退ルートはヘルゲンの助言に従うだろう。"橋を渡った後に爆破する時間稼ぎ"は、いいアイデアに思えるからだ。だがヤツらの眼前で橋を爆破してやれば、ヒルシュベルガーのヘルゲンへの信頼も橋と一緒に吹っ飛ぶ。"貴様の要らざる差し出口で、こんな窮地を招いたのだ!"と激昂したヒルシュベルガーは、もうヘルゲンの言うコトには耳を貸さない。自分の逃亡を最優先させるヒルシュベルガーは、軽巡1隻に撞木鮫ハンマーシャークとの砲撃戦を命じ、もう1隻は回頭させて眼旗魚ソードフィッシュへの特攻を命じるはずだ。護衛艦を盾に旗艦は逃走、機構軍のボンクラ軍人のテンプレをなぞるに違いない。」


「大将はこれから起こる事を見てきたみたいに予想するねえ。しかし軽巡2隻は捨て駒かよ。だが旗艦と軽巡1隻が回頭するってんなら、そこを狙わない手はないな。撞木鮫のワイドキャノンは1門きりだが戦艦並みの火力がある。狙うべきは……」


「回頭してる軽巡の土手っ腹だ。その後に回頭してない軽巡を砲撃戦で足止め。旗艦は眼旗魚ソードフィッシュが仕留める。」


「了解した。そんじゃな、大将。」


ロブの姿がメインスクリーンから消え、赤茶けた荒野の風景に切り替わる。赤茶けた大地に赤い血の染みが追加されるのはもうじきだな。戦乱の星の血に飢えた大地は、さっきの戦闘で流された血だけでは足りずに、おかわりを所望している。……いいだろう。たっぷり飲ませてやるさ、の血をな!


「ま~た、少尉が悪い顔になってるわね。ヒルシュベルガーもお気の毒に。」


階段を使わず、サイコキネシスの力でふよふよと浮遊してきたリリスが、本革張りの補助シートに着座した。ちなみに艦長の座る指揮シートは人工革製、出世はしても、オレの本性が小市民であるコトには変わりない。高級車より大衆車に居心地の良さを感じる人間なのは、生涯変わらないだろう。


「少尉、一応カロリーを補給しといたら?」


リリスがサイコキネシスで浮かせたペットボトルを、サイコキネシスで引き寄せる。リリスから学習ラーニングしたサイコキネシスは、戦闘時以外にも便利に使える。特殊能力をラーニング出来る特殊能力、それがオレの固有能力タレントスキルだ。


「ああ。だだ甘のガムシロップで栄養を補給しときますか。カロリーさえ摂れりゃなんでもいいってのは、生体金属兵バイオメタルの長所だねえ。」


「食の楽しみを放棄してる、とも言えるけどね。帰投したら私が手料理を振る舞ってあげるから、もうひと頑張りしてよ?」


超人兵士にして完璧超人のリリスさんは家事万能、それは料理も例外ではない。オレは特殊能力をコピーする男だが、リリスさんは一度食べた料理をコピーする能力を保有している。そしてオレの好みに合うようにアレンジもしてくれる、オレの専属のちびっ子シェフだ。


ペットボトルの蓋を開け、クドい甘味を覚悟しながらドロリとした液体を口に含んだオレだったが、甘味はさほどでもなかった。


「あれ?……あんまし甘くない。」


「でしょ? それ、御門食品工業の新製品なの。甘味を抑えてカロリーを増した、バイオメタルソルジャー専用のガムシロップ。私の考案したこの新製品、売れそうでしょ?」


「確かに。いいトコに目を付けたな。」


このちびっ子は数字8桁の暗算を瞬時にこなせる癖に、算盤ソロバンを持ち歩いてる商才の塊でもあるんだよな……


「ボーナスは弾んでね、オーナー様?」


「それはミコト様に言えよ。財閥のオーナーはミコト様で、オレはただの株主だ。」


「巨大財閥の株を20%も保有してればオーナーみたいなもんじゃない。私と出逢った頃は一介の兵士だったのに、今では私有領を有する同盟軍侯爵にして、御門グループの大株主。戦場では"剣狼ブレードウルフ"、社交界では"龍弟侯りゅうていこう"なんて呼ばれる大物になった訳でしょ?」


「中身は小物のままだがな。狭くて安普請の兵舎に帰って、リリスの作ってくれる焼き餃子で缶ビールが飲みたい。」


「はいはい、帰投したら作ってあげるから。でもそろそろ引っ越さない? ミコトから自分の屋敷に来ないかって誘われてるんでしょ?」


オレを弟と呼んでくださる貴人の頼みとはいえ、小市民オレは安普請の兵舎が性に合ってんだよね。


「ヤドカリは自分に合った貝殻を住み家にする。オレもそうだ。」


「私と所帯を持ったら強制的に引っ越させるから覚悟なさいよ?」


リリスさんはまだ10歳、もうじき11歳の誕生日か。気の長い話だ。


「無事に引っ越しの日を迎える為にも、今日を生き残らないとな。」


「艦長。総員配置に就きました!ご命令を!」


舵輪の前に立っていた操舵手のラウラさんが、こちらを見上げて敬礼する。


オレは指揮シートに座ったまま、右手を水平に振って号令を下す。


「ソードフィッシュ、全速前進!潰走する敵部隊を追跡せよ!」


「イエッサー!」


号令を耳にしたブリッジクルー達は、キビキビと動き出す。




さて、ヒルシュベルガーさん、覚悟しなよ?……狼の牙からは逃れられないぜ。


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