何度も転生した最強の魔王、どんな手を使っても君を守る。
中野在太
第1話 凌遅千年
処刑台から見下ろす景色は壮観だった。
たぶん大陸全土から人が集まっているんだろう。
魔王が死ぬところを、だれもが見たがっているのだ。
つまり、俺が殺されるところを。
人々の声は一つの唸りみたいに響いて、そのどれもが俺への罵声だ。
親を殺されたやつ、子を殺されたやつ。
妻を殺されたやつ、夫を殺されたやつ。
文明を丸ごと一つ滅ぼすってのは、そういうことだ。
丸太に後ろ手でくくりつけられた俺にとっては、もう全部どうでもよかった。
「魔王。なにか、言い残すことは?」
ナイフを手にした処刑人が聞いた。
瞳は義憤でぎらついている。
後悔の言葉とか、命乞いを引き出したいのだろう。
「いやあ、とくに無いなあ」
俺は言った。
たちまちナイフが俺の肩に突き刺さった。
こうして処刑がはじまった。
「痛いだろ、うめけよ! 謝って、泣け! 最後ぐらい俺たちの望みを叶えろ!」
皮膚はりんごみたいに剥かれ、肉は骨まで切り裂かれた。
寸刻みに傷つけられながら、俺はぼんやり空を見上げた。
「終わらねえからな。おまえの死は終わらねえ。永久に殺され続けろ、魔王。それが報いだ」
それが俺に執行される刑だ。
ちょっとずつ身体を切り刻まれ、三日ぐらいかけて死ぬ。
だが、そこでは終わらない。
俺の魂には転生の呪いと追跡の魔法が刻まれた。
強制的に生まれ変わり、おまけにたちまち居場所が明らかになる。
俺はこれから転生し、また殺される。
魂がすり減って消えるまで、死刑は執行され続ける。
いつ終わるだろう。
できるだけ早ければいいと思う。
髪をつかまれ、顔を持ち上げられた。
ひとりの女が俺を見て泣いていた。
この国の女王だ。
「どうして――」
俺のために泣くんだ?
聞こうとして、ばかばかしくなって、止めた。
どこの誰が泣こうとどうでもいい。
俺は目を閉じた。
まぶたをこじ開けようとでもしたのか、眼球にナイフを突っこまれた。
刃先が脳に至る。
俺は、死ぬ。
◇
俺は殺され続けた。
国が滅び、興り、また滅び――魔王への憎悪と恐怖は引き継がれた。
どこに転生しようと俺は見つかり、殺された。
時に、十六才ぐらいまで生きることもあった。
時に、分娩台から異端審問に直行することもあった。
最初に殺されてから、およそ五百年。
覚醒した瞬間、すさまじい寒さが俺を襲った。
周囲はどうやら森らしい。
裸の背中に、冷たい岩が食いこんでいる。
生み捨てられるパターンだ。
珍しいケースじゃない。
処刑人がやってきた時にはもう死んでた、なんてことはいくらでもある。
あっという間に全身が冷たくなっていく。
生きたまま釜ゆでにされるよりは、大分ましな死に方だ。
「まあ!」
声がした。
ぼんやりしはじめた視界に、近づいてくる影をとらえた。
立ち耳をせわしげに動かし、駆け寄ってくる。
狐人は俺を抱き上げた。
抱きしめられ、頬を寄せられる。
やわらかく、あたたかい。
背中の傷がふさがっていくのを俺は感じた。
無意味な回復魔法だ。
どのみち、俺は殺される。
ばらばらに切り刻まれ、遺体は塩漬けにされ、教皇庁だかどこだか、とにかく今もっとも権威がある場所に送られる。
「生きてください」
狐人が言った。
「お願い、生きて」
雲が割れて、星灯りが娘を照らした。
蜂蜜色の瞳から、涙が流れていた。
――どうして。
声は出なかった。
出たとして、問うことなどしなかっただろう。
どうして、俺のために泣くんだ?
俺は静かに自分の葬式を待った。
なにごともなく五年が過ぎた。
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