第十三話 接触 2



 そのまま道を歩きながら、ククルはユルを見上げた。


「せっかく、友達できるかもしれなかったのに。あ、もう友達になれたかな」


「あいつは、止めとけ。下心しか見えなかった」


「えっ!? ユル、伊藤くんが私にかわいいって言ったこと聞いてたの?」


 その問いに、ユルは足を止めた。


「聞いてなかったけど。オレの勘は正しかったな。あいつには金輪際関わり合うな」


「どうして……」


「あいつと付き合いたいのか?」


「それは、別に」


 今日、初めて存在を認識したようなひとだから、そんな感情は生まれようがなかった。


「なら、そうしろ。変に気を持たせるな。オレは高良のおじさんおばさんからも、ミエさんからも、お前のこと頼まれてるんだ。わかったな」


「……わ、わかった」


 たしかにここでは、実質ユルに頼り切りで、彼が保護者のようなものだ。


「ところで、教えて。どうして私を呼べって言われたの?」


「お前の感知の力を借りたいそうだ。最近、トウキョウに小さな妖怪が広がっているらしい。その正体を突き止めるためだ。お前はエルザと組め」


「エルザさんと?」


 脳裏に、あの金髪美女が浮かぶ。正直苦手な相手だったが、ユルをこうして呼びにやらせたということは、相当切羽詰まっているのだろう。


 伽耶には世話になっているし、この話は受けるしかなかった。


 かくして、ふたりは退魔事務所に向かったのだった。




 辿り着いた退魔事務所では、既に所員が待機していた。


 エルザも不機嫌そうに、腕を組んでいる。


「さあ、みんな早めに妖怪を捜してちょうだい。ククルさん、ごめんなさいね。お礼はするから、許してちょうだい」


「いえ、はい……」


 伽耶にそうとまで言われては、頷くしかなかった。


 ユルは弓削と一緒に連れたって行ってしまい、ククルとエルザも出発する。


「ワタシたちは、南東担当よ」


 素っ気なく言って、エルザが先に歩き始める。ククルは慌てて彼女を追ったが、何せ足の長さが違う。追いかけるのにやっとで、並んで歩くなんてできそうにない。


「あ、あのエルザさん」


「何」


「エルザさんて、ユルの彼女だったんですか?」


 この機会に聞いておこうと思ったのだが……恐ろしい形相で振り返られて、ククルは心底後悔した。


「ひいっ!」


「ケンカ売ってるの? ナハトは、アタックしてもアタックしても振り向かない難攻不落よ! でも、そこが好き!」


 結論に驚きながらも、ククルはホッとしていた。


(なあんだ、付き合ってもいなかったんだ。……って、私……だめな子だ。もしユルが誰かと付き合ったり結婚したりするなら、ちゃんと祝福しないといけないのに)


 ククルがぐるぐる考えていると、エルザは勝手に語り始めた。


「ワタシはナハトを初めて見たとき、驚いた。あんなオーラをまとった人間は、初めてだった」


「あれ? エルザさんって、感知は弱いんじゃ……」


「さすがに正面から見れば、そういうことはわかる! わかるでしょう、ナハトのスペシャルなオーラ!」


「……うん」


 おそらく、神の子だからだろう。しかしユルはエルザには話していないようなので、ククルは頷くだけにしておいた。


「あのー、私にもそういうのは感じない?」


 一応先祖返りなんだけど、と思いながら問うとエルザは「はあ?」と眉を上げた。


「あなたは、とても凡庸。カヤが、あなたがスペシャルなシャーマンと言っていた意味もわからないぐらい」


「そ、そこまで……」


 ユルに比べて神気がないのはわかっていたが、凡庸とはっきり言われてククルは肩を落とした。


「ところで、あなたってナハトの何なの?」


 エルザはいきなり振り返って、問いかけてきた。


「何って……」


 親戚以外の答えを持たないククルは、「親戚」としか答えられない。


「あなた、ナハトに興味はないの?」


「興味って……。私とユルは、そんなんじゃないし。兄妹、みたいなものなの」


 歩きながら早口で答えると、エルザはにこっと笑って「じゃあ、いいわ」と前を向いた。


 そのまま五分ほど歩いていると、ククルはぞくっと寒気を感じた。


「待って。いる!」


「……どこに」


 ふたりは足を止め、囁き合った。


 この気配は……


 後ろだ。


 そう思ったときにはもう、ククルの中に何かが入り込んでいた。


 しかしククルは目を見開いて、祝詞を唱える。すぐに中に入っていた黒い影は、ククルから抜け出る。


「逃がさない!」


 エルザが手をかざすと、炎の玉が影にぶつかって弾けた。


 消滅を確認して、ククルはホッと胸を撫で下ろす。


「訂正するわ」


 いきなりエルザがそんなことを言い出したものだから、ククルは目をぱちくりさせた。


「さっきのあなた、ナハトと同じオーラだった。スペシャルなシャーマンなのは、間違いないみたいね。さあ、他のデーモンも捜すわよ」




 その後もふたりで歩き回ったが、あの妖怪以外は見つからず、伽耶が帰ってくるようにと言っていた時刻――午後七時となり、事務所に帰ることとなった。


「おかえり、みんな。ご苦労様」


 皆が続々と帰り、待機していた伽耶が出迎える。


 ようやく弓削が帰ってきた、と思ったらユルがいなかった。


「弓削さん、ユルは?」


 ククルの質問に、弓削は眉を寄せる。


「それが、途中ではぐれちゃったんだ。まだ帰っていないかい?」


 そう聞いて、胸騒ぎに襲われる。


「捜しにいきます」


「私も!」


「ワタシも行くわ」


 弓削にククルとエルザも続こうとしたが、伽耶が手で制して止めた。


「……もう少ししたら、帰ってくるわ。待っておいて」


 千里眼の伽耶にそう言われては、待つしかない。ククルは手持ち無沙汰で、扉の近くに立っておくことにした。


 すると十分もしないうちに、ユルが入ってきた。


「単独行動は関心しないわね、雨見くん」


 伽耶に叱られ、ユルは目を伏せる。


「はぐれちまったんだよ。わざとじゃない」


 しばらく伽耶はユルに厳しい視線を注いでいたが、何か見えたのか見えなかったのか、彼女はため息をついて視線を外した。


「みんな、お疲れ様。帰っていいわ。ククルさんには私からお礼があるから、雨見くんと残って。ペアの弓削くんとエルザはどうする?」


「ワタシは帰ります。用事あるし」


 エルザは「じゃあね、ナハト」とユルに甘い声をかけてから、さっさと帰ってしまった。


「僕はせっかくだから、付き合いますよ」


 弓削は笑顔で応じ、伽耶は「なら、行きましょうか」と告げた。


「ところで雨見くん。知性のある妖怪と、話していないでしょうね?」


 伽耶に問われて、ユルは顔をしかめていた。


「本当に、はぐれただけだ」


「そう。それならいいの。そういう妖怪には、言葉は通じても話は通じない。覚えておきなさいね」


 伽耶の警告で、ククルは蛾の化生――ウイを思い出したのだった。


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