コミュ障の俺がなんでカリスマギルドマスターに!?

野良猫のらん

第一章 カリスマギルドマスターへの道のり

第1話 転生したら処刑寸前!?

 水面に美青年が写っている。


 瞳の色は夜霧のように曖昧なグレイ灰色

 髪は黒に近い深い藍色で、光に照らされた箇所だけが鮮やかな色味を垣間見せる。

 そして、頭には――――漆黒の角が二本。


 それが俺だった。


「な、なんでだあああああああああっ!?」


 俺の叫びが野山に木霊した。


「五月蠅いぞ、死刑囚ッ!」


 ドカッ。


 俺は顔を殴られ、よろけて地面に倒れた。

 腕を縛りつけられていて受け身を取れず、強かに身体を打ち付けた。


「うう……」


 俺を殴ってきた奴に胸倉を掴まれるように引き起こされる。

 あまりにも乱暴な動作に俺はむせる。


 一体全体、なんで俺はこんな目に遭っているんだ?


 ちょっと記憶を掘り起こしてみよう。

 俺はしがないコミュ障のフリーターで、バイト先の工場で働いている所だった。

 プレス機を弄っていると何か物が挟まったのか、機械が止まってしまった。

 なので俺はプレス機の中に頭を突っ込んで中を確認し……


 ……気がついたら此処でこうしてイケメンになっていた。


 え、何? 何がどうしてこうなった? 俺に何が起きたの?

 工場は何処!? 俺、無意識にバックレちゃったの!?

 バックレ罪で捕まってるのか俺は!?

 俺を縛って捕まえてる人たち、みんな鎧着てて警察っぽくないけど誰!?


「流石の"強欲の黒山羊"様も死が間近だってことを理解できてきたようだな」


 俺を取り囲む男のうち一人がせせら笑い、周りも合わせてげらげらと笑う。


 こいつらはさっきから俺のことを何故か『暴君』だとか『黒山羊』だとか呼ぶのだ。

 しまいには『そのお綺麗な顔がうんぬん』と意味不明なことを言ってきたので、俺は鏡を見せてくれと頼んだ。

 だって俺の顔は控えめに言っても不細工だからだ。そう、控えめに言って、だ。


 鏡をこの兵士たちが持ち歩いている訳はなかったが、兵士たちの中でも一番軽装で杖を持っている奴が「暴君さまはこんな時でも自分のお顔が気になるのか?」とか何とか嘲笑いながら、俺の前に進み出て杖を振った。

 すると俺の前に水で出来た鏡が現れて俺は自分の顔面を確認できたという訳だ。


 ……うん、よく考えなくっても水の鏡が出てきたのこれって魔術だね?

 俺、異世界転生したの? え、俺いつ死んだ? 俺バイトしてただけなんだけど。


 俺は訳も分からず頭の中がパニックになりながら、山道を無理矢理歩かされ続けた。

 そして鎧を着ている奴らはどうやら兵士だと分かった。

 歩かされながら兵士たちから浴びせられた嘲笑の言葉を統合して状況を推測する。


 彼らはしきりに俺のことを『暴君』と呼ぶ。

 どうやら俺は民に圧制を敷き、自分は贅沢三昧をしている王だった。ということになっている。

 その蕩尽ぶりと来たら昼夜を問わず欲に溺れ、女も男も構わず抱きまくっていたほどだという。

 その上酷い癇癪持ちで、ちょっと機嫌を損ねると配下を迷わず切り殺していたとか。

 それがつい先日クーデターを起こされ、玉座から転落した俺は処刑されることになった。


 "強欲の黒山羊"、というのは俺の頭から生えた山羊あくまのような角を揶揄した蔑称なんだって。


 えっと……つまり?

 何が理由かは分からないが、俺は念願だった異世界転生を果たした。

 だが不運にも転生先は処刑場に連れて行かれている途中の暴君の身体で、余命はあと幾ばくもない?


 ――――そんなことってアリかよ!?!?!?!?


「あ、あんまりだ……」


 思わず涙を流しながらポツリと呟くと、兵士たちはゲラゲラと笑った。


「そら、お前の『死』が見えてきたぞ!」


 絶望に打ちひしがれながら歩かされていると、やがて山道から見下ろした平地に街が広がっているのが視界に広がる。

 どうやら逃げ出した暴君を山で捕まえ、街中で堂々と処刑しようという経緯だったようだ。


 もうあと少ししか生きられないのか。

 すぐ死ぬくらいなら元の世界の俺の身体に戻してほしい。

 まだまだ見たかったアニメや読みたかった漫画があるんだ。


 そう嘆いていた、その時だった。


「エルフリート様」

「え?」


 耳元で囁き声がしたかと思うと、周りでどさりと重い音が続く。

 何事かと驚くと、兵士たちが気絶して倒れていた。

 いつの間にか俺を縛っていた縄も切れていて、はらりと地面に落ちた。


「我が王よ、たすけに参りました」


 そして亜麻色の長髪を伸ばした青年が目の前に跪いたのだった。

 ほえー……誰?


「……」


 この青年を前にどうしたらいいか分からず、俺はまごつく。

 だって知り合いみたいだけど、まったく記憶がないからどんな人なのかも分からないし。


 俺が黙って彼を見下ろしていると、彼の方から先に口を開いた。


「仰らなくても分かります。『助けに来るのが遅すぎる。死罪だ』、ですよね」


 と青年は口にした。

 いやいやいや何が『ですよね』だよ、死罪になんかしないよ!?


「貴方様の罰ならば喜んで受けます。しかし、今ここで死ぬ訳には参りません。私には貴方を無事に逃がす役目があります」


 いやそんな役目が無くても死なないで欲しいな?

 え、何この子。マゾなの?


「このままでは他の兵が遠からず異変に気付き追ってきます。私はその足止めをします」


 青年は勝手に喋りながら兵士の装備を何やら漁っている。


「王よ、西へ逃げて下さい。この国を出て隣国へと逃れるのです」


 そして気絶している兵士から奪った剣の一本を俺に押し付けたのだった。

 これで身を守れってこと?


「なんで俺の為にそこまで……?」


 青年の行動が不思議で、やっと一言の疑問が口にできた。

 すると青年は驚いたかのように目を見開き、それからはにかんだ笑顔を浮かべた。


「貴方にとってはただの気まぐれだったかもしれません。でも私は貴方に命を救ってもらった恩を一生忘れません。貴方様はスラムの煤けた少年だった私を貴方は拾ってくれた。地獄しか知らなかった少年はあの日、愛を知ったのです」


 青年が俺を見つめる瞳は潤んでいた。

 兵士たちの話を聞いた時は俺はなんて極悪人に転生してしまったのだろうと思ったものだが、もしかしたらこの俺はそこまで悪い奴じゃなかったのかもしれない。


「さあ、行って下さい。後で必ず貴方に追い付きます」


 そう言うと、青年は背を向けて何処かへと走り去ろうとする。


「待て!」


 俺は彼を必死で呼び止めた。


「なんでしょう? 引き留めるなら……」

「そうじゃない」


 彼の言葉に首を横に振る。

 そして俺は彼に尋ねた。


「西ってどっちだ?」


 中身がこの青年の崇拝する王様じゃないとバレてしまうかもしれないが、これを聞いておかないと最悪死ぬ。背に腹は代えられない。

 青年は俺の言葉にフリーズしたように固まり……そして大きく息を吐いて脱力したのだった。


「そういえば陛下は極度の方向音痴でしたね。これをどうぞ」


 青年は戻ってきて、懐から取り出した何かを差し出してくれた。

 コンパスかと思ったら、ちょっと違う。

 長方形の平べったく黒い石だ。


 どうやら王さまの中身が違うとはバレなかったみたいだ。

 王さまが偶然にも方向音痴で助かった!


「何とか持ち出せた理学式魔導書デバイスです。流石に地図の見方は分かりますね? それで方角も分かります」


 おお、オープンワールド系のゲームで最初にもらえる感じのアイテム!


 それを受け取ってこねくり回してみると、起動するボタンが見つかった。

 無事地図を表示することができた。ちょっと焦った。


「あと陛下の角を隠すものが必要ですね。これを頭に巻いてください」


 青年が首に巻いていたスカーフをくれた。

 俺はそれを頭巾のように巻いてみる。


 やっぱりこういう角ってこの世界でも普通の人には生えてないのかな。

 兵士は兜被ってるから分かんなかったけど、この青年には見たところ角はない。

 角を見られたら一発で俺だとバレるくらい珍しいものなのかもしれない。


「では、無事を祈っています」

「あ……」


 今度は引き留める間もなく去っていってしまった。

 無事を祈りたいのは俺の方なんだけどな。


 彼が押し付けてくれた兵士の剣もしっかりと腰に留め、理学式魔導書デバイスを起動して西を向く。

 ともかく、これから俺の旅が始まる訳だ。

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