20XX年のおきつね様
星野谷 月光
前編
夕暮れの商店街を、狐娘がぽてぽてと歩いて行く。
黄金色の髪にピンと出た狐耳、巫女装束。いかにもそれらしい姿だ。
「おじさんコロッケ一つくださいなのじゃ」
買い物袋片手に肉屋の店先に立ち寄る。
カウンターの奥にいるのはオークのような鬼だ。
「あいよ。買い物かいゼンちゃん」
「うむ、ぱとろーるのついでなのじゃよ」
豚面に角が生えた筋骨たくましい鬼がコロッケを包む姿は奇妙だが、誰もそれを気にしない。
「ハハハ、そりゃあ安心だ。はいよコロッケ一つ」
「ありがとうなのじゃ」
ゼンと呼ばれた狐娘は丁寧にお辞儀して買い物袋にコロッケを入れて再び街を歩く。
「ハーイ、ゼンちゃん!」
「おかえりなのじゃ。学校は終わったのかの?」
魔女の箒に乗るセーラー服の学生を出迎え。
「ふわぁあ……これは善狐さま、おはようございます」
「うむ、早いのー。お日様も沈みきっておらんのに大丈夫なのかや?」
「ある程度は日焼け止めでなんとかなりますよ」
遮光マントを羽織った吸血鬼と挨拶する。この善柧という狐娘の顔は広く、また慕われていた。
そのまま駄菓子屋に入り、サイボーグと化した店主とお茶を飲む。
「駄菓子屋のおばちゃん、息災かえ?」
「全身義体ですから体の調子は変わりはしませんよ。
本当に変わってるけどありがたい世の中になったもので……
私が子供の頃は善狐さまの存在だって、大切な秘密だったんですけどねえ」
50代くらいに見えるように調整されたボディはかすかにモーターの音がした。
「うむ……世の中変わったのじゃ。まあ、全部あの『魔術師』がバラしてしもうたからのう」
「いろいろありましたものねえ……」
昔ながらのひなびた駄菓子屋からお茶を飲む二人は、夕暮れに沈む新宿副都心の方を見る。
そこはまさに魔界。
天高く伸びる摩天楼、その間を飛ぶ魔女にロボット、烏天狗。空の遠くには飛行機と一緒にクジラが飛んでいた。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したような有様が地平線まで続く。
それが現在の東京だ。
「お茶ごちそうさまなのじゃ。そろそろ帰るのじゃよ」
「ええ、またいらしてください善柧さま」
夕暮れの空に八咫烏がカァと鳴いた。
■
かつて、世界は妖怪や宇宙人、はたまたもっとヤバい化け物が隠れ住んでいた。
しかし、ネットの発達は彼らが隠れることを許さなかった。
結果として、すべてはバレて、異種族は当たり前の存在になった。
これは、そんな世界の少しスリリングな日常の話。
20XX年のおきつね様 星野谷 月光 @amnesia939
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