ぼっちの俺が魔剣転生~タマケンの異世界魔剣冒険譚

ジョセフ武園

第1話 前略~おかあさん。

 前略。お母さん、お元気ですか?

 俺は…………よく解りません。が、なんやかんやで元気に生きてます。

 こんな事を言った所で、生きていて、何がよく解らないのか。と思われる事かと思われますが。

 俺もその何がよく解らないのかが、解りません。


 あ、違いますよ!

 それではないから、そっちの入院の手続きは控えて下さい。


 ………なんて。

 こんな事を、考えたところであなた達の元へはこの思いすら届く事はありません。


 それだけは、自信をもって言えます。


 ええ。だって。



 俺はあなた達の存在しない

 『異世界』とやらに………

 『転生』したのだから………







 ――時は、遡る。


 「ねぇ~え? けんじくんは、たなばたになにをおねがいしたの~」

 そう、俺に尋ねて来たのは、同じライチ組のユキエちゃんだった。


 「うへへ、おれはな。これよ‼ 」

 「いせかいにいきたい? なぁにこれ? いみ☆ふ☆め~い」

 彼女は小さい眉をものすごーくしかめて、俺を異物の様に見つめた。

 

「し、しらんのか? いせかいよ。いせかい。そこにはな? まほうがあったり、もんすたぁがおったり、ゆうしゃになっておしろをまもったりするせかいがあるんで? 」

 今度は、彼女の瞳に憐れみが浮かんだ。


 「けんじくん。げんじつをみつめなきゃ、だめだよ? そんなことばっかりいってると、おしごとにもいかないで、おへやのなかでげーむばっかりする、ふとったゆめもきぼうももてないおとなになってけっこんもできないんだよ? 」

 今思えば、園児の口から出る最大級の痛烈な言葉だ。


 「ユキエちゃんは、おんなのこじゃけ、いせかいのよさがわからんのんよ」


 「そうやって、さしだされたてをあなたはふりはらうのね?

 おろかだわ。

 みじめだわ。

 せいしゅんとよぶには、あまりにもさみしすぎるわ。

もういいわ。さようなら」


 そう言って、彼女は俺の前を去った。

 その時は、俺は考えてもなかったんだ。まさか、彼女の言った事が現実になり。

 そして、俺の願いが現実になるなんて。



 「ピピピピピピピ」

 俺は、布団から手を伸ばすとその音の権現を断ち切る。かれこれ2年は愛用している百均の目覚まし時計だ。中々にいい音で起こしてくれるから愛用が止められん。しかし今日の夢はもうちょっと早く起こしてくれて構わんかったな。

 俺は、止めた時計の盤面を見つめる。

 九時十五分。つい数年前なら平日のこんな時間に目覚める事等有り得無かった。

 今年で、俺は三十になる。世間が言う三十路と言うやつだ。

 俺は三十路になって自由な時間を得、収入と仕事を失っていた。

 貯金や、サラ金のカードで何とか食っている今の状況。

 まだまだ、若いから仕事もすぐに見つかると思って、早半年こんな状況だ。前言を撤回する。三十路は社会ではもう若くは無いのだ。


 消費期限が切れた半額シールの付いたあんパンを一口齧ると、シャワーを浴び、毎日着ている上着とこれまた毎日履いているズボンを履き。

 週に四日は通っているハローワークに向かう。最早朝の散歩の様にこの行動が俺のルーティーンになっていた。



 「はい。玉木たまきさん。それじゃあ来週の面接に、この紹介状。そして、顔写真入りの履歴書を忘れずに持って行って下さいね今日はお疲れ様でした」

 にっこりと営業スマイルを見せる女性の担当相談員さんに、愛想笑いを浮かべて、俺はハロワを後にする。


 「はぁ~~今日の担当さん、若かったなぁ……つい最近まで、職場で一番若い玉ちゃんなんて呼ばれてたのに。もう俺より若くて働いている奴らなんて、ごまんといるんだな……そして、俺はその子らの下に就く訳か………」ぶつぶつと、独り言を言い出す様になったのは三回くらい不採用届を目の当たりにさせられた位の頃からだったと思う。


 「腹が、減ったなぁ………」そう呟くと、カバンの中から朝の食いかけあんパンを取り出しハロワ横の公園のベンチに腰掛ける。


 もうすぐ財布の中が空になる。俺は、サラ金で借りるか貯金を崩すかどちらにしようかと、生活費の事で頭を一杯にしていた。

 そんな時、公園の砂場で元気に遊ぶ三歳くらいの子ども達とそれから少し離れてお話に夢中になっているお母さん方が目に入った。

 俺は朝の夢を思い出していた。


 「あの頃は、本当に思った事が全部、叶うって信じてたんだよなぁ……」

 そう呟いて、暫し子ども達を見つめていた時だった。

 「? 」

 カギかっこに疑問符しか入らない頭の悪い表現だが。その視界にいた奇妙な人物を表すにはそれくらいしか俺には思いつかない。


 まだ、夏には少し遠いが梅雨も明け、じんわりと汗ばむこの時期にそいつは肌が全部隠れる様なコートに身を包み真っ黒なニットの帽子とマスク。とどめはサングラスという。如何にもな格好でゆっくりと子ども達に近付いていたのだ。


 「おいおい」俺は、すぐに母親達の方を見るが、彼女らは彼女らでお喋りに夢中になっていてそれに全く気付いていない。

 「マジかよ………」俺は躊躇ったがその男を警戒して間合いを詰めていった。

 そして、丁度その男と、俺と、子ども達の距離が一定になった時だった。


 俺は、我が目を疑った。

 その男がコートの中から出した手には。

 鉈くらいの大きさの包丁。いやもうこれは、刀といってもいい程の刃物を取り出したのだから。


 「なにやってんだーーーーーーー! 」

 思うよりも先に俺はそう叫び、男に飛び掛かっていた。その様子にやっと母親連中が事態を察した様で慌てて子ども達を非難させにやって来た。


 「邪魔、するな」

 背筋がぞっとするような冷たい声だった。思ったよりもその声は若く。より不気味さを俺に伝えてくる。


 「ふざけるな。何でこんな事をするんだ」

 俺は、無職で弱った腕を必死に奮い立たせその男の手から包丁を奪おうと必死だった。

 「あ、もういいわ。お前代わり殺す」

 その支離滅裂な返答に耳を疑いたくなった。しかし間違いなく男はそう言ったんだ。手を放してしまえば俺は殺される。その現実に気が狂いそうになった。

 ――誰かたすけて!

 俺は涙で滲んだ横目で子どもと母親の様子を窺うが、そこには誰も居ない。


 「あッッハんっッ」

 次の瞬間、情けない悲鳴が俺の口から漏れた。

 男がまるで抱擁を求める様に胸に飛び込んできたからだ。


 「か………は…………」

 一気に呼吸が苦しくなり、身体から力が抜ける。俺は、状況が全く読み込めなかった。

 次に胸元で男がグリングリンと肩を動かしている光景が見え俺はその場に跪いていた。

 「やってやったぜ」男の嬉しそうな声が視界の上の方から聴こえる。こんな映画館があったな。なんてその時は呑気にそう考えていたんだよ。

 「ぐはっ」瞬間、口から温かいものが一杯吹き上げてきた。嘔吐に近い感覚だが目の前に流れるそれは真っ赤で。


 「きゃーーーーーーーーー」

 「何をしている⁉ やめろおおおおおお」

 公園の入り口の方からそんな叫びが聴こえた。どうやら先程の母親達が助けを呼んできてくれたらしい。

 よかった、助かる。――しかし、それが口から出ない。

 俺は余りの寒さに、その場に倒れ込んでしまった。おかしいな。冬でもないのに、何でこんなに寒いのか。

 そして、波の様に襲ってくる倦怠感と眠気にその身を委ねていったのだった。

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