濡れ衣令嬢は時間が惜しい

桜乃春妃

第1部

第1話 婚約破棄


「レイシア・ノアレイズ!貴様との婚約は破棄させてもらう!!!」

「あらそうですか。」


こいつこんな建国パーティーの日にどうでもいい事を私に言う為に私を中央に誘導したの?


阿呆らしい。


「ショックで言葉も出ないようだな。

まぁいい。俺はレイシア・ノアレイズとの婚約を破棄し、隣に居るフィオン・グレントリア男爵令嬢と新たに婚約を結ぶ事をこの場に宣言する!!!」

耳が聞こえないのかしら?んなもんクソほどどうでもいいわよ。勝手に婚約破棄して勝手に婚約しとけば良いじゃない。

「でっ、殿下ぁ……。レイシア様が睨んできていますわぁ……。私、こわぁい……。」

あ、いたんだこの女尻軽

そろそろ本気でイラついてきたんだが。

「レイシア!フィオンを睨むな!お前はどれだけフィオンを追い込めば気が済む!」

「は?」

「忘れたとは言わせないぞ!お前がこのフィオンに陰湿な虐めを繰り返していたと聞いた!!」

「うわっ」

そう叫ぶ殿下は、近くにあった飲み物を私にかけてくる。

「ちょっ……」

私は前に出てこようとする従者……レオンを右手で諌めた。

そろそろ、執拗い。

私がどれだけの良心で大切な時間を割いてやってるか分かっているのか此奴ら。

「あまりにも馬鹿馬鹿しくて一周まわって無になりますわ。

ウケ狙いならもう少しマシなボケをしてくださいまし。」

「なにを……っ!!」

「あっ、あの!レイシア様……

私……レイシア様が謝ってくだされば、それでいいのです……。謝ってくだされば、私、あなたの事を許します……っ!だから……っ!」

あら何この尻軽。

大方、「自分を虐げてきた人に勇気を出して最後の慈悲を与えてあげる私優しいー☆」

みたいな感じかしら。

本当に、笑いを通り越して真顔になるわこれ。

「…なんと慈悲深いのだフィオン……!

おいレイシア!聞いていたか!早くフィオンに頭を……」

「……残念です。失望致しました。本当に。

まず説明致しますね?よく分からない奴知能0の赤ん坊の為に。

殿下と私の婚約は、王家からの申し出だったこと。

で、虐め、でしたっけ?本当にそれ滑稽ですわよね。私がこの貴重ーな時間を割いてそんな事すると思います?

今こうしてお話しているだけでも時間の無駄だと言うのに……。

そして、王家に次ぐ権力を持つノアレイズ公爵家の一人娘に、飲み物を掛けたり、侮辱の言葉を浴びせたあなた達は……。」

ちらりと王子達を見ると、顔が青ざめているのが分かる。

「だっ、だがー」

「あーもう!!!ここまで言って分からないのこの阿呆王子!!

私がどれだけ貴重な時間を貴方達に割いてやったと思ってる!赤ん坊からやり直してこいこの馬鹿!!!」

辺りがしーん……となる。

まあ殿下にこんなこと言う人なんていないだろうしな。

陛下の前でやってしまったこともあり、我が家は破滅確定か?

こんな所で油売ってる暇なんてないのになんなんだよ此奴ら……っ!私のこの時間返せ!!

「……レイシア・ノアレイズ公爵令嬢。」

「はい陛下。なんでしょう」

国王が立ち上がる。いつにも増して威圧感が強い気がするのは気のせいだろうか。

そして何故王子が勝ち誇った顔をしている。腹が立って仕方ない。

「……息子がすまなかった。」

「本当ですわね。でも、陛下にも殿下にも謝って欲しいわけじゃないんです。」

「それではなんとお詫びすれば……」

「……そうですね、それでは……これまでに貴方方のくだらない茶番で無駄にした30分28秒返してください」

皆驚愕の表情を浮かべている。

いや普通に返してくれ。

どんどん時間無駄になっていきますよー?

あれー?私、時間返してくれって言ったよねー?

なんて人達だ。貴方たちが硬直している間にも時間は経つというのに……。

「えーっと、お嬢様は具合が悪い様ですのでお先に失礼させていただきます!」

「あ、ちょレオン……。」

ぐい、と腕を引っ張られ、裏へと連れていかれた。

「お嬢!!」

「あら貴方まで私の貴重な時間を潰す気?偉くなったものね。レオン。」

「お嬢。俺もうヒヤヒヤして死ぬかと思いましたよ?本当に……。」

「嘘ね。貴方ずっと笑いこらえてたじゃない。」

「バレてました?」

「バレバレよ。これまだ続けるの?早く帰って勉強をしなければならないわ。」

「はいはい。お嬢は時間命ですもんね。すぐに馬車を手配します。」









✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――


「聞いたぞレイシア。

婚約破棄、されたそうだな?」

「ええお父様。聞いたのなら私に聞かなくてもいいんじゃないですか?時間の無駄だと思いますが。」

「そう言うなよレイシア……。パパ寂しい!」

「あらそうですか。帰っていいですか?」

「流れる様に言うなレイシア……。」

「時間が勿体ないので。」

にこ、と笑ってやるとお父様は頭を抱えた。

「……殿下に非があったとはいえ、口が悪かったな。お前は暫くの間自宅謹慎だ。」

「あらそうですか!それ程までに嬉しい事はありませんわね!」

「何故お前はそう……。」

「あら、全てはお母様とお父様の育てかたのもんだ……

「レイシア!!!!」

……い。」

バァァンと扉を開ける爽やかな薄緑の髪の公爵夫人。

私のお母様だ。

「レイシア……聞いたわよ……!自宅謹慎、ですって……?」

「お母様……。そうですの。それでは自室へ戻っても……」

「……ちょっとスフェリアに話つけてくるわ。」

「ちょ、ちょっとお待ちくださいお母様!?なにも王妃様にそんなことで……」

お母様……セルヴィア・ノアレイズ公爵夫人は国王が溺愛してやまない王妃……スフェリア・アルフォンス様と幼馴染なのだ。

「そんなこと?

いいことレイシア。私からの贈り物のドレスをこんなドリンク塗れにし、あまつさえ自分に非があった事を認めずにレイシアを責めるなんて言語道断。そして最後には他の女と新たに婚約を結ぶと……。


有り得ないわね。


うちのこんなに可愛いレイシアを捨てるですってあのガキ……。上等じゃない。

あんなガキこっちから願い下げよ。」

顔が笑っているのがまた怖い。

だが、言いに行くだけ時間の無駄だと思うのだが……。

「レオンハルト!!」

「はいっ!!寝てません!寝てません!

……あ、奥様……?」

「……レオンハルト、貴方レイシアの傍についておきながら何故あのガキを放っておいたの……。」

「いや、俺も止めようと思ったんですがお嬢がお止めになりまして。」

「……。まぁレイシアが命令を下したならしょうがない……訳ないでしょ!?」

「ひえっ……。」

「主人の命令に刃向かって行けばよかったのに……」

「お母様。レオンは悪くないです。

それにこんなやり取りも時間の無駄です。

私は殿下に微塵も興味を抱いていなかったのでもうどうでもいい事ですわ。」

「レイシア……。」

「お嬢……」

「それでは失礼します。レオン、行くわよ。」

「あっ、はい!」




「ねぇお嬢…。」

「なに?まだ私の時間を割くつもり。」

「……いえ。なんでもないです。」

「そう。」

レオンがそっぽを向く。

呼び止めておいてなんなんだ。

……一瞬見えたレオンの表情が悲しそうで、妙に印象的だった。

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