魔王は世界を救いたい

カル

第1話 終末の始まり

俺はその日、世界を救った。

魔王を倒し、王様には山ほどの財産を受け取り、街にいる者達からは羨望のまなざしで眺められた。代償は大きく、死んだ者達も少なくはなかった。ギリギリの中魔王との一騎打ちにて勝利し、世界から魔物という存在は消えた。

すると天上から天使が舞い降りた。


「あなたは使命を終えました。よって元の世界に戻さなければなりません。」


もとはと言えばこの天使が俺をこの世界に送り付けたというのに随分と自分勝手なヤツだ。しかし、世界が平和になったのならそれで構わない、きっと安寧の地となるだろう。


「あぁ、未練はない。元の世界に帰してくれ。」


次の日にはきっと皆驚くだろうな。世界を救った次の日には勇者が消滅なんて聞いたことがない。とはいっても、もう二度とあの世界に俺が行くことはないだろうからな。

俺が異世界に飛ばされてから同じ時間経過がしていたらどうしようかと思ったがその心配はいらなかったようだ。異世界にいたのはおよそ5年に対し、俺が飛ばされてからの元の世界は5分ほどしか経過していない。


「5年ぶりに我が家に帰るのか……なんか不思議な感じだな。」


高校の制服を着、学校の登下校によく使っていた道の真ん中に俺は立っていた。

西日がまぶしく、日がそろそろ沈むころであった。

俺からしてみれば久しぶりなわけだが親からしてみれば今朝見た顔なので何とも思わないだろう。




あれから一年が経過した。

不思議と、5年間のブランクがあってもそれより前のことは覚えていたので友達の会話には簡単についていくことが出来た。

一つ、違和感があるとすれば少しの刺激だろうか。異世界に飛ばされた時はどうなることかと思ったが意外にもあの毎日は気に入っていたようだ。

勇者たるものが魔物を居てほしいと考えるのはいかがなものかと思うけど。


「おーい慧!ボールそっち行ったぞ!」

「はいよ!」


北条ほうじょうさとし』俺の名前だ。今はクラスメイトのやつらとキャッチボールをしていたのだがこれが困っていることだ。

勉強とかなら力は何もいらないが体育となると話は別なのだ。思いっきりやってしまうとグラウンドにクレーターが作られ、ボールを投げれば風圧で人が吹き飛んでいく。ならば手を抜けばいいではないかと考える者もいるだろう、しかし異世界に行く前はまぁまぁ運動は出来たので、そこからいきなり運動が出来なくなっている俺を見ればまず間違いなく体育の教師は「ふざけている」と思うだろう。

大体、「本気でやれ!」ってなんだよ、学校が壊滅してもいいなら本気を出してやる。


「オーライ!オーライ!」


フライのボールをキャッチしようと振り向きながら後ろへ下がっていくと何かに頭をぶつけた。

やべっ、誰かにぶつかっちまった。


「ごめんなさい、野球やってたら後居るとは思わなかったので……。」


申し訳なく、頭を下げる。

しかし、俺は目の前の物に違和感を覚えた。視線の先にはヒールが見えた。足元を見ただけでわかるそのスラッとした姿、一つ気になることがあるとすれば人にしては妙に肌白い、アルビノのようだ。


「あ……アナタ様が魔王様でありますか!?」


―――――――魔王、懐かしい響きだ。かつて人々を苦しめ、いくつもの街を壊滅させた。しかし、負けた時は潔いやつだった。立場が違っていれば戦友になれたかもしれない存在だ。


「魔王か……魔王!?」

「はい!」


俺は確かにあの時息の根を止めたはずだが……まさかまだ生きているのか!

いやそんな話ではない、確か先ほどまで野球をしていたはずだがどういうことだ…?

あの日、俺が異世界に行った場所とはまた違う異世界に飛ばされたのか……?


「ここは何処だ……?」

「ここは『ジョカラム』です。」


ジョカラムだと!?

俺がいた世界の名は『ジョカラム』、獣人や亜人など多種多様な種族、そして魔物という人々を襲う存在がいた。魔物は人を食べているわけでもなく襲うことから他の種族たちも魔王討伐には協力的だった。


「ここは……もともと様々な種族の住んでいた世界なのでした。しかし『人間』という種族が『魔法』という技を身に着け始めました。そこに目をつけ、魔物たちの住んでいた土地を奪い始めたのです。」


怒りを噛みしめ、悔しそうな顔を見せる。

ちょっと待て、俺が王から聞いていた話とは全く違う。王はいきなり魔物が人間を襲い始めた、と言っていた。しかしなぜ魔物と人でここまで文言に差が出るのか。どちらかが嘘をついている……ということか?


「お前たちは抵抗しなかったのか?」

「もちろん抵抗しました。そしてその悪しき事をやめさせるべく魔物たちは一致団結をし、戦況は徐々に魔物側へと傾き始めます。事件はそこで起きました。」

「事件?」


固唾を飲み込み、彼女の話を聞く。


心臓の鼓動が徐々に早くなりだす。


「王が勇者を召喚しました。」


俺は気づいていたのかもしれない、魔物がどうして街を襲わないのかを…


「そ、その勇者の風貌はどんな感じだ?」


聞くな、聞かなくてもわかっているはずだ……自分がよくわかっているじゃないか……


「身長170cmほど、髪色は黒、瞳は濃紺。そして細身で剣を自在に使いこなしていました。失礼ながら………魔王様のような不思議な格好をしていました……あくまで風貌だけですけど……。」


俺のせいだったのか……俺が正義をなすために日々頑張っていたのは何のためだったのだろうか?


正義とは何だ?


魔物とは悪の存在だったのか?


勝ったから人間が正義なのか?


自分の5年間のすべてが否定された。


何を守るために……


「な、なんだ!?」


突然の揺れに俺は正気を取り戻す。地震だろうか?それにしても短く、かなり強い揺れだった。

俺に話をしてくれた女性の方を見るとうずくまり、頭を抱えていた。


「だ、大丈夫か?」

「冒険者のやつらが来たんです……『魔物狩り』です、素材にしたり、性処理用の奴隷にしたりするんです。助けてください魔王様……!」


泣きながら訴えかけるその姿はこの世界で初めて見た恐怖する女性の顔であった。勇者の頃、街で見かけた女性たちは確かに活気があった。しかし、それはまるで自分たちの生活に魔物が影響しないかのような。


「後ろに下がってな、鉄や鋼はあるか!?」

「今は……ほとんどなくて、もうこの残っている甲冑しか…。」

「それだけあれば十分!」


鎧にそっと触れ、呪文を唱える。

「すべては火・気・水・土のもとに成立せし物質よ、今ここに我の願いのいしずえとなれ」


鎧の半分ほどが消滅し、刀となり姿を現した。

刀にしてはいびつで、柄もない、強いて言うなら握るための部分だけは他と違い少し厚みがあったくらいだ。

ドアが思いきりけ破られ3人ほどの男たちが入ってくる。


「お!お前ら魔……物…え!?」


全身甲冑に覆われた男が俺の顔を見て驚きを隠せずにいる。

仕方ない、人間が魔物の住処にいる方が確かにおかしい。普段は外に出る者は全身甲冑を切るので魔物たちは一度も人間の顔を居たことがいないはずだ。だからこそ彼女は俺が人間と気づかなかった。


「悪いけど、俺は人間じゃない。今日から『ジョカラムの魔王』になった魔物だ。魔王の癖に帯刀なのは確かに似合わないかもしれないけど、俺日本人だし。」

「へ、へぇ~。随分と威勢が良いんだね僕。でもあんまり大人をなめちゃいけないよ。早く後ろにいる女性をこちらに引き渡しなさい?」


本当に彼女の言っていることが正しいかわからなかったので俺は一つ、魔物として質問を投げかけてみることにした。

もし、嘘ならば彼女はこの場で叩き切るだけだ。


「渡してどうするんだ?」

「どうしようかなぁ、王様に差し出す前に少し味見でもしようかなぁ?」


あまりの下衆さに反吐が出る。こんなクズのために命をささげて戦っていたのか俺は。

こいつらにも当然怒りは沸くが、何よりもそのことに早く気付かなかった自分にも吐き気を催す。すぐにでも気づいていれば俺はあの時、魔王と協力できたのかもしれないと思うと殺めたときのことを鮮明に思い出す。

怒りをどうにか抑えこみ、平静を保ったまま質問をどうにか口にする。


「もう一つ質問がある。お前らは勇者サトシという名を覚えているか?」

「あぁ、よく覚えているよ。アイツの名を出せば、どの種族の女に話しかけても体を差し出すからよく名乗らせてもらったよ。まったく便利な人間だったよ。」


何か重要なものが割れた音が聞こえた。

ガラス状で今までの自分をつなぎとめていた何か、しかしもうそんなことは今ではどうでもいい、今の俺のやることは一つだけだ。


「外道が……貴様らに使う時間すら惜しい、今すぐ死ね。」


腰に刀を構える。鞘がないので左手の指で輪を作り鞘替わりとし、右手で本来は刀の柄となるはずの金属部分を持つ。

常に居合において構えとなるのはかかとを浮かせ、左足を後ろとし、地面を掴むかのように左足指の付け根に力を入れる。

深呼吸の後、敵を真っすぐに見据える。


「そのぺらっぺらな剣でか?全身を甲冑でおおわれている俺達相手に魔法以外は―――」





刹那―――――。





兵士達の後ろに立っていた。

刀を付着した血を払うため軽く地面に向けて振る。

そして改めて鞘にしまうかのごとく腰に刀を戻す。

はじけるは鮮紅、あたり一帯に百日紅さるすべりが咲くかの如く血が辺り一帯を染め上げる。


「お前らみたいなやつに魔力を使うまでもねえよ。」


生命力をなくした兵士たちは人形のように地面に崩れ落ちる。

まだ斬られたことに気づかないかのように、体から血がしたたり落ちる。


「魔…王……様?」

「あぁ、終わったよ。」


俺の力は、人間こんなやつらに使うのために使うべきではなかったのだ。

ならば俺の使命は……この世界を滅ぼすことだ。

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