若くして大秘術士と謳われる男の探遊記

@penjamin

第1話 観光地側の森林で、小競り合いがあった噺

「あんた、また横取りする気!?」


 観光地として有名な遺跡群が並ぶ高原で、大きな音を響かせて、大きな木が一本倒れた。


「待て待て待て、そんなグレートソード一本で森林破壊をしてんじゃねぇぞ」


 二本目の大木が背中から迫るのを紙一重で見事にかわし、疾走する緑掛かった銀髪の美少女が如き小さな顔を、後ろから烈火の如き怒髪天の表情で、身長ほどの大きな剣を振り回す大柄な美女に向け、必死に訴えかける小柄な男。


「だったら止まれ! そしてこの剣のサビとなれ!!」


 三本目に斬りかかろうとする金髪赤眼の美女は、上段にかざした剣を急に方向転換して後ろになぎ払う。そこには今まで目の前を走っていた男の姿があった。


「流石だなミル! もう“転移てんいの秘術”の軌道が読めるようになったのかよ」


 万物が持つ万能の力、理力を変異させて、強力な力として利用する“秘術”が編み出されたのは遠い昔の話。


「ウイック! いくら貴方が希代の大秘術士でも、戦闘経験値が違うからね」


 グレートソードの間合いギリギリで足を止めたウイック、瞬間的に居場所を移る術と同時に放った炎の矢であったが、ミルは両手にはめた手甲の左腕で軽く弾いた。


「ようやく足を止めたわね」


 ウイック=ラックワンドとミレファール=フランセーレの二人が啀み合うのは、これが初めてではない。

 二人は同職であり、その職種は共同関係でない者は皆ライバルとなる、所謂敵対者ということになる。


「人が苦労して手に入れた情報を、毎度毎度当てにしてんじゃあないわよ」


 信用のできる情報網などは確立されていない、物事の解釈が人の数だけある文明レベルがあまり高くはないこの世界では、正しい情報を手に入れられる確率はきわめて低く、正解を運良く手に入れても、信じるか否かを決めるのも自分次第。


「お前の鑑定眼は一級品だからな。その的中率を知っていて、当てにしないなんて手はないだろう」

「いけしゃあしゃあと」


 本人を目の前によく言えたものだと呆れると、更に信じられない言葉を続ける。


「だから手を組もうって、ずっと言ってるだろ。俺は」


 先述にあるように、ミルはよくウイックに獲物を横取りされている。

 彼らは秘宝ハンターと呼ばれる、所謂トレジャーハンターである。


 この世界で最大の大陸であるここには、数多くの過去の文明遺産が眠っており、そのほとんどが未だ手付かずで残されている。

 遺跡があるエリアには、なぜか獣や魔物が多く生息していることが確認されている。


 ほとんどの秘宝ハンターは冒険者と手を組み、クエストの攻略ついでに遺跡を探索するのが通例である。

 この二人のように、ソロで秘宝ハンターをしているのは稀というか、ほとんど例がない。


 長身ではあるが、豊満で且つスレンダーな体つきには似つかわしくないグレートソードを装備し、大剣を扱う者は大抵がフルプレートアーマーで全身を守るものを、ミルは前腕を守る手甲と、膝から下の脛当て、胸部と背中を守る肩当て付きのプレートを装着するのみ。

 剣士でありながら秘宝ハンターでもあるため、少しでも重量を抑えようとしている。足も太股を露出させ、動きを制限しないように、真っ赤なワンピの丈の短いスカートを履いている。


「だから! あんたみたいに女に見境ないチカン野郎と、一緒になんていられるわけないでしょっての!?」


 近接戦に切り替え、肩胛骨まで伸びるウェーブの掛かった金髪を揺らし、グレートソードから手を離したミルは、手甲に収めていた短刀を両手に握る。


 傭兵としても名の通ったミルの戦闘術は、普通の秘術士がどうにかできる物ではないが、ウイックは余裕すら見せて身をかわす。


 こちらは防具の類を全く纏ってはおらず、白のタンクトップに黒のパンツルック、白のローブを身に纏い、ローブの内側には多くのポケットが付いている。これといった特徴のない簡素な旅装束だ。


「そんな相手を気遣った攻撃、“風護ふうごの秘術”で簡単に防ぎきれるぜ」


 風の防壁を張るだけでなく、こちらからも“炎矢えんしの秘術”で炎の矢を飛ばしているが、それも手甲で軽くいなされているので、どちらにも有効打はなく、しばらくしてお互い手と足を止めて向き合った。


「俺とやれないってのはともかく、なんでお前ソロなんだ? 剣士が秘宝ハンターってのも珍しいのに」


 ミルの腕前なら傭兵や冒険者をした方が報酬は高いはず。なぜ一人で収入も定まらない秘宝ハンターをしているのか理解に苦しむところだ。


「また同じ話を……、あんたに話す気はないって、いつも言ってるでしょ。それより私に施した呪術をいい加減に解きなさいよ」

「あぁ、“操体そうたいの秘術”のことね」


 ウイックがミルを出し抜く為にかけた呪いは、彼女の位置を特定し、感情を読み取ることができる術。

 そんな術見た事もないと冒険者協会の術士に言われたが、解除できないものかと相談したところ。


「ギルドに頼んで解除してもらおうにも、術式が複雑で他人では時間が掛かりすぎる。それでもと依頼しても、あんたが出会う度に再調整して上書きするから、誰も手がつけられないって、匙投げ出されるし」


 腕組みをし、俯いて打ち震えるミルは、次の瞬間自分の愚かさに気付く。目の前にいるのは自他共に認める希代の変態だったことに。


「ばっ、やめろ!?」


 彼女が目を離した瞬間に、ウイックはミルの後ろに回り込み、両手で彼女の放漫な胸を鷲掴みする。

「いつもいつも、やめろって言ってるだろ!」

 敏感なところを巧みに弄られて、恐らくはミルの方が腕力も強いのだろうが、為す術なく弄ばれてしまう。

 こうして集中力を奪われている間に、いつも術を上書きされてしまっている様なのだ。


「お前が俺と組んでくれないなら、こうするしかないしな。俺に情報を見極める目があればこんな事する必要もないんだけどよ」


「嘘付く、ん……な。あんたなら、ああ! 一人でもやっていけるでしょうに」


「それじゃあ今ほどの仕事をこなせないんだよ」


「人の邪魔ばかりしておいて、かっ、勝手なこと……」


 術の上書きと、自身の欲求も満たし終えたのか? ミルから離れたウイック。両腕で胸元を覆い隠して振り返ったミルは、さっきまでの追い駆けっこでは息一つ乱していなかったのに、呼吸を大きく荒げて男を睨み付ける。


「分かった。こんな陵辱行為をしないって約束するなら、あんたと組んでやってもいいよ」


「それは断る」


「はぁ?」


 ミルは即答で条件を拒否された。


「その条件に何のメリットがあんの? 俺にとって」


 今でも欲しい情報を取得し、欲求も満たせている。条件を飲めば情報はより簡単に手に入るようになるが、目の前にこんなご馳走があるのに……。


「俺は修行僧でも何でもないからな」


 あまりに自分勝手な言い分ではあるが、一本筋が通っているから話がややこしい。


「わ、分かった。あたしも自分の身は自分で守る」


 足下に落としていたグレートソードを片手で軽々持ち上げ、ミルは剣先をウイックの鼻先に向ける。


「これからは一切手加減しないから。なんならその首も躊躇なく落とすよ」


 ミルとしてもあまり獲物を横取りされてばかりはいられない。再度提示した「取り分は私が6であんたが4」はあっさり承諾されて、取り敢えずは剣を鞘に収めることにした。


「そんじゃあ行こうぜ」


 この観光地化した遺跡群の中にまだ未発掘のお宝が眠っている。ウイックの掛け声は直ぐに悲鳴に変わる。

 ミルのお尻に触れたとたん。再び抜いた短剣で、ウイックは右手を容赦なく切り落とされてしまった。

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