7 その首を刎ねよ

 夏らしく、シャツに薄手のカーディガンを羽織った軽装で、首にはトレードマークの派手なストールを巻き、手には本を数冊持っている。


「どこに行っていたの、リーズ」

「貸本屋(ミューディーズ)よ。ジャックが利用していたから、貸し出し記録を調べてみたの。これ、彼がこの間まで借りていた本」


 リーズが調理台の上に並べたのは、テーブルマナーの本と料理のレシピ集、宝石図鑑だった。


「マナー本とレシピ集はジャックらしいけれど、どうして宝石について調べていたのかしら。宝飾や服飾に関しては、詳しいリーズが近くにいるのに」

「アタシの知識じゃ信用できないって言いたいのかしら? 離れていても口が悪い子ね。こうなったら、大事にしている紅茶をがぶ飲みしてやるんだから!」


 プンプンしながら茶葉の保管庫に向かうリーズの背に、封筒が張りついている。


「リーズ、待って。背中に手紙が張られているわ」


 私が指摘すると、彼は恥ずかしそうに身をよじった。


「やだ! いつからくっついていたのよ、コレ。全く気がつかなかったわ!」


 封筒をはがして裏返すと、ライオンとユニコーンに守られた盾の封蝋が押されている。この印を扱えるのは、大英帝国でただ一人。


「ヴィクトリア女王陛下からだわ」


 封を開けて便箋を取り出した私は、メッセージを読んでドキリとした。

 いつもなら、長々とした近況報告から始まるのに、今日の手紙に書かれているのは一文だけ。


『――裏切り者の首を刎ねるように――』


「女王陛下も、うちのジャックが『切り裂きジャック事件』の犯人だと思ってらっしゃるんだわ」


 凶悪犯を断罪して平和を守ってきた一家から、犯罪者が排出されたとあっては一大事だ。

 裏切り者であるジャックを始末して、事件の真相をうやむやにしてしまえば、リデル男爵家への悪印象は最低限で抑えられる。


 女王は、私ではジャックを断罪できないと思って、念を押すために手紙を寄越したのだろう。

 朗らかでお茶目な人柄だが、その裏には、毒を皿ごと飲み干す覚悟を決めた為政者の顔を持っている。


 王室とリデル男爵家は、この国の表と裏の統治者だ。だが、リデル男爵家が少女当主である『アリス』の手にゆだねられてから、バランスが危うくなっている。


 国のための必要悪が、己の利益のために悪事を働き出したなら、女王はすぐにでも切り捨てるだろう。私たちは、決してそんな行いはしないのだが。


(ずいぶんと、なめられたものね)


 私は、女王からの手紙を、マッチであふれたボウルに入れる。

 真白い便箋に書かれた文字は、水に濡れてあっけなくにじんだ。


「こんな指図はいらないわ。我がリデル男爵家は、ヴィクトリア女王の手駒ではないもの。一家の手綱を握るのは私だけよ」


 リデル一家は、女王に従属するために存在しているわけではない。私――『アリス』は、こんな脅しには屈しない。


 王室と対立することになろうとも、国に仇なす者を断罪する道をつらぬく。

 武力や人材を独自に育ててきたのはそのためだ。


「今しなければならないことは、女王のご機嫌取りではないわ。独自の捜査を通して真犯人をあぶり出し、我が家からジャックを奪った罪を償わせましょう」

私は、手を出して双子とリーズに言う。

「みんな、私に力を貸してちょうだい」


「「もちろんさ、ぼくらのアリス」」

「家族が欠けるなんて悪夢だわ。アタシ、ジャックの分も頑張っちゃうんだから」


 双子が私の親指と小指をつかみ、リーズは手の甲に自分の手を重ねた。本来なら、この上にジャックの手が降りる。物足りないけれど、寂しがってはいられない。


 目配せしたリーズと双子は、せーので私の手を下に押した。


「「「すべて、アリスの意のままに」」」

 

 これで、一家の覚悟は決まった。


 円陣を見ていたダークは、「俺もあれやりたいな……」とヒスイを見たが、「生理的にムリ」と拒否されていた。

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