6 焼きすぎにご用心

「ダム、ディー!?」


 黄色い髪を揺らす二人は、子ども用のエプロンを付けて、頬を煤で汚している。


「見つかってよかったわ。急いで地上へ避難しましょう。布で鼻と口を覆って、姿勢を低くして!」

「おや……?」


 避難誘導している私のそばで、何事かに気づいたダークが換気栓を大きく開いた。すると、煙はあっという間に消えてしまった。

 調理台のそばに立っていたのは、放火犯ではなくアラビア風の衣装を着た少年だ。


「ヒスイ殿?」


 双子とお揃いのエプロンを着たヒスイは、束にしたマッチを松明のように燃え上がらせていた。

 近くに置いたボウルには水が張られていて、使い終わったマッチの束がいくつも突っ込まれている。白い煙はそこから上がっていた。


「火事じゃなかったのね……」


 私は安堵してへたりこんだ。一方、ダークはしかめっ面で腰に手を当てる。


「ヒスイ、何をしているんだい?」

「パイ、焼イテタ。今日のオやつ」

「パイはオーブンで焼くものだよ。マッチを束にして炙るのは危険で非効率だ。大人がいないところで火遊びをしてはいけないと、前に教えたのを忘れてしまったかな?」

「覚えテル。デモ、これは遊ビじゃナイ」


 ヒスイは、かたぶつの料理人のように腕を組んだ。


「真剣と書いテ、マジ」

「真剣でもいけないよ。火事になったら大変だろう。マッチを使っての調理は、二度としないように。いいね?」

「ハーイ」


 良いお返事を聞きながら、私は双子に視線を合わせる。


「ケーキの用意はしなくてもいいのよ?」

「だって、ジャックがいないから」

「だって、レシピがあったから」


 双子なりに役に立とうと思ってくれたようだ。私は力いっぱい二人を抱き締めた。


「気持ちはとても嬉しいわ。だけど、二人がもしも火傷をしてしまったら、ジャックは悲しむと思うの。お料理は私とリーズに任せて。ね?」


 念を押すと、二人はお互いに見つめ合ってから、こくんと頷いた。

 気を取り直して調理台の上を見る。パイ生地を敷き詰めたパイ皿には、雲のような白いメレンゲが盛られていた。


 ヒスイと双子が作ろうとしていたのは、『レモンメレンゲパイ』だ。

 甘く煮詰めたレモンカードを、カリッと焼いたパイ生地に敷き詰めて、ふわふわのメレンゲをのせて焼き色がつくまで焼くお菓子である。


 だが、マッチでは炙るのが精一杯で、何もかもが生焼けだ。メレンゲは溶け、パイ生地は熱でくったりとしていた。


「作り直した方が良さそうね」

「俺も手伝おう」


 私が材料を準備している横で、ダークは開かれていたレシピ帳を読んだ。


「かなり使い込まれているね。リデル男爵家に伝わるものかな?」

「ベア叔父さまが遺したものよ。ジャックは、これを元に料理を勉強していたの」


 ジャックが料理に本腰を入れ始めたのは、眠り姫事件が解決した後からだ。それまでベアが作っていた華やかな料理の数々を、レシピを頼りに作るようになった。

 同じ料理を自身の手で作りあげる事で、過去に折り合いをつけているようだった。


「彼の料理は、リデル一家になくてはないものだったから……。同じ料理を作ることで、ジャックなりに、過去を乗り越えようとしていたんだと思うわ」

「リデル一家の食事は、いつも彼が作っているのかな?」

「ええ、そうよ」


「ジャック君が帰ってくるまで困りそうだね。ナイトレイ伯爵家に仕えている料理人を一人、こちらに寄越そうか」

「けっこうよ。私とリーズで何とかするわ」


 リデル邸には、侵入者に対しての罠が張り巡らされている。

 仕掛けは使用人が使う厨房や洗濯室、家政室などにもあり、一般的な使用人では間取りを覚える前に命を落としてしまうだろう。


「簡単なスープ位なら私にも作れるし、ブレッドはパン屋さんで買えばいいわ。お茶菓子は質素になるけれど、ジャックが戻ってくるまでの辛抱よ」

「それでは、夕食のメインだけ、こちらで作ってヒスイに届けさせよう。愛らしいトゥイードルズが痩せてしまっては大変だからね」


 ありがたい申し出だったので、お願いすることにした。

 私とリーズはとくに好き嫌いはないが、双子は豆料理が苦手だ。ベイクドビーンズは付けないようにと話していると、軒先からリーズが現われた。


「誰もいないと思ったら、みんなでお茶会の支度? 仲良しねえ」

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