7 たった一つの無垢なやり方
ダークは、テーブル下から這いだすと、荒れた部屋を見まわして苦笑した。
「ここまで派手だと怒る気も失せるな。ヒスイ、片づけてくれ」
「ガッテンダ」
ヒスイが落ちたシルバーを集めると、リンと鈴の音がした。
音の方にいっせいに視線を向けると、使用人が使う脇戸の前で、呼び鈴を持ったジャックが仁王立ちしていた。
「食事だ。スープが冷めるから、全員、さっさと席につけ」
ここまで横柄な給仕は、英国史上いただろうか。
その気迫に、ダークはそそくさと、リーズはダムとディーを力技で私から引きはがし、ヒスイまでもが縮こまって椅子に腰かけた。
最後に残った私は、当主席のダークと対になる席につく。
ジャックは、無言でスプーンを置き、澄んだスープを出す。
始終、
「ジャック、怒ってる? 眠っているあなたを勝手にダークにたくしたから……」
「お前に考えがあったのは分かってる。だが、起きたら伯爵と同じベッドで横になってたオレのきもちを想像してみろ。あやうく自害しかけたぞ」
「まあ……」
さすがの私でも、そんな事態になるとは予測できなかった。
「ダーク。あなた、ジャックといっしょに眠ったの?」
食前酒に口を付けていたダークは、悲しそうに眉を下げた。
「客間に連れていくのが面倒だったんだ。かといって、床に転がしておくのもかわいそうでね。彼、ずっと泣いていたし」
「泣いてない」
ジャックが口をへの字に曲げてにらむ。
ダークは「嘘つきだね」と流した。
ダークの正体を知ったときのジャックは怒り心頭だったが、今の二人に険悪な雰囲気はない。むしろ打ち解けてさえいる。
私は、安堵しつつスープに口を付けた。
「やけにすっきりした顔をしているね、アリス。俺との取引は役立ったかい?」
「ええ。おかげで、すっかり分かってしまったわ。眠り姫事件の犯人と、リデル
「なんだと!」
叫んだジャックは、ムニエル用のナイフを取り落した。
床でガシャンと跳ねるシルバーに似たするどさで、私は彼に真実を伝える。
「ジャック。あなたは『血の匂いに誘われてきた』悪魔によみがえらせてもらったと言ったわ。けれど、リデル男爵家にはもともとその悪魔によって結界が張られていたの。あの惨劇の夜、屋敷に入れた悪魔こそ、犯人なのよ」
「そんな……。オレは、皆を殺した悪魔に助けられたっていうのか」
顔色悪く口元を押さえるジャックから視線を外して、私は、リーズの両脇でお行儀よくジュースを飲んでいたトゥイードルズを見た。
「ダム、ディー。仲直りにすこし変わったことをしてみない? リデル男爵家主催のホームパーティーなんてどうかしら。みんなで準備をして、大切な人を招待するの。お菓子もケーキも飾り付けも私たちでしましょう」
「ホーム?」
「パーティー!」
楽しげな響きに触発された双子は、わくわくを押さえられない顔で「「やるやるっ!」」と両手を挙げた。
「楽しいお茶会にしましょう。そこで、ナイトレイ伯爵にお願いがあるの」
私は、向かいで興味深そうにグラスを揺らすダークに、リデル男爵家の当主として向き直った。
「リデル邸は仕掛けが多いから、パーティーには向かないわ。よければ、このお屋敷の一室を貸していただけないかしら?」
「かまわないよ。夜会で使った『鏡の間』を主会場にするといい。そろそろ改装しようかと思っていたから、好きなだけ荒らしてくれたまえ」
「ありがとう。ついでに、私と婚約してくれない?」
私は、自分でもびっくりする位、あっけらかんと告げた。
先読みが得意なダークも、この申し出は予想外だったらしい。
ごきゅんとシャンパンを飲み込んで、目を丸くした。
「え、いいの?」
「お嬢、悪い冗談はヤメて」
慌てるリーズを、私は片手で制した。
「冗談ではないわ。これは取引よ。ダークは私と結婚したいんでしょう? 婚約してあげるから、代わりに『眠り姫事件』の犯人に手を出さないでもらいたいの。邪魔をするなら、あなたを撃つわ」
私は、テーブルの下で、拳銃を収めたポシェットを探る。
その動きから本気だと察したダークは、「その内容なら受けよう」と告げた。
「ただし手は貸すよ。相手が悪魔なら戦力は必要だ。他に手伝えることはあるかい?」
「教えてほしいわ。『悪魔を殺す方法』を」
低く言い放つと、部屋にいた一同は息をのんだ。
私は、平然とつづける。
「目下のところ、それが一番の難題なのよ」
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