4 ティールーム・サーカス
「脅迫文を送るような知人はいないよ。そんな不届き者がいたら、こちらから関係を切るからね。援助している相手なら打ち止めるし、つながりのある有力者ならいかなる手段でも陽の元にさらす」
「あなたならそうするでしょうね……」
ダークがおいしそうに紅茶を含むのを、私は頬杖をついてながめた。
ここはオックスフォードサーカスにあるティールームだ。
女性でも気軽に入れると評判の店で、客層は男女比が3:7ほどである。
ダークとは、私の方から連絡をとって落ちあった。
脅迫状について心当たりがないか個人的に話をしたかったので、付き添いのリーズには離れた位置から見守ってもらっている。
控えめな
帽子に付いている、ハンティングトロフィーのような鹿の角だけが気になるが……。
(ツッコんだら負けよ、私!)
元より子細にこだわっていては会話にならない相手だ。
追求したい気持ちを飲みこんだ私は、近くの席に座ったあどけない少女たちが、ダークにうっとりした視線を送っているのを
当人が赤く汚れた脅迫状に夢中で、
「とても興味ぶかいな。手描きなら筆跡や便箋から調べようがあるが、印刷ではどこで作られたものか見分けがつかない。印刷所をしらみつぶしに当たってもいいが、ロンドンだけで二百以上ある。こんな手紙を受け取って不安だろう、アリス。俺がそばにいようか?」
「けっこうです。じつを言うと、脅迫状はもらい慣れていますの」
けろりと言う私に、ダークはけげんに聞き返した。
「もらい慣れている?」
「ええ。私をよく思わない令嬢から、嫌がらせの手紙がよく届きますの。カミソリの刃が入っていたり、七日ののちに死ぬ呪いの言葉が書かれていたり……生きた蛇が送られてきたこともありましたわね」
箱いっぱいにとぐろを巻いた蛇を見たときは、さすがの私も驚いた。
前世で縁起がいいと聞いたことのある『白蛇』だったので、手を合わせたのちに近くの林に放った。
今のところ特に幸運は感じていないが、いつか恩返しに来てくれるのではないかと思っている。
「蛇、はもらいたくないな……。リデル男爵家では、よろしくない手紙は、どうやって対処するんだい?」
「ほとんどの場合、相手に送り返しますわ。それが一番の牽制になりますもの。ご令嬢たちって、家人に命じて手紙を届けさせるので、どこの家から来たのか丸わかりですのよ。だから今回もそのつもりです」
私は、粉々になった焼き菓子を思い出す。
あれは、教会で暮らす子どもたちが心を込めて作ってくれたものだ。
恋敵をおどすために汚していいものではない。
事の重大さを教えてやるために、脅迫状の送り主には少々の利子はつけるつもりだ。
「そういえば、新聞にあなたのことが載っていたわよ」
ティーカップをテーブルの端に寄せて、私はくしゃくしゃになった新聞を広げた。
例の治安キャンペーンの記事を指さして、素っ気なく読み上げる。
「もうじきティエラ嬢との婚約を発表するそうね。爵位持ちのあなたが庶民を花嫁にするとは意外だったわ。私を花嫁に迎えるという考えはなくなったってことよね。おめでとう。末永くお幸せに」
「待ってくれ、アリス」
一指し指を伸ばした私の手を、ダークは両手で挟んだ。
「君は誤解している。俺は、ティエラ嬢と結婚する予定はない」
「報道の方がまちがっていると?」
「記者を責めるつもりはないがファクトチェックは甘いようだ。この話は、彼女の父君が言いふらしているだけだよ。一代貴族の爵位を買ったばかりで気が大きくなっているんだろう。俺に確認してくれれば否定したさ」
この乙女ゲーム内には、大まかに二種類の爵位がある。
ナイトレイ伯爵家やリデル男爵家が保有している永代貴族という位と、功労に基づいて庶民に与えられる一代貴族の位だ。
一代の方は金銭を積んでも手に入れられるので、一財産を
一代のうちに永代の血族になろうとする者もいる。
つまりダークは、ティエラ親娘の標的になってしまったのだ。
「それは、ご
「俺は君に嘘はつかないよ。この心は君のものだ」
ダークはつかんだ手を持ち上げて、指先にキスを落とした。
様子を見ていた少女たちが黄色い悲鳴を上げると同時に、私の体のなかを熱がほとばしった。衝動的に手を引き抜く。
「あっ、あなたの心は私のものではなく、あなたのものよ! 私は、あなたのことも、この記事も、同じだけ信じる」
「ということは、どちらも信用ならないということだね。手厳しいな」
ダークはカラカラと笑った。この状況をすっかり楽しんでいる。
遊ばれているような気分になって、私はむくれた。
新聞を畳もうと手を伸ばしたところで、あることに気づく。
ダークが検分をやめた脅迫状が新聞にかさなり、ティエラの記事と並んでいる。
「この記事と脅迫状は、同じ文字がひび割れているわ……」
活版印刷とは、文字が掘られた型を組み合わせて、紙に押し当てることで大量に同じ文書を作る技術のことだ。
型はそれぞれの印刷所が保有している。
同じ『a』が壊れていることから、この脅迫状と新聞は同じ印刷所で刷られたもののようだ。
「新聞に発行元が記されているわね。ここから発注者を探り当てるわ」
立ち上がる私を、ダークは悠々と呼び止めた。
「待ちたまえ。いきなり押しかけて、業者が素直に犯人を明かすと思うかい? 脅迫の片棒をかついでいると自白することにもなるのに」
「吐かせてみせるわ。他に犯人まで繋がりそうな手がかりがないもの」
「繋がりを証明すればいいのなら、心当たりがあるよ」
「え?」
驚く私に見せつけるように、ダークは時間をかけて紅茶を飲み干した。
「……ときにアリス。たまには二人で町歩きでもどうかな?」
「町歩きなんてしている場合じゃないわ! 心当たりってどこにあるの!?」
「付き合ってくれたら、君にも分かるように説明するよ。やられっぱなしは嫌なんだろう?」
「~~!!」
ダークに優位に立ったと言わんばかりの顔で微笑まれて、私は苛立ちで頭が爆発するかと思った。
横っ面を叩きたい衝動をぐっとこらえて、後ろ髪を手ではらう。
「散歩ぐらいなら付き合って差し上げてもよくてよ。――ただし、すべて説明してもらいますからね!」
「はいはい。表に出ようか」
席を立ったダークは、さりげない仕草で私をエスコートしだした。
こうして、不本意ながらも私は彼と街に出ることになったのである。
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