5 きぐるみ悪魔の愛情論

「思い出すとつらいことだ、アリス」


 ベアは、悲しげに目を伏せて白状していく。


「お前が十三歳になった記念日に、わたしは『花嫁にしたい』と申し出た。だが義兄にいさん――お前の父親は、こう答えた。『大事な娘を悪魔の花嫁になどしない』と。わたしは悲しかった。なんのために今まで力を貸してきたんだと思ったよ。それなのに、リデル男爵家が、憎くて、愛おしいんだ。狂おしいほどの感情にまかれて、ようやく理解した!」


 ベアは、にいっと口角を引き上げた。

 肉付きのいい表情筋が、残虐ざんぎゃくな笑みを作る。


「リデル男爵家はたいせつだ。だが、今ある家族は駄作ださくだ。それなら、壊して、作りなおそう。わたしと『アリス』で!」

「そんな理由で……?」


 惨劇を起こしたとは信じがたい理由だった。

 理解できないのは、私がいくら悪魔の子スティグマータといえど、まだ人間の心を持っている印だろう。


「私と二人で家族を作りたかったなら、どうしてジャックまでよみがえらせたの?」


 私だけをよみがえらせ、『烙印スティグマ』を押してしまえば、ベアの望みどおり二人だけの『リデル男爵家ファミリー』ができあがる。


 けれど、ベアは『アリス』の他に、ジャック、ダムとディー、リーズという、四人もの命を救っている。そこには、何かしらの理由があるはずだ。


「彼らまでよみがえらせたのは、命が失われるのを惜しいと思ったからじゃないの? 人間が死するのを可哀想だと思えたからじゃないの?」


 例え悪魔だと分かっても、私はベアとの幸福な日々まで嫌いになれなかった。

 わずかな期待にすがるが、ベアは不可解そうに目をすがめる。


「ジャックは『素直な子』だ。家族のためによき使用人は必要だろう。リーズは『優しい子』だ。無償の愛で家族をいつくしむだろう。ダムとディーは『強い子』だ。家族を守る実力があるだろう。どの子も、新しいリデル男爵家の『子ども』にふさわしいから、よみがえらせて『アリス』のそばに置いた」

「――私たちは、あなたの理想郷をつくるためのキャラクターじゃないわ」


 私は、にぎった拳銃を持ち上げた。

 銃口をベアの額に向ける。


「お父さまを、お母さまを、使用人のみんなを殺したあなたを許すわけにはいかない。ここで懺悔ざんげなさい!」


 重い引き金を引く。

 乾いた銃声と同時に、ベアの額に穴があく。


 けれど、ひるんだ様子はなかった。

 驚いたように額に手を当てた彼は、めり込んだ銃弾を尖った爪で取りだした。


「アリス……。なぜわたしを撃つんだ?」

「あなたが、リデル男爵家ファミリーの敵だからよ」


 私は、ポシェットから訃報を取り出して、ベアの方へ投げた。

 赤いハートの封蝋が重しとなって、二回転宙返りをしてから床に落ちる。


「大英帝国の秩序のため、黒幕として動くのがリデル男爵家よ。当主である私もそれに従う。眠り姫事件の犯人でもあるあなたを、見逃すわけにはいかないわ」


 拾った封筒を爪で開けたベアは、書面に書かれていた自分の名前を見て、ふるふると震えた。力んだ指で、銃弾はいとも簡単に握りつぶされる。


「せっかく完璧な家族を作り上げたのに……! お前が、純粋な『アリス』に余計なことを吹きこんだんだな、この悪魔めっ!!」


 ベアが椅子を持ち上げて、成り行きを見守っていたダークに投げつけた。

 豪速ごうそくで飛んでくるかたまりに、彼は青い瞳を見開く。


「ダーク、よけてっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る