4 本性

「ちっ。双子、来い!」


 舌打ちしたジャックがダムを、ヒスイがディーをテーブルから引きはがす頃には、ベアはまったく異質なモノに変容していた。


 体はもとの三倍はある。

 肌は赤黒く、ひたいあご隆起りゅうきしている。

 関節は骨ばり、爪は鋭くとがっている。


 頭には、節がいくつもある大きな羊角が生えていた。

 惨劇さんげきの夜のように角だけ隠す余裕もないらしい。


 これが、ベアの――薔薇の悪魔のだ。


「ベア叔父さま、あなたは悪魔だったのね。人間に化けて、なにをなさっていたの?」

「おまえを守っていただけだ、アリス」

「それは横暴な言い訳だわ。私は、『眠り姫事件』を起こしてなんて頼んでいないもの」


 私は、思わせぶりに肩をすくめて、楽しく飾られた鏡の間を見渡した。


「あなたは私と同じく、ここで開かれた夜会に招待されていたそうね。『実業家ベルナルド・リデル』に招待状を出したと、ダークが覚えていたわ。あなたは、そこでマデリーン嬢たち三人が、私の陰口を話すのを聞いていたのね」


「そうだ。あの高慢こうまんちきな娘たちは、アリスを馬鹿にした。一思いに殺してもよかったが、眠らせて苦しみも痛みもないように、じわじわ死ぬようにしてやった! 感謝してほしいくらいだ!!」


 ベアは、己のおこないを正しいと信じて、かえりみもしない。

 私は、拳銃を後ろ手に隠して、長いテーブルに沿って近づく。


「あなたが、公文書館に行った私に追手を放ったのは、自分がリデル男爵家の養子になった過去を見られたくなかったからね?」


 現場にたどり着く前に襲撃しゅうげきして帰らせるつもりだったのだろう。

 結果的に帰り道を襲う形になり、『アリス』に怪我を負わせてしまったのだ。


「屋敷にほどこされた『烙印スティグマ』も見たわ。十六年前、ちょうど私が生まれた直後にリデル男爵家に養子に入ったあなたは、私と我が家を守ってくれていたのよね」

「やっと分かってくれたのか! アリス!!」


 感謝を口にすると、ベアはたくましい両手を広げて歓喜かんきする。

 気分がたかぶったせいか、彼の足下には、垂らしたインクが広がるように薔薇の紋章が浮かび上がった。


「ずっとずっと、リデル男爵家に尽くしてきた。烙印スティグマを屋敷にほどこして、他の悪いものから守ってきた。問われれば、角を隠す方法だって明かした。すべて、大切なのために!」

「家族のため? その大切な家族を、自分で壊したくせに!」


 私は、カッとなって声を荒げた。


「屋敷ごとリデル男爵家を守ってきた悪魔が、惨劇さんげきが起こって黙っているはずがない。それなのに、あなたはあの夜、屋敷に駆けつけてこなかった。すでに屋敷のなかにいたからよ。あなたこそ、リデル男爵家で惨劇を引き起こした『犯人』なのだから!」

「そこまで推理したのか……。アリス、なんていい子だ」


 罪悪感の欠片もなく、ベアは感極まった。

 その態度が、よけいに私を焚きつける。


「答えて。なぜ、家族を皆殺しにしたの?」

「愛情を、拒否されたからだ」

「拒否……?」

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