第一章 宣戦布告はハートの女王より
1 はじまりのゴールデンアフタヌーン
私はその日、
午後の陽が差しこむ
手元にあるのは、小花柄がお気に入りのティーカップ。
しかし、そのどれも、私の沈んだ心を沸き立ててはくれない。
(どうしてなにも起こらないのかしら……?)
自分が乙女ゲーム『悪役アリスの恋人』の主人公・アリスに転生したと気づいてから、すでに一週間が経とうとしている。
あこがれのキャラクターになれて心から
待てど暮らせど、
乙女ゲームは、選択肢を選ぶことでストーリーを
とくに攻略においては、選択肢によってキャラクターの好感度をあげるのが
選択肢の出ない主人公なんて、
それが今の私だ。
キャラクターの好感度を上げていないので、共通ルートの先へと進むことができない。
このゲームは、個別ルートに入れないと、その場でバッドエンドになってしまう。
画面が黒一色に
悪役令嬢が主人公なだけあって、『アリス』には敵や危険が多く、少しでも
バッドエンドはおろか、ノーマルエンドですら死ぬ。
道をまちがえただけでも死ぬ。
ちなみに一位を争ったのは、殺人鬼との命をかけた鬼ごっこが
「どうしよう。私、このままだと人生が終わる……」
小さな声でつぶやくと、左右の席に座った子どもが覗きこんできた。
「どうしたの、アリス。雨を待つカエルみたいにむくれて」
「どうしたの、アリス。空を見るウサギみたいにおびえて」
それぞれケーキをほおばりながら心配するのは、前髪がくるんと丸まった、トゥイードルズ兄弟だ。
サロペットを着た体と愛らしい顔立ちはもちろん、
まん丸な
右目の方にあるのがディー。
見分けられなくても心配しなくていい。
話し始めるのは、いつもダムなのだ。
「気にしないで、ちょっと選択肢で困っていて……」
「せん?」
「たく?」
首を傾げるこの子たちも、
トゥルーエンドにたどり着くと、アリスと双子の三人で『いつまでもいっしょにいようね』と愛を
健全で可愛らしいストーリーと、エンディングムービー後に見られる、男前に成長した二人との結婚式スチルが人気を呼んだ。
私も大好きな、通称・
進めることなら進みたい。
だが、選択肢なしの『アリス』では、彼らと共に明日生きていられるかどうかも分からない。
「そうなの……。お洗濯にぴったりの陽気だなって考えていたのよ。困っているのは、このお手紙の多さ」
苦笑いでごまかした私は、金のペーパーナイフを動かしていた手をとめた。取り皿のうえには、
これらは全て、名のある貴族が
どこかで
一通なら嬉しいお誘いも、ここまで連日スケジュールを詰められると一種の嫌がらせだ。
「社交の季節とはいえ、どうして貴族は夜な夜なパーティーを開くのかしらね?」
双子はクリームをつけた頬をもごもごと動かして答えた。
「それはね、おいしいものがたくさん並ぶからだよ。ご
「それにね、かわいい女の子がたくさん来るからだよ。ご馳走だもの」
「行くの、やめようかしら……」
悩みどころではあるが、このリデル家は男爵の位についている。
上流社会は貴族同士の
しかも当主は、まだ十六歳の私――『アリス』だ。
女性では爵位を
それを
そうなると、責任感の強い『アリス』は断れなくなる。
この家を守り、次の代へつつがなく伝えていくためには、他の貴族とのお付き合いは
私には『アリス』としての生き方が
「行かなくちゃいけないわ。お父さまがなさっていたように……」
私の
愛する父や母、使用人、そして『アリス』まで殺された、三年前の
「あふわぁ、おはようー。みんな元気ねぇ」
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