飯山さんはゲームまみれ

時雨逅太郎

飯山さんとの出会い①

 俺、尾形雅人は、一人の女子のことを気にかけていた。


 容姿が気になるとかそういった色恋の話をしているのではない。いや、彼女の容姿が優れている優れていないなどは今は問題にはならなかった。

 それよりも俺が気にかけたのは彼女の行動だ。彼女はゲームをしていたのだ。イヤホンを耳につけ、最近発売されたばかりの小型ゲーム機で、一心不乱にゲームをしていたのだ。その行動には、きっと俺以外の人間も注目をしていたことだろう。

 その行動自体は何ら問題ない。俺だってゲームに熱中することはある。問題は時間と場所である。


 時間は高校入学の初日、入学式直後のこの空白の三十分間。そして場所は先生が来るのを待っている教室の一番前の右端の席。つまりは目の前から先生が入ってくるポジション。

 普通であれば、ゲームをしようとは思わないシチュエーションだ。百歩譲ってゲームがしたい気持ちはわかるがそれを実際にやってしまうのはなかなかの根性と覚悟がいる。

 しかし、この飯山 里香という女子は、それを極めて平然とやってのけていたのだ。

 俺はこの事に強く衝撃を受けた。この三十分間で明日からの一週間のほとんどが決まるというのに、完全に孤立してゲームをする奴がいるだろうか。いいや、いない。だって、ここで友人の一人や二人でも作らなければ、本当に孤立の状態になってしまう。そうしたら高校生活はひどく過ごしにくいものになるだろう。

 周りの人間の中には飯山のことをネタにして話している奴らもいた。当然だろう。明らかな異端児だ。互いのことをよく知らない者同士であれば、恰好の話の種である。


 飯山は、ぱっと見たところは普通の女子と変わらない容姿をしていた。若干ガタついて揃えられている前髪に、頭頂近くで一束跳ねている毛髪。長さは全体的にショートといったところで、快活さよりも面倒だから、といった雰囲気がにじみ出ている。彼女の特徴といったらその伏しがちな垂れ目と、時折歪む口の端くらいなものだろうか。

 彼女はしばらくして、時計をちらりと見るとゲーム機をしまい、伸びをした。そして、身体を左に右に伸ばしたりねじったりする中で、俺の視線に気づいたのか、彼女はふとこちらを向いた。俺は慌ててそらしたが、彼女は特に気にもかけていない様子で頬杖をついた。私は退屈ですと言わんばかりの仕草だ。


 それ以来、この5月半ばまで、俺は彼女の行動を少し観察していた。観察といってもそんなストーカーみたいに逐一付け回して行動パターンを探るなんて意味ではない。ただ、気づいたときに飯山の席の方を見るだけだ。

 昼休み。弁当を食べ終えて、ちらりと飯山の方を見ると、彼女はスティック状の栄養食を加えながら、相変わらずゲームをしていた。時折、時折顔を上に向け、重力を利用して、一センチメートルずつ、昼食を食んでいるようだ。その間も手元のボタンは忙しなく動いている。

「なんだ、また飯山見てんのか?」

 飯山の姿を見ていると、中学時代からの友人、対面で食べていた佐川がにやつきながら声をかけてきた。

「まあ、わからなくもないけどな。同じゲーマーとして気になる対象ではあるだろうよ。それに女の子と話せるチャンスがあるかもしれないしな」

「やめろよ、別にそんなんじゃない。ただ……気になりはするだろ。だってずっとゲームしてんだぜ。放課後もそうだけどさ……」

「あー、確かに。見たことあるな。一回忘れ物して戻ってきたとき、飯山一人だけ教室にいたときはびびった。ありゃ下手したら学校の七不思議になるぜ。『放課後、だれもいないはずの教室から妙なカチカチ音がする』って」

「そう、そうなんだよ。というか飯山自体がもう不思議なんだよ」

「でももう飯山を気にしてるやつはお前ぐらいだと思うぞ。なんというか、そりゃあ入学当初はみんな注目はしてたけどさ。ゲームばっかりでノリもよくないし。なんか、カーストの外、って感じなんだよな。だから『そんなん』かなって思ったわけ」

 確かに、飯山のことをきにする人間はもうほとんどいなかった。入学当初のインパクトは強く、それは一種目立ちたがりの行動のようにも思えたのだ。そういった脚光を浴びる為のアピールだったら、人が寄り付いた後で「実はさ」なんて感じで素を出してくだろう。それで仲良くなる。まあよくあるやり方だ。

 だが、飯山はマジだった。本当のゲーマー。目立ちたいとか、そんな願望は一切なく、ただ本当にゲームをやっていたいだけの人間だったのだ。そうなると、飯山の雰囲気も相まってなんだか『触れてはいけない人』という認識になっていったのだ。

 実際、何度か授業や活動の中で顔を合わせる機会はあったが、会話には全く乗ってこなかった。あれは、強がりで人と関わらないファッション的なものではなく、本当に人に興味がない本物の無関心だ。

「で? 用件はそれだけか? 俺は寝るぞ」

「ああ、違えって。リンクラやろうぜって話」

「そうならそうとすんなり言えよ、腹立つ」

「そんなにかよ」

 冗談を交わしながら、俺はバッグの中のゲーム機を取り出した。

 飯山が始業式の日にゲームをした、という事実はこのクラスに大きな影響を与えた。飯山の行動によって、学校でゲームをする不真面目さへの抵抗感が消え、クラスの男子がこぞって昼休みにゲームをするようになったのだ。

 そして、その中でも今流行っているゲームが「リンクド・クラウン」、通称リンクラ。対人型のバトルゲームだ。俺らのクラスの男子の中では、このゲームがどれだけ強いかが一種のステータスになりつつあったのだ。

 だが、俺はその中では大分強い方だったので、グループでの戦いに参加するのは控えめにしている。確かに強いことがそのまま評価に繋がる。が、それは周りを不快にさせない程度までだ。開始数秒で倒し切ってしまうようなプレイヤーは盛り上がりに欠ける。俺みたいにぱっとしない男ならなおさらだ。

 かといって、接待プレイのようなことをするのも嫌だった。カースト上位のやつらに媚びへつらってゲームするくらいなら昼休みの時間を全部寝て過ごした方がマシだ。

「はー、尾形つっよそれ!」

「声がでけえ」

 俺は静かに一喝した。佐川のゲームをプレイしているときのうるささは尋常ではない。クラス中に反響している。飯山を見習って静かにプレイできないもんか。

 一通り遊んだ後、佐川は机に顎を載せた。

「強いよゲーマー……」

「そんなにゲームやってねえって……」

 答えながら伸びをしていると、ふと飯山がこちらを見ていることに気づいた。目が合ってしまい、また俺が視線を逸らす。

 おそらく佐川の出した大声に何事かと振り向いたのだろう。この馬鹿がうるさいよな、と申し訳ない気持ちになる。

 それにしても、最近のリンクラは歯ごたえがなく正直つまらない。オンラインでやってもいいが、顔も分からん人とやっても面白くないし、かといってリンクラで強い友人など俺にはいなかった。

 俺はため息を吐く。

「なあ佐川、もうちょいうまくなってくんない?」

 佐川は疎ましそうな目を向けた。

「無理。部活が忙しいわ」

「そりゃ残念」

 佐川の即答。こいつにゲームの腕は期待できなさそうだ。

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