第12話 ミサイル攻撃
「まだ、どこかへ行くなら送って行きますよ」
「カフェに戻ろう!」
豊はそう言うと、タクシーに沙羅を押し込んだ。続いて自分もタクシーに乗り込む。山路も運転席に乗り込むと、カフェに向かってタクシーは走り出した。
タクシーの中から豊は通り過ぎる街並みを眺めていた。どこか、豊たちの知らないところで黒い
しかし、それは杞憂だったようだ。窓から見えるところに黒い
豊は小型のパソコンを開くと、アトカースに今命じられている命令を一覧化させた。某国からのミサイル発射命令は出ているが、それ以降に新しい命令は出されていないかった。大久保たちはアトカースに新しい命令を出せていないということになる。
彼らの小型パソコンはすでに潰して来たし、黒い
大久保たちの逮捕を見届ければ、残っている脅威は、某国からのミサイルだけということになる。ミサイル攻撃が一番の脅威ではあるのだが……。
タクシーはしばらく走ると、カフェの最寄りの駅までやって来た。その間、三人はこれからやって来る脅威に備えるように押し黙っていた。
駅から伸びる細い路地を通り、タクシーはカフェ・ハッピークローバーに到着した。カフェの前は騒然としていた。
十数人の警察官が、立って動かなくなった黒い
一人の警官がタクシーに気付くと、近寄ってきた。窓を開けろというジェスチャーをする。
「この道は今、通行止めだ。そこのカフェでちょっとした事件があったのでね」
「私たち、その事件の関係者なんです」
豊が言うよりも早く、沙羅が警官にそう言った。当然、警官は怪訝な表情を作る。
「山路さん、ありがとうございます。ここで降ろしてもらえますか」
「了解です」
タクシーの後部座席のドアが開くと、豊と沙羅はタクシーの外へと飛び出した。山路のタクシーはUターンすると駅の方へと消えていった。
豊はそのまま警官に質問を投げかける。
「大久保、野津、久枝はどうなりました?」
事件の首謀者たちの名前を完璧に言えたことで、警官は沙羅の事件の関係者だと言うことを信用したようだ。顔の表情が緩む。
「彼らはテロの容疑で逮捕したよ」
「三人とも?」
「あぁ、特に久枝は警察関係者だからね。がっかりだよ。……久枝は前からギャンブルで多額の借金を作っているという噂はあったんだけど、まさか、こんなことをするとはね。それに彼には死体遺棄の容疑も掛かっている」
豊と話している警官は、心底がっかりしたという顔を作りながら、カフェの先に停まっているパトカーに視線を向ける。その後部座席に久枝が載っているのが見えた。どうやら、パトカーの中で個々に簡易的な取り調べを受けているようだ。
死体遺棄の容疑はアトカースゲームでアトカースに殺された、
沙羅が豊の服の袖を引っ張る。沙羅の視線の先には、若見が傷の手当を受けているのが見える。沙羅には若見の傷の具合が気になるのだろう。
豊は警官にお礼を言うと、沙羅と二人で若見のところへと歩いていく。
「若見さん!大丈夫ですか?」
豊の声に若見は顔を上げる。
「おぉ、遠峯君。こんなのかすり傷だよ」
若見の周囲では、警官が黒い
「よく一人でなんとかなりましたね」
豊たちは狭い部屋の中とはいえ、一体の黒い
「途中で警官が助けに来てくれたからね。ずっと一人だったら、おそらくやられていたよ」
若見の治療が終わると、豊は救急隊員にお願いをした。
「すみません、彼女の足も見てもらっていいですか?あの黒いのにすごい力で掴まれたんです」
女性の救急隊員は、沙羅の足を診ると湿布を貼ってくれた。
「あなたも怪我してるわね。診せてみて」
そういえば、豊も両腕に怪我をしていた。右手の甲にまで血が流れていた。
豊の傷の手当てが終わると、三人はカフェ・ハッピークローバーの店内へと入って行った。
「あー、ロボットと戦ったのなんて初めてだよ」
若見はそう言って、伸びをする。普段からジムで体を動かしている若見には
全員、イスに座ると体を伸ばしたり、体をひねったりと自分の体の調子を確認していた。
「すいませーん、モニターにテレビ映してもらってもいいですか?」
すごすごとやって来た店員さんに豊はお願いする。
「了解です」
全員、コーヒーを頼むと、店員さんが戻っていく。少しの間があって、天井からつられているモニターにテレビのニュースが映し出された。
「某国からのミサイル攻撃のことって、ニュースでやってくれるのかな?」
豊が独り言のように呟く。
「どのぐらいのミサイルが飛んでくるの?」
沙羅が豊の独り言を拾ってくれる。
豊は小型パソコンを開くと、世界で唯一残っている
「某国にあるミサイルがありったけ飛んでくるみたいだ。少なくとも百発はあるんじゃないかな?」
某国には軍事基地が複数ある。小型パソコンの画面には、その基地名と発射予定のミサイルが羅列されている。リストは百件近い量があった。
テレビのニュースでは、すでに某国からの最初のミサイルが発射されたと報道していた。今回はJアラートは鳴らないようだ。理由は明白だ。自衛隊が日本上空に来る前に全て撃ち落とす
算段になっているからだ。
自衛隊と一緒に報道局のヘリも日本海上空にいるようだ。そして、テレビに真っ暗な画面を映し出している。ヘリに乗っているレポーターが必死に何かを伝えているが、豊たちにはほどんど聞こえてこなかった。
三人の元へコーヒーが運ばれて来た。豊たち三人以外に客はいない。当然だ。店の前ではパトカーが数台止まっていて、救急車も来ていた。この状況で店に入って来るような物好きはいないだろう。
豊はコーヒーを運んで来た店員に、もう少しテレビのボリュームを上げてもらうように頼んだ。今のままでは、せっかくテレビがあるのに状況が全く分からない。
「俺はあんまりパソコンが得意じゃないから聞くんだけどさ。ミサイルが飛んで来るのに、ここでゆっくりしていていいのかい?」
若見が豊に問いかける。ずっと疑問に思っていたに違いない。
「もう、僕らにできることはやり尽くしました。あとは、自衛隊がミサイルを撃ち漏らさないように祈るだけです。ミサイルの落下目標地点は、首都圏と原子力発電所です。もし、自衛隊が撃ち漏らしたミサイルが原子力発電所に直撃でもしたら、どこにいても遅かれ早かれ命を落とすことになるでしょうし。今のうちに大急ぎで東京から離れれば、少しは生き残る可能性が高くなるかもしれません。……あとは運ですね。逃げた先にミサイルが飛んでいく可能性もありますから」
豊の答えを聞いて、若見はしばらく考え込む。
「逃げた方がいいかな。君達は逃げないのかい?」
豊と沙羅は顔を見合わせる。
「僕たちは一人暮らしなんで、どこにいても一緒ですから」
「若見さんは家族と一緒にいた方がいいんじゃないですか」
若見は膝を叩くと、立ち上がった。
「そうだよね。俺は家族のところに帰るわ!」
それに合わせて豊も立ち上がると、若見に頭を下げた。
「若見さん、本当にありがとうございました。助かりました!」
沙羅も立ち上がると、頭を下げる。
「ありがとうございました。家族と絶対生き残ってくださいね。また、会いましょう!」
「役に立てて良かったよ」
若見は二人と握手をすると、足早に店を出て行った。
二人はイスに座り直した。
「行っちゃったね。……家族かぁ」
沙羅がボソッと呟く。
それから、しばらく二人は黙っていた。
豊は実家に家族がいるが、一人暮らしをしてもう長い。
一方、沙羅が双子の姉を亡くしたのは、数ヶ月前だ。それほど時間が経っていない。家族という響きに思うところがあるのだろう。双子の姉を亡くして、自分も死のうと考えていたほどなのだから。
テレビの画面は相変わらず暗闇を映し出していた。画面の下に某国からのミサイル攻撃か?という文字が表示されていなければ、本当にテレビが点いているのかも分からないほどだ。
全く面白みもない画面とは対照的に、音声は何とか現状を伝えようとレポーターが必死に言葉をひねり出していた。
レポーターの一人相撲にやっと光明が差し込んだ。画面の奥で何かが光った。レポーターは、それをこれ幸いとミサイルを自衛隊の戦闘機が撃ち落としたのだろうと推測してレポートを始める。
豊はテレビの真っ暗な画面の先を見ながら、ボーッとしていた。もう、自分にできることなないだろうか?自問自答を始める。本当にもう自衛隊を応援する以外にできることはないのか?
ふと、アトカースが出したミサイル発射リストにあった
豊は再び小型パソコンを開くと、ブラウザを立ち上げる。検索窓にプンゲリと入力する。すぐに予測変換が現れる。そこにはプンゲリに続く検索ワードとして、核実験場とあった。
思い寄らない予測変換に、豊は一瞬フリーズする。しかし、すぐに我に帰ると、沙羅に画面を見せた。
「沙羅、ちょっとこれ見て!」
「プンゲリ、核実験場ってこれ何?」
沙羅は、まだ理解が追いついていない。
「さっき、アトカースが出したミサイル発射リストにあった地名なんだけど、核実験場って……」
「核実験場?」
豊の言葉にも、まだ沙羅はキョトンとした表情を作っていた。
「つまり……、核ミサイルが飛んでくるってことだよ!」
「えぇー!核ミサイル?」
豊はすぐにポケットからスマホを取り出すと、再び総理である
電話はすぐにつながった。
「もしもし、さっきの……遠峯君だったか。まだ、何かあるのかね?」
下山田は電話に出るなり、こちらの言葉を待たずにそう言った。
「下山田総理、飛んでくるミサイルについて追加情報があります!」
「何だね?」
「ミサイル発射リストを見たら、ミサイル発射場所は
「プンゲリ?」
下山田が聞きなれない地名に思わず聞き直す。
「はい、
「核ミサイルだと?確かに、某国には核ミサイル保有の疑いがあったが……」
下山田はそう言ってから、少しの間黙り込んだ。
「分かった。ミサイルの発射場所が特定されただけでもありがたいが、核ミサイル発射の可能性は貴重な情報だ。自衛隊にプンゲリからのミサイルは確実に日本海上空で撃ち落とすように指示しよう」
「お願いします」
豊は電話を切ると、スマホをポケットにしまう。
再び、小型パソコンのミサイル発射リストに目を移す。次々にリストから情報が削除されていく。つまり、ミサイルが発射されたということだろう。
リストの最後に
豊はホッと一息吐くと、冷めてしまったコーヒーを口にした。これで、もう本当に豊にできることはなくなったはずだ。あとは、祈るしかない。
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