DAI

今井雄大

第0話 プロローグ

 ——某国、軍事施設——。

 夜の帳が降りた施設は静まり返り、とてもここが軍事施設だとは思えなかった。

 この施設の周りには何も建物が存在しないため、空には満天の星が輝き、まるで天然のプラネタリウムだ。恋人たちが愛を語らうには絶好のロケーションだろう。

 男は、遠くから虫の声が聞こえてきそうなこの雰囲気が好きだった。いつ戦闘に参加させられても不思議はない軍隊にいながら、一時の安堵感を楽しめるこの瞬間が。

 しかし、それは突如遮られた。

 施設内に第一種戦闘配備のアラームが鳴り響いたのだ。同時に、施設内の隅に幌を掛けられて出番を待っていた大陸間弾道ミサイルを積んだ軍用車の荷台が動きだした。それに伴い、荷台の脇にある四本の支柱が地面へと突き刺さった。

 幌を力ずくで外し、荷台はミサイルを空へと向けて直立させた。タイヤが片側だけで九個もある、トラックのお化けのような軍用車の全容が露わになる。

 そこへ、この軍事施設を管理している施設長が血相を抱えて外へと飛び出してきた。

「何の騒ぎだ!……誰の許可でミサイルを動かしておる!」

 その声に一人の兵士が軍用車の運転席を思わずのぞき込む。しかし、運転席はもぬけの殻だ。

 ミサイルは司令室からの無線によって発射する。軍用車の運転席はあくまでミサイルを運ぶための役割以外は担っていない。

 施設長が踵を返し、司令室に向かおうとした瞬間、隣の軍用車の荷台も動き始めた。

 やはり一台目と同様に荷台の脇にある支柱が地面に突き刺さると、幌を力ずくで外し、ミサイルを空へと向け始める。

 施設長が走り出す。軍用車は施設長のことなど意に介さないとでも言うように、一台目と同じ動きでミサイルを直立させた。

 これほど必死に走ったのは何年振りだろうか。軍隊に所属していても、階級が上がっていくに連れて、体を動かすことは少なくなっていく。基地を任される施設長ほどになれば特に。

 息も絶え絶えで施設長が司令室に到着した時には、三台目の軍用車に搭載されたミサイルが直立を完了するところだった。

 アラームはずっと鳴り続けている。

「誰が、ミサイルを発射しろと命令したのだ?」

 アラームをかき消すように、施設長が質問とも叫びとも取れる声を上げた。その瞳は司令部のコンソールに向けられている。

 司令室にいる全員の視線が施設長に注がれる。

 その質問がいかに馬鹿馬鹿しいものであるか、質問をした施設長自身が一番よく分かっていた。

 なぜならミサイルを発射するには、正確には今の事態のように発射姿勢を取るだけでも施設長と副官が持つ鍵をコンソールに差す必要がある。そして、二つの鍵を発射の位置まで同時に回さなければならない。

 その鍵は今も施設長の首に下がっている。副官は——施設長の後ろから走ってやってくるところだった。

 コンソールには一つの鍵も差さってはいない。

 施設長は再び同じ質問を繰り返した。

「誰が、ミサイルを発射の命令を出した?」

 それには誰も答えなかった。

「どうして、ミサイルが発射されようとしているのだ?誰か、答えろ!」

 施設長が叫んだ直後だった。

 一発目の大陸間弾道ミサイル、火星二十一が天に向かって発射された。

 先ほどからしきりにコンソールをいじっていた隊員がやはり叫ぶように言った。

「どうやら、システムがハッキングされたようです!」

「ハッキング?我が国の最高技術が詰まったこの施設に……ハッキングだと?」

 施設長は顔を真っ赤にして憤った。

「間違いありません!それに……施設長の鍵がなければ、ここの誰もミサイルを発射することは出来ませんよ」

 コンソールをいじっていた隊員が答える。

 直後、二発目のミサイル、火星二十二が発射される。

「ボサッとしてないで、早く発射シーケンスを停止しろ」

 施設長がやっと施設長らしい発言をする。相変わらず、怒りで顔は真っ赤だ。

「……とっくにやっていますがね。こっちの命令を受け付けないんですよ」

 コンソールをいじっていた隊員は、肩をすくめてお手上げだというポーズを取る。

 施設長は今にも地団太を踏みそうだ。頭から湯気でも上がっているかもしれない。

「うぬっ……そうだ!ミサイルの落下目標地点はどこだ?」

 その質問にコンソールをいじっていた隊員が素早く答える。

「それは先ほど調べておきました。——日本です」

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