第二章 一四歳になった少年 3

 ドラゴンの氷像の前で自己しようかいをするふたり。僕は自分がウィルという名前であること、それに神々の息子であることを話す。それと相棒のシュルツも紹介する。

 シュルツは最初、見慣れぬ女にけいかいをしたが、彼女がひざを折り、微笑むと、だまってのどでられる。ルナマリアもまるで目が見えているかのように的確にシュルツの弱いところを撫でる。

 それを見ていてこの人は本当にもうもくなのだろうか、という疑念が浮かぶが、ルナマリアはにこりと否定する。

「先ほどから私の行動は少し変でしょう。まるで光があるかのように見えませんか?」

「たしかに目が不自由とはとても思えない」

「子供のころから目が見えないと、色々と細かい技を覚えるのです」

「技?」

 こくりとうなずくルナマリア。

「視力以外の感覚がするどくなるのです。ちようかくきゆうかくなどが代表的ですが、しよつかくも。──そうですね。ウィル様、私が後方を向いたら、右手か左手を挙げてください」

 うん、分かった、と素直に左手を挙げると、ルナマリアは後ろを向きながら言う。

「今、左手を挙げていますね。しかも、こぶしにぎりしめたまま」

「な、どうして分かったの!?」

「簡単です。空気の動きです。手を広げたまま挙げると指の間に空気が通って独特の音がします」

「右か左か当てるだけでもすごいのに、そんなことも分かるなんて、すごい」

「すごいかは分かりませんが、幼き頃よりこうして生きているので、生活には不自由しません」

「大変だったね、という同情の言葉は失礼に当たるかもしれないね」

「そうですね。望んで目を神にささげましたし、になったことにこうかいはありません」

「でも、その盲目の巫女がどうしてこんな場所に?」

「それは最初に言いましたが、私はこの世界を救う勇者を探しているのです。それはあなた様だと思っています」

「僕が? でも、印が……」

「印など不要です。仮にあっても私には見えません」

 彼女は微笑むと続ける。

「私は神のしんたくを受けました。必ずこの地にこの世界に平和をもたらす勇者がいる、と。そしてその方はあなた以外考えられません」

「たしかにこの地には人間は僕しかいないけど」

「ならばもはや確実ですね。ささ、勇者様、どうかこのルナマリアと共に世界を救う旅に出てください」

「いきなり言われても」

「そうでした。たしか、神々に育てられたのですよね」

「そうだよ」

「ならばその神々にあいさつうかがいます。このルナマリアが従者としてウィル様を導くお許しを得ます」

「お許しかあ……」

 父さんたちの顔を思い浮かべるが、みなが反対する顔が浮かぶ。まだ修行が足りない。可愛かわいい僕を外に出したくない。この山で一生暮らせ。そのように説得される未来図が浮かぶ。

 快く送り出してくれるのは万能の神レウス父さんくらいだろうな、と説明すると、ルナマリアは、

「……そうなのですか。残念です」

 とかたを落とす。

 が、それも数秒、すぐににこりと言う。

「逆に言えばひとりは賛成してくださるのですよね。ならばその方をたよりましょう。それに最終的に山を下りるのはウィル様が決めること。ウィル様は外の世界を見たいのですよね?」

「……うん、見てみたい」

 シュルツにだけ語った決意を彼女にもろうする。

 僕は山の外を見てみたかった。

 無論、この山は大好きである。大好きな父さんも母さんもいる。修行や勉強も楽しい。仲間と遊ぶのも大好きだ。

 でも、勉強で習う外の世界。動物たちから外の世界の話を聞くと、どうしても現実の世界を見たくなるのだ。

 魔術の神ヴァンダルは、それは僕が人の子であるから、と言う。人間というやつは探究心を押し込めるのが難しいのだ。

 こうしんを殺すのは神にも不可能、というヴァンダルの言葉を思い出した僕は、結局、ルナマリアの言葉に従うことにした。

 いつか好奇心と探究心をき出しにして旅立つ日がくる。ならばそれが今で悪い道理はない。彼女といつしよに外の世界を旅するのが一番いいように思われたのだ。

 そのことをルナマリアに伝えると、彼女は花がほこったかのような笑みをかべた。

 同じとしごろの少女が笑うのを初めて見た。ミリア母さんとはまったくちがった笑顔だった。

 しばしその笑顔に見とれると、僕は彼女の手を引き、山頂へ向かった。


 テーブル・マウンテンはその名の通り台形の形をしている。

 台形の平面部分には広大な森が広がっているが、その中心に神々のきゆう殿でんがある。

 宮殿と言っても人間の王族が住まうようなものではなく、森のけものたちの力を借りて作ったささやかな建物であるが。

 ただ、それぞれのしんしつ、修練所、図書室、めいそう室などもあり、規模はそれなりにあった。

 僕はルナマリアを応接室へ連れて行くと、そこに父さんたちを集めた。

 レウスは大空からわしの姿でい降りる。ローニンは修練所からそのままやってくる。じようはんしんはだかでタオルを肩にけている。ミリアは三番目にやってきたが、ルナマリアの姿を見ると「しようをしてくる」とどこかに行ってしまう。ヴァンダルは四番目にやってきたが応接室でもルナマリアに視線をやることなく、書物ばかり読んでいた。

「……変わった父さんたちでごめんね」

 代わりに僕が謝るが、ルナマリアは首を横にる。

「神々なのですから当然です。私こそいきなりおじやしてしまうというしつけを働いてしまって」

「この山には呼びりんもないからね。気にしないで」

 じようだんで彼女を落ち着かせると、化粧を終えてもどってきたミリアが開口一番に言う。

「うちのウィルはあなたのようなむすめにはわたせないわ。どんな手練手管でゆうわくしたかは知らないけど、帰ってちょうだい」

 いきなり失礼な発言であるが、ルナマリアはおこった様子もない。

 少しだけ口元をゆるめ、僕に耳打ちしてくる。

「本当のお母様のようですね。よめしゆうとめ問題発生です」

 冗談めかして言うが、その冗談はあながち外れてはいなかった。

 僕は大きくため息をつくと、

「彼女の名はルナマリア。地母神に仕える盲目の巫女。──僕の初めての友達なんだ。人間の」

 と紹介をした。

 その言葉を聞いた神々はそれぞれの視線で僕とルナマリアをこうに見た。

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