水葬

椿木るり

第1話

恋人が死んだ。飛び降り自殺だった。特別目立って高い建物などない普段は静かなこの街でもさすがに空から人が降ってきたら大騒ぎだった。現場のビルを囲むように警察の黄色いテープが張られ、その外側にたくさんの野次馬がいた。学校を抜け出してきた女子高生、仕事をさぼる口実だと言わんばかりのサラリーマン、井戸端会議のネタのために来た主婦たち。彼らがこぞってスマートフォンで血塗れの遺体や血飛沫の跡を写真に収めていた。警察官が撮影をやめてください、と大声を出して止めている。その異様な光景と喧騒の中、いま救急車で運ばれていったのは一体誰なのか。わかっているはずなのに頭が必死で拒んでいた。



半年前の残暑を感じさせる日差しに少しひんやりした風が心地いい秋晴れの日、僕はいつも通り午前中に営業に周り、社内に戻ってきてお昼休みを取っていた。交際して2年が経つ恋人、茉莉との将来について真剣に考えながらコンビニで買った弁当を黙々と食べる。来年で30歳を迎える茉莉に年内にプロポーズをする計画を立て、現在の貯金残高や、婚約指輪のブランド、プロポーズのときのデート場所のことなど、どうしたら茉莉が喜んでくれるのか考えていた。


――ドンッ


「なんかいま変な音しませんでしたか。」

遠くで何かが落ちるような音が聞こえた気がして自分のデスクの周りにに声をかけるも、そうかな、なんて曖昧な返事しか帰ってこなかった。気のせいかと思い、脳内会議の議題はプロポーズについてに戻った。

やっぱりプロポーズするならクリスマスかな。なら早いうちにレストランの予約を取らなければ、どうせならちょっといいホテルを取って泊まるのもいいな。そこまで考えがまとまったあたりで仕事用ではないプライベート用のスマートフォンから着信音がなった。

着信は高校時代からの友人の百合香からだった。


「どうしたんだよ、昼休みに」

緑の電話のマークをタップして耳に当て、そう言うと百合香の悲鳴に近いような震えた声が聞こえてきた。


「悠くん!今すぐうちのビルまで来て!茉莉さんが…茉莉さんが屋上から落ちたの!」

何を言われたのかさっぱり理解出来なかったが、斜め向かいの席に座る同僚が


「おい、この近くのビルで飛び降りがあったらしいぞ!いま!」

そう言っているのが聞こえ、気がついたら職場を飛び出し茉莉の働く5階建てのオフィスビルに向かって走っていた。


ビルにたどり着いた時には既にビル前はたくさんの人で埋め尽くされており、茉莉の無事を確認するためには野次馬の間をかき分けて行かなければならない。すみません、すみません、誰何を謝っているのかそう言いながら前に進み黄色いテープの手前まで来た時、ちょうど担架で救急車に運び込まれる何かを見た。運ぶ際の振動で乗せられたはずの左腕が担架から垂れ下がった。その血塗れの手首には僕が去年の茉莉の誕生日にプレゼントしたブレスレットが光っていた。

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