第二章 はじめての魔法授業 3

 案の定呼び出された。しかも校長室に。

「いよう、よく来たね」

 一人で校長室に入って緊張しまくりな俺に、その人は立ったまま軽いノリで挨拶をした。

「あの……校長先生に呼び出されて、来たんですけど……校長先生は?」

「オレオレ! 俺だよ、俺!」

 何でそんなオレオレ詐欺っぽく言うんだ。

 魔王学園の校長は、言葉を選ばずに言うと──学園に似つかわしくないおっさんだった。

 軍服っぽい服を、思いっきり着崩している。服も顔も、本当はカッコ良さそうなのに、全てを台無しにするだらしなさ。無精ひげを生やし、垂れ気味の目は眠そうだ。

 背筋を伸ばせば背が高そうなのに、背中を丸めて口元にはへらへら笑い。

 一言でいうなら、ちょいワルオヤジだろうか。ちょっと残念な感じの。

「改めて自己紹介しようか。俺は校長! 魔王学園、通称銀星学園のなっ!」

「逆です」

「細かいことはいい! それより俺の名を言ってみろ!」

「自己紹介とは一体!?」

「ワハハハハハハハ! 先生、少し先走っちゃったな! 先走りが出ちゃったな!」

 下ネタ!?

「だが心配いらないぞ! 先生まだ若い者には負けんからな! 抜かずの三連発くらい何ともないぜ!!」

「何の話ですか!?」

 またワハハハハと豪快な笑い声を上げると、校長は親指で自分を指さした。

「俺の名はガンドウ」

「がんどう?」

 どこか不吉な響きだなと思った瞬間、校長の目がギラリと光った。

「GUN道ちゃうわ! 先生の顔、作画崩壊してないよね!? これでもイケメンって言われてるんだぞ!? 京アニクオリティだから!」

「伝説のアニメの話なんてしてないですよ! つか、自分のビジュアルの良さを制作会社で表現しないで下さい! いや確かに京アニすごいけど!? ハルヒとか」

 くそ! この校長、ツッコミが追いつかねえ!

 ガンドウ校長がギラリと光る。びしっと俺を指さした。

「ハルヒと言えばスニーカー! ならばスニーカー文庫アニメと言えば!?」

「魔装学園H×Hハイブリツド・ハート!」

「同士!!」

 ガンドウ校長は右手を差し出し、俺はそれに応え、固い握手を交わした。

 何なんだ、この校長。いや、俺もつい握手しちゃったけど!

「フフ……若いのになかなかやるな。GUN道とハルヒをているとは。そして魔装をチョイスするあたりは、逆に若さにあふれている。情熱とパトス、そしてエロス!」

「エロスはともかく、昔のアニメを知ってるのは、うちの両親がオタクなんで」

「なるほど英才教育を受けていたか。『恋人ラバーズ』に選ばれるわけだ」

「関係ないですよね!? って……ガンドウ校長、俺が『恋人ラバーズ』のアルカナを持っていることを、知ってるんですか?」

 握手した手を離すと、ガンドウ校長は机に腰を下ろした。

「当然だ。俺は、がんどうバルバトス。ここの校長であり、現魔王だ」

「……」

 ウソでしょ?

 呆然とする俺を見て、ガンドウ校長はニヤリと笑った。

「リゼル君に色々と教わっているようだが、この学園と魔王大戦について、まだまだ知らないことが多そうだ」

「え……は、はい」

「よーし! では特別にこの俺が、教えてあげちゃうぞ! これでもセンセーは先生なんでね! ハハッ!」

 ……何で最後、某ネズミーマウスっぽく言った。

 いや、それよりこの人、本当に現在の魔王なのか?

 疑問を感じている俺を置き去りにして、校長は得意げに説明を始めた。

「この銀星学園が、なぜ魔王学園と呼ばれているか……それは、次期魔王を選ぶ際、この学園の生徒から選ばれるからだ」

「え、でも俺は、普通の人間の学校に通っていましたけど……」

「他の学校に通ってても、非常に優秀であれば例外はある。もつとも、君の場合は特別だ。人間の生徒というのは前代未聞だからね!」

「もしかして、学園側の手違いとか?」

「いや、君は我々が選んだのではない。アルカナが選んだのだ」

 ガンドウ校長は、俺の胸の辺りをじっと見つめた。シャツの下に『恋人ラバーズ』のアルカナがあることを見抜いているかのように。

「アルカナが、自ら主人と定めた者の元へ行った……というのは例がない。君はイレギュラーもいいところだ」

「そうなんですか……でも、どうして俺のところへ?」

「それが分かったら苦労しないよ! 対応に困ったんだぜ!? おかげで職員会議も延長だ。昨今は働き方改革も叫ばれているというのに」

「はあ……すみません」

「いや、気にするな! 働き方改革などという言葉は、魔界には必要ない!!」

 じゃあなぜ言った。

「ともかく君が『恋人ラバーズ』のアルカナに選ばれたのは、疑いようのない事実。となれば、君は『魔王大戦』への参加資格があるということになる」

「魔王大戦……魔王のアルカナを持つ者同士が戦うんですよね」

「そうだ! 魔王のアルカナを持つ二十二名が戦い、その最終勝者が次期魔王となる!! いわば、この魔王学園の頂点を決める戦いさ!」

 校長は机の上に立ち上がり、謎のポーズをキメた。

「それって……その、殺し合い、みたいな?」

 恐る恐るいた俺に、ガンドウ校長はニカッと良い笑顔で応えた。

「そうとも!」

 笑って言うことじゃねえよなあ……。

「ハハハハ、心配性だな、君は! 大丈夫! 楽しいイベントだってあるさ!」

「楽しい、イベント……?」

 絶対、うそだ! と思いつつ「どんなのですか?」と訊いてみた。

「なにせ魔王大戦は長丁場。一年かけて行われるんだ。その間、スポーツやら文化祭やら、アレやらコレやら色々な競技大会的なものがある。その成績も、魔王大戦の勝敗に影響するんだ。有利に進めるための、アイテムがもらえたりとかね!」

「なにそれ! 楽しそうですね!」

「そんなのを利用しつつ、一年かけて殺し合うのさ! いかに有効なカードを手に入れるか、どんなカードをそろえるか、その戦略もキモだよ! そして相手を蹴飛ばし、蹴散らし、蹴落とすんだ!」

「……」

 楽しげなイベントと、殺伐としたイベントのギャップがひどい。普通の人間にとっては、悪魔の感覚は理解しがたい。

「──とまあそんなわけでカードも重要。魔王大戦は魔王候補だけじゃなく、他の生徒も参加型のイベントってわけさ」

 なるほど……それでアスピーテはリゼル先輩を欲しがっていたのか。単に美人だからってわけじゃなくて、能力を必要として。

「カードには誰でもなれるんですか?」

「ああ! 魔王候補とカードが契約を結べばね! だが気を付けるんだぞ。この学園の生徒は、これからの魔界と人間界を支配してゆく者たちだ。みな野心を抱えている。アルカナを得た者は『魔王』を目指して戦うが、他の者はどの候補者に付くかを決め、カードとなることを目指す。自分が付いた候補者が魔王になれば、二つの世界を支配する一員となれるからね」

「でも……全員がカードになれるわけじゃないですよね? 魔王候補になれなくて、カードにも選ばれなかった生徒はどうするんですか?」

「ここの生徒はいずれも魔族の有力者の子弟だ。こいつはと見込んだ魔王候補との人脈作りに励む。政治力、経済力を使った戦いだね」

「……なんか、すごいですね」

「ハハハハ! まあ仮にも、最も優秀な魔族が集まる学園だからね! 逆に、そんな連中のトップに立てないようじゃ、魔王になる資格はないってことさ!!」

 改めて聞くと、自分の置かれた状況に体が震えそうになる。

「だから君も、早く優秀なカードを手に入れた方が良いぞ!」

「はい、ありがとうございます……でも、そもそも人間である俺が、魔王大戦に参加しても、いいものなんでしょうか……?」

「そんなことより、アニメの話しようぜ!!」

「何でだよ!?」

 どうやら校長は、普段オタク話をする相手がいないらしい。

 結局、午前中の授業が終わるまでオタトークにつき合わされた。

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