第一章 はじめての魔王学園 4

 気が付くと、ベッドに寝ていた。

 保健室に運ばれたのか……?

「良かった、気が付いたみたいね」

「え?」

 横を向くと、リゼル先輩の顔があった。

「……っ!?」

 びっくりして飛び起きた。

 その拍子に、俺とリゼル先輩の体にかかっていた毛布がめくれ上がり、

「やんっ♡」

 可愛かわいらしい声をあげて、リゼル先輩は胸を押さえる。

 毛布の下から、一糸まとわぬ裸体が現れた。

 は、ハダカっ!?

「す、すみませんっ!」

 はっと自分の体を確認すると、上半身は裸だが、幸い下はパンツを穿いていた。

「あ、あの……こ、これは……どういう?」

 答えを求めるようにつぶやくと、リゼル先輩は悠然と微笑んだ。

「回復の儀式魔術……『愛魔献上ヒーリング・ラバーズ』を行っていたの」

 リゼル先輩は腹ばいになってほおづえを突いた。毛布はお尻の半分ほどから下を隠しているだけで、割れ目が半分くらい見えてしまっている。むき出しになった白い背中がまぶしい。

 そしてベッドに潰され、横にはみ出すように曲線を描く大きな胸。

 リゼル先輩は俺の視線に気付いているだろうに、隠そうとする素振りもない。

「え、えっと……儀式? 魔術? 『愛魔献上ヒーリング・ラバーズ』?」

「あなたはまだ魔王候補として目覚めたばかり。簡単な魔法を使うだけで、魔力を使い果たしてしまうわ。だから、魔法を使った後でこうしてあなたを癒やして、私の魔力を分けてあげるの。そうすれば、すぐに魔力を回復させることが出来る。これはあなたの『恋人ラバーズ』のみが持つ、特殊な能力──固有魔法よ」

 俺は、首からペンダントのようにぶら下げている『恋人ラバーズ』のアルカナに触れた。上半身は裸だが、これは着けたままだった。

 さっきは、このアルカナから魔法の知識を得た。

 そして背中に当たっていたリゼル先輩のおっぱいから、魔力が注入された。少なくとも、そう感じた。

「あの、リゼル先輩。さっき、ゲルトと戦ったとき、俺の背中から──」

「ええ。『愛魔献上ヒーリング・ラバーズ』を使って、私のおっぱいから、魔力を送り込んだわ」

 そうはっきり言われると恥ずかしい。特に女の人の口から「おっぱい」という単語を聞くのは、妙に気恥ずかしかった。

「ユートは魔法を使うのは初めて?」

「ええ、そりゃもちろん」

「ふふ、本当に普通の人間だったのね。なんだか新鮮だわ」

 リゼル先輩は胸を抱えるように隠しながら体を起こした。片足が毛布から出て、むっちりした太ももがのぞく。

 思わず、ごくりと喉を鳴らした。

 リゼル先輩は片手で胸を隠し、もう片方の手を俺の胸に伸ばした。

「あ……」

 少しひんやりした手が、俺の胸に触れた。

 すごく柔らかい。女の人の手の平は、こんなに柔らかいのか。

「『愛魔献上ヒーリング・ラバーズ』はこうして触れ合うことで、魔力を吸収してあなたを回復させる。相手とのきずなが深ければ深いほど、相手への思いが強ければ強いほど、その効果は大きくなる。それと、親密な関係でなければ触れ合わない箇所での接触が、より効果的よ」

 なるほど……それでゲルトと戦ったとき、先輩はえて胸を俺に押し当てたのか。そして、今は気を失った俺を回復させるため、この状況ってわけだ。

「私もするのは初めてだったけどね」

 リゼル先輩は頭を軽く傾ける。すると、艶やかな黒髪がさらりと白い肌の上を滑った。

 確かに上級生で、俺の一つ上……ではある。しかしこの妖艶さは、とても高校生とは思えない。

 その色っぽさに思わず目を奪われるが、先輩もまた俺を見つめていることに気付き、つい視線を外して目をさ迷わせる。

 ベッドの他には大きなテーブルに椅子とソファ、TVに食器棚、クローゼット、姿見。置いてある家具はどれも立派で、どこかの高級ホテルのようだ。しかし壁や天井、窓を見ると、どこか違和感がある。

「ここは、どこなんですか?」

「『恋人ラバーズ』チームの控え室──通称『宮殿パレス』よ。校舎の三階になるわ」

「……って、もしかして、ここは学園なんですか!?」

「もしかしなくても学園よ。次期魔王候補には、控え室が与えられるの。勝手ながら、内装はこちらで用意させて頂いたわ」

 俺は改めて部屋の中を見回した。控え室と言っていたが、広さは普通の教室と同じくらいでなかなか広い。このベッドだってキングサイズ。しかも天蓋付き。やけに寝心地が良いし。

 リゼル先輩は俺に背中を向けると、サイドデスクに置いてある黒い下着を手に取った。

 セクシーな黒のブラジャーを着けながら、先輩は俺に話しかける。

「詳しいことは、これから順番に教えてゆくわ。あなたがこの次期魔王を決める、魔王大戦に勝利できるようにね」

 ──まおうたいせん?

 不穏なキーワードに、嫌な予感を抱いた。

「な、なんか……穏やかじゃない雰囲気ですね?」

「ええ。魔王の玉座に誰が就くのかを決める争いですもの。戦争よ」

「はあっ!? それって、さっきみたいなバトルをまたやらされるってことですか!?」

 先輩は背中に手を回して、ホックをはめる。その動作がやけに生々しい。

「いいえ、それは違うわ」

 良かった。あんなことが続いたら、命が幾つあっても足りない。

「あんなお遊びじゃなくて、本物の戦いよ。魔王のアルカナを持つ、最強の悪魔たち……とびきりの化物との真剣勝負。命の保証はないわ」

 もっとダメじゃん!!

「あの、もっと平和的にですね……話し合いとか、選挙とか……」

 リゼル先輩はベッドに座ったまま、前屈するように体を前に倒す。そして立ち上がると、パンツを引き上げた。

 一瞬、お尻が見えたような、見えなかったような。

 思考の止まった俺を振り向き、リゼル先輩は安心させるように微笑んだ。

「大丈夫よ。戦うのはあなた一人じゃない」

「え?」

 リゼル先輩はガーターベルトを腰に付けると、ソファに右足をかけ、黒のストッキングを穿き始めた。

「魔王候補はカードと呼ばれるけんぞくを持つことが出来る。例えば、さっきのゲルトのようにね」

 そういえば、

「ゲルト……あいつは、あのアスピーテっていう『世界ワールド』のアルカナを持つ魔王候補のカード──眷属ってわけですね」

 確かに本人も、そんなようなことを口にしていた。

「そういうこと。だからお願いよ」

「お願い?」

「私をあなたのカードにして欲しいの」

 先輩を? 俺の?

 いやいや、俺は先週まで普通の人間だった素人だぞ。それに引き換え、リゼル先輩は相当な実力者だ。『世界ワールド』のクイーンになるようスカウトされてたって話だったし、俺なんかとじゃ、釣り合わない。

「でも、そういうのって……普通は主人の方が強いもんなんじゃないですか?」

「ええ。そうね」

「だったら──」

「だって、あなたは強くなるもの」

 リゼル先輩はこともなげに答えた。

「私があなたを鍛えて、誰よりも魔王に相応ふさわしい力を身に付けさせてみせる」

 俺はぜんとした。

「それって……先輩の弟子になるってことですか?」

「いいえ、あくまであなたがご主人様よ。私はユートのカード、切り札になりたいの。ユートに仕え、あなたを魔王に押し上げる力になりたいのよ。あなたを鍛えるのも、その一環」

 リゼル先輩はストッキングをベルトで留める。

 セクシーなランジェリー姿の出来上がり。しかし今の俺は、目の前の美しくもせんじよう的な肢体を堪能するような、心の余裕がなかった。

「いやいやいやいや! 無理無理無理無理! さっきだって、先輩が助けてくれなかったら、今頃死んでましたよ!?」

 これ以上ここにいてはマズい。

 父さんと母さんには申し訳ないが、もうこんなアルカナは返上して、元の平凡な生活に戻ろう。

 俺はベッドから下りる。

「申し出はありがたいんですが、俺、素人なんで……」

 あれ? 俺の制服は?

「ええ、あなたは素人。何の知識も魔力も持たない。今朝までは」

 リゼル先輩は俺の前に立つと、真剣なまなざしで見つめた。

「でも、魔法の深遠を、魔界の一端を、覗いてしまった。もう後戻りは出来ないわ」

「先輩……どうしてそこまで俺のことを?」

「あなたはアルカナの声を聞いた」

「それは俺が魔王候補だからで──」

 先輩は首を横に振った。

「魔王候補であっても、普通はアルカナの声は聞こえない。あなたはアルカナに愛されているのよ。それが理由の一つ」

 一つってことは……他にもあるのか?

「それにアルカナが魔法を教えてくれたとしても、それをすぐに理解して、使えるかどうかはその人次第。ユートは覚えたばかりの『魔障壁バリカーデ』も『豪炎フアイガ』も使いこなすことが出来た。つまりあなたには素質がある、ということよ。それに……」

 リゼル先輩はかすかにほおを染め、今までの自信満々で余裕たっぷりの態度から一転、少し恥じらうようにして告げた。

「その……私と、体の相性も良さそうだし」

 心を撃ち抜かれたような気がした。

 これも魔法なのかと疑いたくなる。

 今なら、何でも言うことを聞いてしまいそうだった。

「リゼル先輩……俺は──」

 突然、音を立てて扉が開いた。

「センパーイ! サクッとおわったー?」

「し、失礼、失礼します……ですです」

 二人の女子生徒が控え室に入って来た。

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