あやかし京都の陰陽師姫
彩夏
第1話
――時は鎌倉。
幕府の片隅に、ひっそりと生きている鬼の一族がいたそうな。人間に化け、街の中で普通に暮らしておった。じゃが、ずっとそのままでいられるわけがない。
『鬼退治』とやらが行われたわけではない。だが、ひとりの鬼の少年が破ってはいけない禁忌を侵してしまったのじゃ。それは――人間と、恋をすること。もちろん、どちらの両親からも激しく反対を受けた。けれどふたりの絆は強く、反対を押し切って駆け落ちし、京都へ逃げ込んだ。
鬼たちは、遠い場所まで追いかけてくることはなかった。ただ、その少年を激しく差別しおった。一族の異分子、恥知らず、とな。そして一族の記録から、完全に消し去ってしまった。
逃げ出した鬼の少年と人間の少女は慎ましく暮らし、やがてひとりの子供を成した。かわいらしい
じゃから、駆け落ちしてから五十年ほど経った日、彼女は死んでもうた…未だに少年の姿のままの鬼と、幼い半妖の娘を残して。鬼の名前は――
半妖の娘は生きていくのに苦労が伴う。そのことが、死の崖に踏み出させようとしていた紅蓮の足を止めたのじゃ。
とはいえ、紅蓮も鬼だ。人間に紛れて生活しておったが、少年のときに飛び出してきおったからのう。人間社会のルールなんてほとんど知らない。そんなときに頼ったのが、近くにあった神社じゃった。
神社は妖に優しいところでの、敵対する意志がなければ危害を加えることもない。じゃから、紅蓮はその神社の神主に匿ってくれと頭を下げた。娘を腕に抱いて、深く深く。
そのときの神主の驚きようといったら、目の玉が飛び出すかといった様子だった。まあ、驚きもするわな。鬼は元々プライドの高い種族で、自分よりも弱い者に頭を下げることなど極稀なのじゃから。しかも、少年にしか見えない鬼が赤子を腕に抱いているとなったら、それはそれはびっくりするだろう。
鬼なんて、匿ってくれないのではないか――紅蓮はそんな杞憂もしておったが、いらぬ心配じゃった。神主は了承してくれた――ある条件を付けて。
それは、『匿うのは赤子だけ』というものでの。それだけでもありがたいと、紅蓮は涙して礼を言った。そして、志乃を神社に預けて、旅に出たのじゃ。
その後、志乃はすくすくと成長した。神社の娘としての。じゃから、巫女の仕事もしとった。その神社では妖が多く保護されておったから、力の制御の仕方、他に護身術として陰陽術も習った。
志乃は陰陽術に類稀なる才能を示しての・・・悪い妖を退治するようになった。そしてやがて志乃は、『陰陽師姫』と呼ばれるようになったんじゃ。
これで、昔話は終わり。――志乃は、どうしておるかのう・・・
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――――――――――――――――・・・
場所を移して、ここは京都。
その美しい、昔から残る風景の中を走り抜ける少女がいた。珍しい白銀の長髪は風になびき、流星のように銀の尾を引く。瞳は爛々と輝き、鬼の血を引いている証として紅に染まっていた。
服装は真っ赤な巫女装束で一見走りにくそうに見えるが、少女の身体能力をもってすればそんなものハンデにもならない。少女の名は志乃、鬼と人間のハーフ――半妖なのだから。
志乃が駆けるこの町は、九十九町という。昔ながらの建物が残る美しい場所だ。だが、ここは他の町とは少し違う。その違いがなにかというと――
「おはようございます、
「おはよう、志乃」
志乃はすれ違ったひとりの女性に挨拶をする。その女性は端正な顔に笑顔を浮かべ、首を伸ばして挨拶を返した。
彼女の名前は秋華。妖怪、
九十九町は、日本でも数少ない妖怪と人間が共存する場所。妖怪が住むことが許された加護地。
志乃も、九十九町では有名な妖怪だ。『陰陽師姫』という通り名で。人間からしたら、自分達を襲う『悪い妖』を祓ってくれる志乃は、確かに怖がることもないだろう。見た目が人間とほぼ変わらないことも含めて。
さて、その志乃は、というと。
一通り挨拶を交わすと、再び走るのを再開した。向かう場所は神社。志乃の実質的な家である。
あやかし京都の陰陽師姫 彩夏 @ayaka9232
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