食品サンプルで魔王を倒す物語

菜花村

第1話

 俺の名前は大豆生田おおまみゅうだ権蔵ごんぞう、年は31歳、未婚。

 この歳でこんな名前だから、昔は名前でよくいじめられた。



 俺が休日よくこもっているアトリエで作業をしていると、部屋全体がいきなり真っ白に光り出した。


 な、何!? 何が起きているんだ!?

 眩しくて思わず目をとじてしまった。


 暫くすると、その光が治まった様に感じたので、ゆっくりと目を開けた。


 するとそこには…


 仮装をした知らない人がいっぱいいた。


 王様の格好をした人

 鎧を着た騎士の格好をした人

 中世の貴族の様な格好をした人

 ファンタジーの物語に出てくる魔法使いの格好をした人


「せ、成功しました!勇者様を召喚できました!」

「本当によくやってくれたぞ!」


 ……は?


 よく見たらここはお城の大広間の様な場所。

 『召喚』とか言ってたけど、俺、召喚されたの?


「突然の出来事で混乱しておるだろう。

 まずは儂が名乗ろう。

 儂の名はマイケル・シェザード。

 この国の17代目国王であり、そなたをこの世界へ召喚した者の一人でもある。」



 ……俺やっぱり召喚されたの?


「……あの、質問をしても宜しいでしょうか?」


「構わん、なんなりと申し上げよ。」


「先程、『勇者様を召喚』とか言ってたように聞こえたんですけど、僕は『勇者』なんですか?」


「ああ、そなたには、この国を支配する魔王を撃退して欲しいのだ。」


「あのっ、僕は魔法や剣術なんかが使えません!

 魔王を倒すだなんて、僕には無理です!」


「問題ない、魔王を倒すのに武力は必要ない。

必要なのは料理の腕だ。」


「……料理の腕?」


「この世界を支配する魔王は、『食』を支配している。

 食材、料理法、調理時間、調理費用、匂い、食感、味……『食』に関わる全てだ。

 我々は魔王に『食』を支配されてからと言うもの、何を食べても砂を口に含むような不快感しかなく、人生の最も重要な『食』という楽しみの一切を奪われてしまったのだ……

 魔王を撃退する方法はただ一つ、魔王に『食』で勝利する事。

 しかし、味や匂いを感じられぬ我々が、魔王に『食』で勝利するなんで万が一にもない。

 そこで、其方を召喚し、魔王を撃退してもらいと言うのだ。」



 ……俺の思ってた魔王討伐と違った。


「その魔王を倒したら、僕は元の世界へ戻れるんですか?」


「元の世界へ戻すと言う移転魔法もある、魔王撃退の暁には、褒美とともに元の世界へ戻ってもらおう。」


 戻れるのか!

 それならば全力で魔王を倒そう!


 ……ただ、問題がある。



「あの……僕、料理出来ないんですけど……」


「なん……だと……?」

「魔王撃退の可能性が最も高い者を召喚したのではなかったのか!?」

「まさか……召喚失敗したのか……」


「じゃあ、この料理の数々は何なんだ?」


 料理?

 ……もしかして、食品サンプルの事?




 俺の趣味は工作。

 その作品は主に、食品サンプル。


 自分でも中々の腕前だと自負していて、作品をSNSで取り上げれば毎回5000件以上の反応がもらえる程。

 地元の小さな展示会場で展覧会をした位には、世の中でも認めてもらえてるんじゃないだろうか。


 そんな俺は、アトリエの中身ごと食品サンプルも一緒に召喚されていた。


「これは、料理の立体見本で、食品サンプルと言います……」


「な、何!? これが偽物だと!?」

「ほ、本当に偽物だ…… こんなに柔らかそうに見えるパンも、焼きたてに見える目玉焼きも、水々しいカットオレンジも、全て作り物だ……」

「このような物、生まれて初めて見た……」


 そうか、彼らは匂いも分からないから、より本物に見えやすいのか。


「其方、その食品サンプルとやらで魔王撃退が出来ぬか……?」


 ……どうやって?

 でも、俺の武器ってこれくらいしかないし、魔王倒せないと元の世界に戻れなさそうだし……


「……なんとかやってみます……」


「そうか!誠にありがたい!

 全ての国民の代表として礼を言う。

 して、其方の名を聞いても良いだろうか?」


「大ま……権蔵・大豆生田です。」


「ゴンゾーか。良い名前だ。

 ではゴンゾー殿、宜しく頼む。」



 いい名前……初めて言われた。

 いや、それより、どうやって魔王を倒すの?

 てか先ず、料理対決に食品サンプルって、対決になるの?

 幸い、召喚されたのがアトリエの中身ごと全部だったから、道具や材料には困らないんだけど。




 アトリエの中身は、俺が滞在する部屋に全て移動してもらった。

 運んでもらってる最中も、使用人の人たちは食品サンプルに驚いていた。


「匂いが分からないだけで、そんなに美味しそうに見えるの?」


「ええ、これは我々がまだ味と匂いを感じていた時に大好物だった物です。」

「以前は結構グルメだったんですから。

 このような物を見ると、当時の楽しかった食事を思い出すなあ。」


「味を感じなくなったのは最近なのか?」


「魔王が降臨したのが二年ほど前、『食』を支配され、『食』の楽しみ全てを奪われたのはその直後でした。」


「そんなにも長い間……

ところで、『食』を支配されて匂いや味を奪われたって言ってたけど、記憶の中の味も思い出せないの?」


「そこは奪われずに済みました。

 言ってしまえば、それだけがすくいですね……」

「記憶の味まで奪われたら、私は母の料理おもいでまでなくしてしまう……

 そんな事、耐えられません!」


 成る程、記憶の味や匂いまでは支配されてないのか……


「じゃあ、これを見て美味しそうに思えた?」


「はい! 味が無くなってから食事らしい食事をしていなかったので、この様なちゃんとした料理を見ると、味や匂いを思い出します。」

「しかもこれらの料理、王宮の料理人が作った物レベルですよね。

 当時のご馳走の味が口一杯に溢れ出して、思わずヨダレが出てしまいます。」


 そうなのか、この世界の元々の食料事情を知らないけど、この食品サンプルの料理は相当上等品の食事内容だったんだね。



 ……もしかして、コレいけるかもしれないぞ!


「魔王へ料理対決は、どうやってすればいいんだ!?」


「魔王城へ決闘を申し出るんです。

 決闘の内容はこちらが選べますが、今まで勝てた者は誰もいません……」


「……負けると、どうなるんだ?」


「魔王に、その勝負で使われた全てを奪われてしまいます。

 レシピ、その料理に使われた調理法、味や匂いの記憶、料理の名前、その存在全てを。

 そしてその料理は、我々の記憶からも知らぬ間に奪われていきました。」


 ……つまり、俺が負けても、この世界の人達には影響ないんだな?

 俺が、食品サンプルの事を忘れてしまうってだけで……



 魔王を倒さないと、俺は元の世界に帰れないし、この世界の人達は『食』を取り戻せない。

 リスクで言えば、圧倒的に少ない!

 食品サンプルを奪われるのは嫌だけど、戦わないわけにはいかない!




 その日、王宮で昼食を出されたが、とても食べられるような代物じゃなかった。

 栄養摂取だけが目的の食事。

 そのあまりにも酷い食事内容は、『食』を捨てて餓死者が出てしまうほど深刻だという。

 たった一回の食事でこれほど心が疲れてしまうのに、この世界の人達はこれを二年もの間続けてきたのか……

 好物だった料理の味も、思わずお腹を空かしてしまうような料理の香りも、家族と囲む温かい食事も、全てがなくなってしまった……


 思わず涙がこぼれ落ちていた。


 一刻も速く魔王を倒さないといけないという気持ちが湧き上がった。





 道具と材料、完成した食品サンプルのいくつかを持って、すぐさま魔王城へ決闘を申し込みに乗り込んだ。



「ほう、いつぶりだろう。私に『食』を奪われに来たのは」


 そう答えたのは魔王。

 よくRPGとかに出てくるような、黒い肌でツノが生えたマントを羽織っているデフォルトの魔王。


「決闘内容は俺が決めてもいいんだよな?」


「ああ、良かろう。それで私に勝てると思うのならな。

 だが、私は負けない。

 その自信満々の顔が絶望に変わる瞬間を、しっかりと見せておくれ。」


「俺が勝てば『食』を返してくれるんだよな?」


「勿論。勝てばの話だがな。

 貴様は負けて、勝負で使われた全てを失うことになる。」


「その言葉、後悔するなよ?」


「面白い。対決内容を聞こう。」


「対決内容は『このお盆の上に盛り付けられた物で、どちらの方が食べたいと思ったか』の見た目だけで勝負。

 制限時間は30分、材料や道具は自分で用意すること。

 審査に公平性を出すために、どっちが作った物か審査員には分からないようにする。」


「ほぉ、見た目勝負か。初めてのルールだな。

 だが問題ない、どうやったて私が勝つ。」



 いざ、勝負開始!




 流石『食』を操る魔王、高級そうな食材や調味料をバンバン魔法で召喚し、時間のかかりそうな仕込みも調理時間操作で短縮している。


 と、相手の技術に感心している場合じゃない、俺も作らなきゃ。


 いくつかの完成品は持ってきていたから、それをお盆にどう盛り付けていくか。



「……貴様、それは何なんだ?」


 魔王が指差した先にあったのは、樹脂粘土の塊とコンプレッサー。


「みて分からないのか? これは粘土だよ。

 で、こっちはコンプレッサーって言う塗装道具。」


「なぜ、料理対決に粘土なぞ……」


「俺、『このお盆の上に盛り付けられた物で、どちらの方が食べたいと思ったか』の見た目だけで勝負とは言ったけど、『料理対決をしろ』だなんて言ってないよな?」


「貴様ッ……料理対決でないなら、この勝負は無効だ!」


「お前は言っただろ? 『決闘内容は俺が決めてもいい』『俺が勝てば『食』を返してくれる』『その言葉に後悔はない』という俺の言葉に対して『問題ない』って。」


「クッ……ハメやがって……!!」


「『見た目だけの勝負』だ、審査員には公平なジャッジをしてもらうために、匂いを感じられない者たちにお願いする。」


「貴様ァ……!」




 俺はほとんど全部今まで作っていた物を並べただけ。

 実際、粘土やコンプレッサーは魔王を動揺させるための道具だったんだよ。

 結果、魔王は完全に混乱してくれた。

 いくら調理時間を操れるとは言え、余裕の無くなった魔王は俺の食品サンプルに気付いた時にはすでに、新しく料理を作り直す事が出来なかった。


 そうこうしているうちに30分が経過し、料理と食品サンプルが盛り付けられた二つのお盆が、審査員の前に並べられた。


 見た目で勝負と言いながら、匂いも審査基準に入れようと意気込んでいた魔王の料理は、強い香りが食欲をそそる本格カレーライス。

 本格なだけあって、具はほとんどにルーに溶け込み、サイドメニューもシンプルにサラダとドリンク程度。


 対して俺は、完全に見た目だけにこだわった、とんかつ定食。

 ツヤッツヤの炊きたてご飯(食品サンプル)に具沢山の味噌汁(食品サンプル)、大皿にはシャキッシャキの千切りキャベツ(食品サンプル)と大きめのパン粉をつけて狐色に揚げられた程よい脂身のロースカツ(食品サンプル)。




「あのトンカツ、なんて美味しそうな色してるんだ……」

「あの分厚い衣、きっと噛んだ瞬間ザクッて音がするんだろうな。」

「キャベツだって、すごく新鮮そうじゃないか。きっと取れたてに違いない。」

「あの具沢山の味噌汁だって、栄養満点じゃないか!」

「あんなにふっくらとした艶のあるご飯粒、初めてみた……」



 結果、俺の食品サンプルの圧勝。


「わ、私が…… この私が、負けただと……」


「なあ、魔王。お前は、美味しい料理を食べた時や、作った料理を「美味しい」と言ってもらった時、嬉しくないのか?

 みんなから『食』を奪って恐怖で人の心を支配するより、みんなに美味しい料理を振る舞って胃袋を掴む方が、より人々の気持ちを集める楽しみがあると思わないか?」


「胃袋を……掴む……」


「ああ、俺は『美味しそうな物』は作れても、『美味しい食べ物』は作れない。

 お前なら、『食』を奪わずとも『食』で世界の頂点に立てるだろう?」


「……確かにそうだ。完敗だ。

 貴様、名を聞いていいか?」


「ゴンゾー・オーマミューダだ。」


「……良い名だ。」





 こうして、魔王は人々から奪った『食』を開放し、世界に平和が戻った。


 王宮へ戻った俺は、夕食に王宮料理を振る舞われた。

 調理には、王宮のコックと共に魔王も参加。

 大量の料理が振る舞われ、王宮にいたみんなは涙を流しながらそのご馳走を頬張った。


「ゴンゾー殿、本当にありがとう。感謝しても仕切れない。

 褒美は何がよい? 何でも言ってくれ」


「とんでもないです。僕こそ、いい経験ができました。

 そして今、こんなに美味しい料理を振る舞ってもらえた、これが最高のご褒美です。」




 そう言った瞬間、召喚された時のような真っ白い光に包まれた。

 魔王を倒したから、元の世界に戻るのか?

 ……何でこのタイミングなんだよ。飯食わせてくれよ!




 気がつくと、アトリエの作業台に伏して寝ていた。

 外はもう日が暮れていた。


 夢……だったのか……?



 ふと気づくと、俺は右手にスプーンを持っていて、目の前には魔王の作ったカレーライスがあった。

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