第37話 怪盗はやっぱり死ぬかもしれない(二)

 アントニーと柴田が出て行って十五分後。等々力も左近と一緒に、ワンボックス・カーに乗った。


 アントニーに指示された橋は、郊外にあった。車が少ない夜の道を左近が気分良くとばしても、六十分以上も掛かった。


 橋に到着した時間からして、枕が飛行機から下ろされて、車に積み替えられている時間だ。


 等々力は現場に着くと、車の後部座席で怪盗グローリーの格好になった。

 黒いズボンにジャケットを着た。ジャケットにはいくつものポケットがあり、用途不明の小物が多く入っていた。


 頭には、顔を隠すように、トレードマークの白いウサギがついた黒い頭巾を被った。水に濡れても壊れないダイバー・ウオッチを装着する。最後に連絡用のインカムを装備した。


 服装は怪盗というより、夜間行動する特殊部隊の格好に近い。怪盗というと、黒いタキシードが思い浮かぶが、こちらの格好のほうが機能的には動きやすい。


 車を降りると、辺りは暗かった。周りには雑木林しかなく、車も全く通らなかった。


 街灯は一応は設置してあるので、辛うじて灯りはある。けれども、橋の下に入ってしまえば、見つからないだろう。


 川幅は広く、数十mはあった。深さは、わからない。深さもありそうだ。


 橋の下に行くと、青いビニール・シートが掛けられた物体があった。モーター・ボートはなかった。ビニール・シートの下にモーター・ボートがあるのだろうと近づいた。


 ビニール・シートが動いた。誰かがシートの下にいた。気がつき、慌てたが、隠れる場所はなかった。


 いきなり、ヘマをしたと思った。こんな夜遅い時間に黒尽くめの人物がいたら、泥棒だと思われる。怪盗なので、泥棒には間違いないのだが。


 シートの中から現れた人物が、懐中電灯で等々力を照らした。なんといいわけしようかと思案していると「お前が、グローリーの仲間か」と広東語訛りのある、聞き覚えのある日本語が聞こえた。


 声の主のリーさんだとわかって、ほっとした。


「そうです。俺がボートに乗って待機する役です。リーさんも配置に着いてください。もうすぐ、仕事が始まります」


 リーも等々力だとわかったのか、声から険が取れた。


「お前、今度はグローリーの影武者するのか? 器用な奴あるな。でも、少し仕事、選んだほうがいいあるよ」


 暗殺者の身代わりを依頼してきた人物の言葉とは思えない。


 言われなくても、仕事は選びたい。もっと、ローリスク・ローリターンの仕事をしたい。けれども、経営者が頭のネジが吹き飛んだような人なので、もう、どうしようもない。


 リーは素早く、ビニール・シートを畳んで紐で縛った。リーは、モーター・ボートから五十㏄バイクを下ろして跨ると、ヘルメットを被り、ギターケースを背負って去っていった。


 ポケットの中にペンライトがあったので、モーター・ボートを照らした。

 モーター・ボートには、すでに弾痕があった。エンジン周辺には箱を置かれていた。爆発擬装用の火薬だ。


 量が多い気がする。でも、きちんとプロが計算しているなら、音や光は大きくても、威力は低いだろう。


 インカムからモーター・ボートを押して、河に浮かべて乗るように指示が聞こえてきた。


 モーター・ボートをして河に出して乗ると、自動でエンジンが掛かった。


 等々力は操縦席に移動した。等々力は何もしないが、ゆっくりとモーター・ボートは河の真ん中まで進んで行って停まった。橋の下は真っ暗で、ほとんど何も見えなかった。


 モーター・ボートから離れた場所で河の表面で何かが光った。光は合図をするように左右に揺れた。川底に待機するダイバーがきちんと配置に着いている合図だ。


 等々力も準備が整った状況を知らせるために、ペンライトを振って合図をした。相手に意図が伝わったのか、光は消えた。


 細工は万全だ。こまでは、予定通りだ。あとは、アントニーが乗ったモーター・ボートがリーさんに追われてやって来るはず。河に飛び込むタイミングさえ間違わなければ、全てが終る。


 時計を確認すると、午前一時三十二分。アントニーが枕をスリ替えた頃だろうか。

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