第34話 世にも困った共同戦線(六)

 郊外の別荘に等々力を乗せた車が走ってゆく。別荘は静かな場所にあった。街中では聞こえない鳥の囀りが、木々の間から聞こえてきた。


 別荘地の入口にあるゲートを越えて、車でさらに奥に七、八分ほど進んだ場所にチョウ大人の住む別荘があった。別荘は二十LDKほどありそうな、大きな洋風の白い物件だった。


 左近の運転する車から降りた。等々力は急遽、作らせた黒のイタリア製のスーツ姿。脇には名画の入った箱を抱えていた。


 車を降りるとすぐに、リーが出迎えた。だが、あまりいい顔はしてなかった。


「銃声が届く範囲の土地みんなチョウ大人が買ったね。ここなら人間、埋める場所も事欠かないよ。お前、大丈夫なのか、チョウ大人、怒らせたら、生きて別荘から出られないね」


「チョウさんって、怒りっぽい人?」

 リーが驚いて、上ずった声を上げた。


「お前、ひょっとして、チョウ大人のこと、なにも知らないで来たのか」

 等々力は正直に告白した。


「うん、全くわからないね」

 リーが呆れた顔で一度、等々力から視線を外した。


 リーが向き直って真剣な顔で忠告してきた。


「アントニーの頼み、聞かなきゃよかったよ。それで、チョウ大人に売りたい物って、なにあるか。しょうもないものだったら、命ないよ。私も助けられないよ」


 等々力は「内緒」と口にした。リーは「勝手にするね。どうなっても知らないよ」と断りを入れてきた。


 建物の中に入る前に箱の中に爆発物がないか、武器を携帯してないかチェックされた。ボディ・チェック後、四十畳ほどの応接室の中に入った。


 窓側にチョウ大人の護衛かと思われる人物が五人も並んで立っていた。チョウ大人の両脇にも護衛が立っていた。


 チョウ大人は立派で長い鬚を蓄えた、顔には深い皴がある、身長が百八十㎝を越える大男だった。


 真っ黒な瞳の眼光は鋭い。六十歳だそうだが、年齢より若く見えた。精悍にして、貫禄がある人物だった。漂う空気は、今まで会ったどんな人物よりも、重厚感と圧迫感があった。


 樫の古木でできた十mの長テーブルを挟んでも、凄く近くに感じた。

 リーが椅子を引いて、等々力を座らせようとすると、チョウ大人が軽く手で制した。


 チョウ大人は等々力を椅子に座らせる前に、鼻で笑って開口一番に言った。


「帰りたまえ、日本人よ。どんなに着飾ろうと、私は取るに足らない人間は、一目見ればわかる。逆に裸であろうと、優れた人物も一目でわかる」


 チョウ大人の言葉は本当だと思った。


 これは相当な大物でなければ相手にしてくれそうにない。けれども、等々力が会ってきた中でチョウ大人に匹敵する大物といえる人物はいなかった。


 アントニー、リー、ガニーでは全くダメ。ならば、もういっそ、とんでもない歴史上の大物になってやろう。


 高校時代に学祭で三国志演義の『官渡の戦い』の人形劇をやった。等々力は曹操の人形を任された。人形劇とはいえ、曹操を演じるに当って、納得の行く雰囲気を出すのに、かなり苦労した。


 苦労したが、当時の曹操の演技は、とても受けが良かった。

 等々力は勝負に出た。おもむろに、上着、ワイシャツ、ズボンを脱いでいった。


 等々力が脱ぎ始めると、慌てたリーが「馬鹿、やめるね。失礼あるよ」と止めに入った。それでも、脱いだ。


 Tシャツとパンツだけになって床に胡坐を掻いた。一見すると非常に滑稽であり、年長者を馬鹿にしているとも取れる光景。


 等々力が服を脱いで座り終わると、チョウ大人の護衛の一人が「この非礼、我慢ならぬ」とばかりに等々力に歩み始めた。


 等々力は、今だと自作した曹操の空気を纏って、チョウ大人を挑戦的に仰ぎ見て「では、これなら、よろしいでしょうか」と声を発した。


 等々力の声が、若き英傑の発声のように響いた。

 等々力の肩に手を掛けようとしていた護衛ですら一瞬、手を止めた。


 チョウ大人がすぐに「等待!(まて)」と護衛に向かって号令を発した。

 その後、しばらく、チョウ大人と睨み合った。


 チョウ大人の護衛も、場に流れ始めた異様な空気を感じているようだった。主が何も言わないので、護衛は等々力を抓み出せず、かといって元の位置にも戻れなくなった。


 チョウ大人が一唸りしてから、冷静な声を掛けてきた。

「服を着て、座られよ。とりあえず話、だけは聞こう」

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