第22話 誘拐事件決着(四)

 次の日、お昼過ぎまでボーッとゲームをしていると、家のチャイムが鳴った。新聞か宗教の勧誘だろうと思って黙っていると、中々帰らなかった。


 ドアの覗き窓から覗くと、ジャケットとズボンといったフランクな格好な左近が立っていた。


(なんか、嫌な予感しかしないが、出ないわけにはいかないな)

 等々力がドアを開けると、左近がするりと部屋の中に入ってきた。


 等々力は遠回しに、帰って欲しいと伝えた。


「あの、なんの用ですか、左近さん。俺は今、一人で休息をとっているところなんですけど」


「私、今から銀行に行くから、一緒に来なさいよ」


 食事に行く、ないしは、ショッピングに行くなら、わかる。なぜ、金融機関に行くのに人を誘うんだろう。


 等々力が不審に思っていると、左近が促した。


「ほら、ぼやぼや、しないで。前回、渡した十万ユーロ、持ってきなさい。家に多額の現金を預けると危険だから、預けないさいよ」


(あれ、これ、ひょっとして、俺からお金を騙し取りに来たのかな)

 等々力が疑うとすぐに、左近が等々力の心の中を読んだかのように笑顔で応えた。


「別に、等々力君からお金を巻き上げようってわけじゃないわよ。ただ、これからの仕事を引き受けていく事態を考えると、表沙汰にできないお金を預かってくれる銀行を知っていたほうがいいでしょ」


 学生が十万ユーロをいきなり預金しに行ったら銀行は不審に思うかもしれない。金の出所だって、綺麗なものではないので、税務署に説明できない。


(話だけでも聞いてみようか)

 等々力は風呂敷に包まれた十万ユーロを持って、左近と一緒に出かけた。


 左近に連れて行かれたのは、街中ある大手外資系生命保険会社のビル。左近がビルに入って、関係者専用エレベーターに乗った。


 関係者専用エレベーターに黒いカードを通すと、十二階までしか表示されていないエレベーターが十三階に上がっていった。


 エレベーターが開くと、数m先に丈夫そうな透明なゲートがあった。ゲートの付近には軍人のようなガードマンが二人、立っていた。


 左近がガードマンに黒いカードを提示して「今日は知り合いが口座を作りたいというので連れてきわ」と説明する。


 ガードマンが「失礼」とカードを受け取った。ガードマンがゲート横にある詰め所の係の男にカードを渡した。受け取った男がカードを機械に通して、確認する。


 ゲートがスライドして開いた。ゲートを通り過ぎるとき、詰め所の中を見た。中には、もう二人の男がいた。壁には日本なのに当然のようにショットガンが置かれていた。どう見ても、堅気の人間が利用する金融機関ではなかった。


 ゲートの先に受付になっており、すぐに、個室に通された。


 個室は木目調の落ち着いた雰囲気の部屋で、カウンターを挟んでパソコンが一台あるのみ。椅子に座った。体を包み込むようにとても良い座り心地だった。


 座ると、愛想の良さそうな、ナイス・ミドルといった銀行員が出てきた。同時にメイドさんのような格好をした女性が、高そうなティカップに紅茶を淹れて出してくれた。


 銀行員は左近を知っているらしく、愛想よく挨拶してきた。

「左近様、今日はどのようなご用件でしょうか」


「今日は知り合いが口座を作りたいというものですから、連れてきました」


 等々力は高級すぎて馴染めない雰囲気だった。とりあえず、風呂敷を広げて十万ユーロを机の上に置いた。


 銀行員が申し訳なさそうに申し出た。


「左近様、申し訳ありませんが、当銀行は口座を作るに当って、最低預金額は百万ドルからとなっております」


(なんだと、銀行に預金する最低金額が百万ドルって、どんな銀行だよ)

 等々力が何も言わないと、左近が意外そうに口にした。


「あら、三百万ドルからじゃなかったの?」

「はい、規約が改定になりまして、ご利用になりやすいように百万ドルからになりました」


 左近が、なぜか渋い顔をした。

「エタナール・オフィシャル・バンクが最低預金額の引き下げとはね。裏の世界も不況なのね」


(これはもう、別の世界の話だな。というより、俺なんでこんな場所にいるんだろう。十万ユーロがこれほど小さく見えたの、初めてだよ。早く紅茶を飲んで帰ったほうがいいな)


 左近が等々力を指して、平然と口にした。


「私の口座から三百万ドル下ろして、この十万ユーロと合わせて、口座を作ってちょうだい」


 銀行員は「かしこまりました、準備しますので、少々お待ちください」と席を外した。


 等々力はすぐに止めようとしたが、口がうまく回らない。

「ちょ、左近さん、報酬、三百万ドルって、ええー」


 左近が澄ました顔で発言した。

「前回の仕事の残金と、次の仕事の報酬を加えるから、別にいいわよ」


(この人、何、怖いセリフを言っているの。仕事の報酬が三百万ドルって、おかしいよ。もう、世界を裏で動かしている富豪を暗殺する一流スナイパーに払う金額だよ)


「ちょっと待ってください。左近さん次の仕事ってまだ、引き受けるっていってないですよ。それに中身も詳しく知らないです」


 左近が平然と言ってのけた。


「仕事の内容は帰ったら、詳しく説明するわ。もし、断るなら、帰ってから断ってよ。こんなところで、たかだか三百万ドルを払う、払わないで、揉めたくないわ」


「たかだか、三百万ドルって、左近さん、貴女はいくら貯金があるんですか?」

 左近は少し嫌そうな顔をして発言した。


「もう、そういうセリフは、こういう場所では言わないで欲しいわね。ムンクの『叫び』は買えないけど、ゴッホの『ひまわり』を買えるくらいよ」


(うん、もう、金銭感覚がわからないや。でも、どちらの名画も、一千万ドル以上した気がする)


 等々力がまだ何か言おうとした。銀行員が戻ってきて「書類に記入をお願いします」と丁寧に依頼してきた。話は打ち切りになった。


 書類に記載するとすぐに、有名カード会社のブラックカードが渡された。一緒に、『等々力様専用ダイヤル』が記入されたカードも貰った。

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