第5話 Sランク冒険者(?)ラビィとの出会い

 ラディナさんに手を引かれ、街外れ丘の巨木からしばらく何もない草原をひた走る。


 やがて、見えてきた林の中にゴブリンの集団がたむろっていた。


 林の入り口に着くと、木の陰に身を隠す。


 囚われている五人はあそこか……。


 ゴブリンは一〇体……親玉のオークが一体か。


 檻の周囲を見回っているゴブリンが厄介だな。


 木の陰から魔物たちの様子を見ていると、ラディナさんが耳元で囁いてきた。


『フィナンシェ君。囚われている子たちはあたしが逃がすから、オークとゴブリンたちの目を逸らせる?』


『ええ、オークとゴブリンは俺が引き付けますから、その間にみんなを逃がしてください』


 剣の威力を過信するつもりはない。


 だが、俺も剣の才能がないとはいえ、いっぱしの冒険者である。


 さっきの具合で戦えば、ラディナさんがみんなを助けて逃げ出す時間を稼ぐくらいはできるはずだ。


 俺は剣を握ると大声を上げ、魔物たちに挑みかかった。


「うぉおおおお! こっちだ! こっちにこい! 俺が相手だ」


「冒険者!? 棲家ヲシラレルト厄介、アノ小僧、ミンナ、オイカケロ!」


 リーダーのオークが俺を追うよう、配下のゴブリンに指示している声が聞こえた。


 しめた! こっちの陽動に引っ掛かってくれた。


 オークを始め、たむろっていたゴブリン集団が俺を追い始める。


 がら空きになった檻へラディナさんが近づき、解体スキルで檻を壊したのが見えた。


 そして囚われていた子たちの救出を始めている。


 檻から十分に離れた場所に着くと、追手のゴブリンに向き合い剣を構えた。


「よし、ここらへんでいいかな。俺が相手になってやるから来い!」


 ガァアアアアッ!!


 ゴブリンたち自らの武器を掲げ、敵意を剥き出しにする。


 そんなゴブリンたちを伝説品質の鉄の剣で次々に断ち斬っていった。


「オマエ、ツヨイ。デモ、ケンノウデチガウ!」


 配下を殺され激高したオークが大刀を手に俺に挑みかかってきた。


 オークが言う通り、俺に剣の腕はない。


 それは知っているが、腕の無さを補って余りある武器の強さがあった。


「喰らえっ!!」


 オークに向かって駆け出し、気合と共に横薙ぎの斬撃を繰り出す。


 よく切れるナイフで柔らかい肉を切り裂く感触があった。


「グフゥ……バカナ」


 オークの身体は、俺の剣で大刀ごと横一文字に両断され崩れ落ちた。


「ふぅ、やっぱりスゲエなこの剣……武器ごと斬れるなんて……」


 俺が剣の威力におどろいていると、周囲では倒されたゴブリンやオークが魔結晶に変化していた。


 魔結晶は倒された魔物から生成され、魔力の源にされたり、冒険者ギルドが買い取ったりしてくれている。


 一応周りにいた魔物はすべて倒したし、戦利品として魔結晶も集めておくか。


 せっかくいっぱい倒したんだし、お金は稼いでおかないと。


 落ちていた魔結晶を拾っていると、背後から声をかけられた。


「お、おい! 小僧! ワイを助けるんや!」


 声のする方を見ると、木の檻の中に左目に眼帯を付けた兎顔の小柄なモフモフの獣人がいた。


 服装からして冒険者っぽい感じかー。


 ただ、獣人だから年齢不詳だよな……。


 若いのかな? でも、俺より下ってことはないよね。


「え、えっと。どちら様です?」


「ワイは、リッカート皇国に産湯を浸かり、諸国を股にかけて冒険を行う大冒険者エルンハルト・デルモンテ・ラバンダピノ・エクスポート・バンビーノ・フォン・ラビィだ」


「なっが……」


「おいっ! 小僧! ワイの神聖な名前を『なっが……』で済ませるんやない!」


 檻の中でぴょこぴょこと兎顔の獣人が跳ねて憤慨していた。


「いや、ちょっと長いんでラビィさんでいいですか?」


「お、お前! ワイの名前を勝手に略すなやー! お前、ちょっとこっちこいや! いてこましたるぞ!! ワレ!」


 ラビィさんが檻をガンガン叩いて抗議していたが、モフモフ毛の兎が暴れている姿はなんだか癒される姿だった。


「じゃあ、殴られたくないんで助けないでいいですか? ラビィさん?」


「ちょ、ちょ、ちょ待てや!! ワイを置いてくとか、お前罪悪感とか感じないんか!」


「うーん……そう言われると」


「そやろ。さぁ、助けんかい!」


「でも、やっぱ殴られそうですし……」


「こんなか弱いワイが檻に閉じ込められたまま、衰弱死したら夢に出たるからなっ! お前が寝てるところに化けて出て、ワイの耳で窒息させたるっ! 覚えとけー! えっぐ、えっぐ」


 半泣きのラビィさんが檻にしがみついて助けて欲しそうにしていた。


 その必死の姿を見ていたら可哀想に感じてしまった。 


「嘘ですよ。ほら、檻を壊しますから、そこどいてください」


「お、おぅ、小僧、話しが分かるやんけ! 名前はなんて言うねん? 見どころあるから聞いたるわ! こう見えてもワイはSランク冒険者様やからな。色々と人脈を持っとるで。ほら、これがワイの冒険者カードや」


 ラビィさんが懐から取り出した冒険者カードは最上級クラスのSランクを示す金の縁取りが付いていた。


 トップランクのSランク冒険者が、なんでオークの檻に囚われているか謎だけど、最下級ランクのFランク冒険者の俺が知り合いになれるチャンスは今しかなかった。


 助けたら、もしかして俺とパーティーを組んでくれるとかっていうのは夢の見過ぎかな。


「俺はフィナンシェと言いますよ」


「フィナンシェか、ワイは使える男の名前はすぐに覚えることにしとるでな。お前の名前は覚えたるわ!」


 俺は手にしていた剣で木の檻をぶった斬る。


 ガラガラと音を立てて崩れた檻から、ラビィさんが転がり出てきた。


 そして、ラビィさんがこちらに駆け寄ってくると、目を細めて俺の剣を物珍しそうに見ていた。


「ところでフィナンシェ。お前、この剣どこで手に入れたんや? さっきもオーガの大刀ごと身体を両断してたやろ!」


「えっと……その……あの、自分で作り出しました」


 嘘は言ってないもんな……。


ラディナさんの力を借りたとはいえスキルの力を使って、自力で作り出したし。


「ブホッ!! お前、マジかー! その歳でこんな業物の武器を作れる腕をもっとんのかいなぁー! えろう、腕のいい職人やのー」


 目を細めて剣を見ていたラビィさんが、俺の持つ剣の品質に驚いていた。


 そして、俺のことを腕のいい鍛冶職人か何かと勘違いしているようだ。


「い、いえ。俺は冒険者ですよ。これはスキルの力で――」


「お前みたいのが冒険者で、さらにこの剣はスキルの力やと? 『鍛冶技能神』とかでも持っとんのかいなー。お前の歳でこんなレベルの剣を作れる奴なんて見たことないでぇ。そうや、この剣ワイに預けてみーひんか?」


 左目に眼帯を付けたラビィさんがニヤリと笑いながら、俺の剣を自分に預けてくれと言ってきた。


 その時、背後から現れたラディナさんが、ラビィさんの耳を掴み上げていた。


 誤って解体しないよう、キチンと頑丈な革の手袋をしてくれていた。


「いたたたたっ! 誰じゃい! やめんか! ワイのラブリーな耳が千切れてまうやろが!!」


「なんだか口の悪い兎ね。フィナンシェ君から剣を掠め取ってどうするつもりよ。お腹も空いているし、いっそのこと皮剥いで鍋にする?」


 鍋にすると言われた瞬間、それまで威勢のよかったラビィさんがカタカタと震え始めた。


「わ、ワイなんか食べても美味しくないで! ひぃいいい!」


 震えるラビィさんの下半身から、滴がポタポタ漏れ出していた。


「きゃ! なんで漏らしてるの! もう、ばっちいわね」


 漏らしたラビィさんにビックリして、ラディナさんが耳から手を離した。


 すると、地面に降りたラビィさんが脱兎如く、素早い動きで俺の後ろに隠れた。


「この暴力女がっ! ふざけやがって! この大冒険者たるエルンハルト・デルモンテ・ラバンダピノ・エクスポート・バンビーノ・フォン・ラビィの大事な耳をガサツな手で引っ張りやがって!」


「名前なっが……」


「お、お前もかっ! ワイの神聖な名前を――ムグゥウウウ」


 とりあえず、うるさいので俺はラビィさんの口を塞いだ。


 だが、ラビィさんは俺の手を払いのける。


 飛びかかりそうな勢いの彼を抱き止めることしかできなかった。


「あんまり舐めたことすると、そのデッカイ乳ごといてこましたるぞっ!」


「失礼なやつね! フィナンシェ君、この口の悪いお漏らし兎を解体していいかしら?」


「ダメですよ!」


「しょうがないわね、フィナンシェ君がそう言うなら我慢しておこうかしら……で、なんでこんなお漏らし兎がいるの?」


「そこで囚われてたから助けました。Sランク冒険者だそうですが、悪い人ではないと思いますんで」


「ふーん、こんなのがSランク冒険者なの? 少なくとも口の悪さだけはSランクかもしれないけど……」


 ラディナさんが、ラビィさんをチラリと一瞥する。


「なんやねん! この乳デカ狂暴女は、人のこと――むぐうぅう」


 喧嘩に発展しそうな感じだったので、もう一度、ラビィさんの口を塞いで話題を変えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る