2.戦いの始まり その2

 早春に始まった戦いは、司令塔のティズを欠いたまま春を超え、聖霊祭の季節を迎え、夏がそこまで来ていた。長雨の時を迎える時期である。

「もうすぐ、長雨の季節に入るわ。谷は帝国よりも早くその季節を迎える。帝国はまだ雨が来ていないから、川の水位が上がることを予想していないでしょう。彼らの進軍を促し、川をせき止め、雨によって水位が一気に上がるのを利用しましょう」

 ファティマ・ドウルの空読(そらよ)みから、作戦が練られた。夏に入る前の長雨に合わせて、彼らの進軍を促し、氾濫した川で押し流す、というものだった。

「しかし、彼らもタークは使うでしょ?」

 ラクアが疑問を挟んだ。

 タークとは、猛禽類のタークという鳥を使った連絡手段のことである。帝国もタークを使用しての情報収集は行っているはずである。ラクアの疑問も最もだった。

「確かに。では、そこを利用しましょう。近隣のターキン(ターク使い)を探って、彼らの情報を操作するといい」

 早速ティアラの指示で、一隊がターキンの情報操作に谷を後にした。

 残りの谷の戦士は通常通り、帝国を相手に戦っていた。ラクアとキアルは先頭に立って彼らの軍を拡散していく。そうして、森や渓谷のトラップに彼らを誘い込んだ。長雨の知らせが来るまでは、このまま時間稼ぎをしなければならない。できれば、彼らの数を減らし、帝国が応援を頼んで数が増えてくれることも目論んだ。

 昼は抗戦し、夜はお互い休む、という持久戦が採られる。帝国も、慣れない行軍に疲れが見えていた。

 タークからの知らせを待つ日々。帝国が一旦撤退を仕掛けた時、ラクアは大きな賭に出た。見るからに軍の指揮官と思われる隊に自ら戦いを挑み、大将の首を取らんと切り込んでいく。指揮を後輩に譲ったタージとラムカを左右に従えて、彼らに応援を受けながら、ラクアは進んだ。

 隊の真ん中で、彼女の剣を受けたのは、あの鈍色の赤い甲冑の男だった。彼女の流れるような険捌きを躱しながら後退はしなかった。ラクアの実力は、師匠のラジルも認めるところだ。それを対等に戦うと言うことは、男の実力も相当だと言うことだ。

 ラクアの背を囲んで、タージとラムカが背中合わせに周囲に目を向ける。ラクアは後ろの守りを彼らに任せ、男と対峙した。

 ラクアと男は、互いににらみ合いながら距離を測っていた。じりじりと、相手の動きを見ながら、時計回りに少しずつ移動する。帝国の兵がその周りを囲む。こちらもタージとラムカの睨みが利いて、じりじりと歩を詰められずにいた。

 緊張した時だけが過ぎていく。

 そこへ、ヒューとどこからか、鏃(やじり)が飛んできた。男が気を取られ、瞬間ラクアが反応した。ぐっと足を運んで、男に切り込む。男は鏃を剣で飛ばしてラクアの剣から身を翻すと、横に飛んだ。そこに間髪入れずにラクアが切り込んでいく。男は辛うじて、ラクアの剣を自分の剣で受け、力任せに彼女の剣を弾く。ラクアが体勢を崩した時、また、鏃が飛んできた。男は態勢が整わないまま、避けきれずに肩にそれを受けた。うう、と反対の手を肩に当て、男が膝をつく。

 その時、帝国側の伝令兵が死んだタークを手に、戦いの輪に走り込んできた。

「陛下、大変です!」

 声を荒げて、そう叫んだ。肩に鏃を受けた男が、その伝令兵の方を見た。

「何事だ」

 彼らを囲んでいた兵士の中から問う声が上がる。ひと際大柄な男だった。

「タークからの連絡を待っていたのですが、我々のタークが森で死んでいるのが見つかって…」

 大柄な男は、ラクアの前に跪いている男と視線を交わした。そして、手にしていた剣をラクア目掛けて投げ打つ。ラクアは寸ででそれを躱したが、赤い甲冑の男と距離を作ってしまった。

 甲冑の男が立ち上がり、声を上げた大兵(だいひょう)がそばにいた兵士の剣を奪って、ラクアと赤い甲冑の男との間に割って入った。ラクアは身構え、じり、と一歩後退した。

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