2.戦いの始まり その1
帝国は、アルン公国を配下に下した後、すぐにティカルに再度の意思を確認してきた。
曰く、帝国の配下に下る意志はないか、と。もちろん、ティカルはその意志はないと帝国に返事をした。
帝国からギナス帝の使者が訪れ、再度に渡って配下に下ることを求められたが、そこでも巫女姫と村長の二人はそれを断った。使者が帰った後、帝国から力を持ってティカルの地を帝国の支配下とする、という書状が届いた。文字通りの宣戦布告である。
ティカルは、近隣の国々に、自分たちの立場を伝える書状を送り、応援を募った。聖地の窮地とあって応援を約束する国もあれば、帝国に怖れを成して口を噤む国もあった。既に帝国の支配下に下っている国もあり、ティカルの立場はいいとは言えなかったが、それでも水面下での味方は帝国よりも多いと思われた。
深い谷の奥に隠れたように存在するティカルは、地理的に有利な面を持っていた。ティカルに近づく手段は渓谷に沿った細い道しかなく、谷を流れる川の水位によってはそこすら通れなくなる。森を切り開くには標高が高く、作業する手間の方がかかってしまう。川は急で川を上って輸送することもできず、大砲も持ち込むことは難しかった。それ故に、ティカルは二千年に及ぶ独立を保てたのであり、不可侵の地として存在することができたのだ。
春の声が森から聞こえはじめた早春、戦いは帝国の進軍から始まった。
高らかにラッパを鳴らし、着飾った騎兵を先頭に、渓谷の道を騎兵隊と歩兵隊が進んでいく。歩兵を前後に従えているのは、帝国の司令官と思われた。鈍色の赤い甲冑と兜をまとい、赤い飾りをつけた黒馬に乗っている。兜に隠れ顔立ちは分からないが、見た目の若々しさから、三十にも満たないように思われた。
キアルとラクアは谷の森に身を潜め、高みからそれを見下ろしていた。
進軍している軍の数は五千騎ほどに見える。谷での戦いの不利を見て、数を控えたようだ。対する谷の守り人たちは千を超えない。数の上では、どう見ても不利であった。帝国は代わりの兵を幾らでも調達が可能だ。
初戦は、帝国が撤退することで終わった。森の木々を切り倒し、森を進む帝国の進軍を押さえ、丸太で敵を押しやったのだ。
谷と森の地理に卓越した知識を持っている谷の人々は、自然を上手く利用しながら、彼らと抗戦した。無駄な命は落とさず、無駄な力も使わず、川や森や勾配を利用して、最大限の力を発揮する。帝国軍は、予想に反して、苦戦した。時に、浅い春の雪に谷が埋まり進軍能わず、時間だけが過ぎていく。その間に、谷の守り人たちは英気を養い、体を休めた。
体力的な問題から言えば、帝国軍が明らかに有利だった。けれど、聖地を守る戦士たちの志は高かった。そして、それを支える近隣の人々の物資の応援も篤かった。
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