1.聖霊祭 その3

 夜半が過ぎ、丸い月が天上に差し掛かった頃、聖霊祭の宵の部である、月読みの舞いが行われた。昼の剣舞いと違い、緩やかで厳かな踊りだった。ラクアにとって、谷の守護神に選ばれて二度目の神楽舞いである。昼よりも長めの薄衣をまとい、ティズやティアラと共に流れるように舞い踊る。剣は手にしていたが、昼のような力強い舞いではなく、ティズは短い剣を両手に踊った。ティズを中心に、ラクアとティアラが対称的に長剣を振るいながら舞う。そうして、月がちょうど天頂にかかる頃、月を抱くように剣を掲げ、三人の舞いが終わった。

 巫女姫であるファティマ・ドウルが水瓶の水を、ラッカイと呼ばれる木の枝につけて見物の者たちを清めるように左右に払った。何度か方向を変えてそれを行い、人々は伏して清め祓いを受け止める。それが終わると、人々はその清めの水を口にし、残った水を小さな瓶などに分けてもらい、持ち帰る者もいた。

 今年も、聖地の聖霊祭は滞りなく終わった。けれども、それは表向きで、ティズのアルン公国への遠征、帝国の偵察など、ラクアたちの胸の内は穏やかとは言えなかった。

 この祭りの後、程なくしてティズはファティマ・ドウルに言われたように、南にある、海に三方を囲まれた小さな国アルン公国へと赴いた。渓谷の地の守護神たちは、ときどき国々の平和を守るために、雇われる形で他所の国に赴く。彼らは見目が麗しいだけでなく、剣技を極め様々な教育を施されている。派遣されたどの国でも重宝される存在だった。

 アルンでも、ティズは軍を指揮する将軍として招かれた。秋になっても帰ることなく、秋の大祭ではティズに代わり、ラジルの言ったようにキアルが舞い手を勤めた。キアルは次代の守護人と言われるだけあって、しなやかな若木のような若者で、栗色の髪と青い瞳の美しい風貌をしていた。

 キアルは、秋の大祭、つまりダーマ神に捧げる豊穣の祭りでティズが踊るはずであった舞いを、彼に代わって見事に踊りきった。

「キアル、剣技も成長したな」

と、師匠であるラジルも満足気であった。

 けれど、剣の技もさることながら、ティズの舞いには何とも言えない優麗さがある。それは、十六を過ぎたばかりのキアルには到底出せないものだった。ラクアが谷の守護人になった時、彼女はまだ齢十七で、今のキアルとそう変わらない年だった。その時も、ティアラやティズの醸し出す優美さには、自分は到底及ばない、と感じたものだ。今のキアルにも、やはり同じものを感じる。

「キアル、ティズが帰還するまでは、あんたが代役よ。今後も精進してちょうだいね」

 先輩らしく、ティアラがキアルの肩を叩いて言った。キアルも、厳粛な表情でそれを受け止める。

「まあ、ラクアの時よりは、ずいぶん上手かったぞ」

 ラジルが冗談めかすように言って笑った。ファティマ・ドウルとティアラもつられて笑う。

「ええっ、そんなこと…」

 ラクアは顔をしかめて抗議したが、内心ではティズの帰還を皆が危ぶんでいることが分かっていた。伝令からの知らせでは、帝国との戦いに苦戦を強いられている、と聞いている。このままでは、アルン公国は帝国に落ちてしまう可能性もあり、その時のティズ自身の進退も危ぶまれていた。

「…来年の聖霊祭も、キアルに頼む可能性もあるからな」

 ラジルは言って、視線を遠くの山々へと向けた。この山の向こう、海峡を越えたところに、ティズはいる。

 ダーマの山々は、朱や黄に山肌を染めはじめていた。ティズが遠征してから、既に半年が過ぎようとしていた。

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