第45話 190cmある女はバカデカイのか?

 音を立てずにそっと背後につく。

 リアは頭から胴体までを袋に入れられ、手は後ろで、両足も紐で縛られている。

 左肩に担いでリアの足を体の前で抱えているのは男の方、女は周囲を警戒しているようだ。


 私に気づいていない時点で警戒には失敗している。


 よし、ではリアを返して……ん?


「へへっ、やっ、たな。これ、で、俺達も、入隊でき、るぞ」


「そうだね、これで認められれば、私等も一員だね」


 入隊? エリーナが居る組織への入隊か?

 リアにはすまないが、もう少し話しを聞いてみよう。


「しかし、こんな、小娘で、認められ、るのか?」


「大丈夫だよ、コイツはピエロのお気に入りだからね、必ず役に立つってロン毛が言ってたよ」


 お気に入り、ねぇ。ロン毛が私達にちょっかいを出しているのか?

 傭兵部隊か? それとも国の軍隊に所属しているのか?

 もう少し詳しくしゃべってくれないか……喋らせればいいのか。


 走りながら落ちている木の枝を拾い、女の足に引っかけた。


「んぎゃ!」


「おい何やってんだ! 素人しろうとみたいな事やってんじゃねーよ!」


 顔面から地面にダイブした女に、男は足を止めている。

 素人はお前もだろう。

 この隙にリアを返してもらおう。


「違う私じゃない! 誰かいるんだよ!!」


「なに!?」


 なんと、男は木を背にしてナイフを取り出し、リアの太ももにナイフを当てた。

 マズいな、足を斬られたら出血が多すぎる。

 運が悪ければ失血死だ。


「おい、誰かいるんだろう! 私だってこんなマヌケな転び方なんてしないよ! 出てきな!」


 女は立ち上がり、同じくナイフを取り出して姿勢を低くして構えている。

 なるほど、ある程度の訓練はしているようだな。

 しかしマズったな、このままでは手出しが出来ない。


「姿を見せないならこうなるぜ」


 男のナイフがリアの足に細い線を入れる。

 血がにじみ、一本の赤い筋が足をつたう。

 チッ。


 ステルスムーブを解除して2人の前に姿を現す。


「めっ、目の前にいたのか!?」


「ピエロといいお前といい、なんで小娘の側には化け物じみた奴ばかりいるんだい」


 突如として現れた私の姿に2人は狼狽ろうばいしている。

 化け物、か。流石にうら若い乙女に言う言葉では無いだろう。

 ちなみに設定上の年齢は23歳だ。


「ばっ、馬鹿でかい女だな」


 ……。


「デカイなりしてどこに隠れてたんだい」


 ……。


「なにやってんだ、弓を捨ててそこをどけ!」


「ほら、邪魔すると小娘の貧弱な足が飛んじまうよ!」


 ……。


 必死に顔が引きつるのを抑えている。

 デカイ……馬鹿でかい……化け物……リアの足を飛ばす、ねぇ。

 落ち着け私。暗殺者たる者は少々のことで動じてはいけない、冷静に、常に冷静に判断し行動するんだ。

 軽い挑発に乗ってはいけない。


 弓を地面に置いて後ろに下がり、2人の進路からずれた。


「ケッ! 喋れないのかいこのデカブツは!」


「図体ばかりデカくておつむがゆるいんだろうぜ」


 不思議だ。

 私は今とても冷静になった。とても冴えわたり2人の動きがスローモーションどころか止まって見える。


 2人は私から目を逸らさずに前を通りすぎ。今は私に体を向けたまま後ろに下がっている。

 約5メートル離れている。良い距離だ。


 右手首を内側に曲げ、革鎧のそでに仕込んである投石紐ロックスリングを取り出して片方の先を手に握り、反対側を指にかける。

 アンダースローで振りかぶると同時に石を中央にセットし、勢いよく振り回して指を離す。

 “パン”という音と同時に石が射出されて男の右肩が破裂する。


「イテ! 何をしやが……ふ、うああああ! 腕が、俺の腕がーー!!」


 腕が無くなった混乱でリアは肩からずり落ちそうになるが、なんとか両腕で受け止めることが出来た。

 ステルスムーブ!

 リアを抱えたまま気配を消し、大きめの木の後ろにリアを座らせる。


「少しだけここで待っていろ」


 返事がない。袋を外すと、どうやら意識を失っているようだ。なら丁度いい。

 男は地面に落ちていた腕を拾って必死に付けようとしている。

 女はその場から動かず震えている。


 あまり修羅場はくぐっていないようだ。

 地面に置いた小型の弓を取り、肩から斜め掛けしている革ベルトの背中から矢を1本取って構える。

 矢筒だと音がするため暗殺には向かない。拳銃の革製弾丸ホルダーの様に5本だけ矢を差してある。


「おい、こっちを向け」


 男が震えながら私を見る。

 矢を放つ。

 眉間に刺さった矢は頭を突き抜け、後ろの木に男の頭ごと縫い付けた。

 何度か残った左手で矢を抜こうとしたが、もう全身の力が抜けて矢にぶら下がっている。


 さて、女には色々と吐いてもらおう。




 大したことは知らなかったな。

 ロン毛は国の軍隊に所属していて、なにやら独自に活動をしているようだ。

 エリーナもそこに所属していて、ロン毛の指示で動いているらしい。

 ロン毛が黒幕か? それともさらに上がいるのか?

 今は分からないな。


 リアを抱きかかえて歩いていると、小さな声と共に目を覚ました。


「う……あう、あえ?」


「気が付いたかリア。苦しい、もしくは痛い所は無いか?」 


 首を横に振る。

 ナイフで切られた足はすぐに血が止まり、傷口もほとんど見えなくなっている。

 変な薬を盛られたのではないかと不安だったが、どうやら大丈夫のようだ。


「気の良いあの夫婦が敵だとは思わなかったな」


 じっと私の顔を見ているリア。

 ああ、いつまでも知らない女に抱きかかえられていては不安だろうな。


「歩けるか?」


「うあ」


 首を縦に振ったので、ゆっくりと地面に降ろす。

 服に付いている枯れ葉や土をはらい、ペコリと頭を下げた。

 そして私の手をひいて馬車へ戻ろうとする。


「すまないが私は行けない。しばらく待てばユグドラが合流するだろうから、馬車で待っていろ」


 しゃがんで、繋いでいる手をゆっくりとほどく。 

 だがリアは馬車へ戻ろうとしない。


「大丈夫だ、私はお前に危害は加えない。安心して戻るといい」


 頭を撫でてやると安心したのか、私の手をにぎって自らの頬に当てて微笑んでいる。

 恐怖心は無い様だ。


「さあ、早く戻れ」


 一礼して小走りで戻っていく。

 リアの姿が見えなくなったら、ユグドラに交代して戻るとしよう。

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