第36話 迫りくる狼の群れ

 トラブルが無ければバールドの街への日数は馬車で4日間。

 荷馬車の数は15台で、護衛の冒険者はアズベルパーティーを含めて32人。

 余程の事が無ければ問題ないだろう。


 俺とリアは馬車群の中心に近い馬車に乗っている。同乗者は2人だ。


「兄さんと姉さんはアレかい? 恋人なのかい?」


 一緒に乗っていた男性(歳は40~50だろうか)は、俺をジロジロ見ながら自分のアゴを撫でている。

 隣にいる女性も同年代に見えるから、夫婦かな?


「そうですね、一応は夫婦です」


「おお~そうかいそうかい。で、サーカス団と別行動って事は、新婚旅行かい?」


 間接的だけど久しぶりに言われたな、ピエロって。


「妻の声が病気で出なくなってしまったので、王都の医者へ行くところです。それと似た格好をしていますが、ピエロではありません」


「あら、ごめんなさいね。ウチの人って何でもズケズケ聞くものだから」


「いえ構いません。妻の声の事はともかく、よくピエロと間違われますから」


 悪い人では無いんだろうな~、愛嬌のある顔してるし、奥さんはすぐに謝ったし。

 まぁ4日間の旅路だ、色んな人と出会うだろう。




 出発してしばらくすると馬車が止まった。

 どうやらモンスターが現れたようで、護衛の冒険者が対応するようだ。

 アズベル達が居れば問題ないと思うけど、相手は何だろう、野生動物や小型モンスターかな?


「モンスターが現れましたので馬車から出ないようにお願いします!」


 馬車群のリーダーらしき人が大声で叫ぶ。

 あまり危機感のない声だけど、大した事のない相手なのだろう。


 遠くから悲鳴が聞こえる。

 人ではなく他の生き物の悲鳴だ。

 遠吠とおぼえや鳴き声からするとイヌ科の生き物だろう。


「無事追いはらいましたので、先へ進みます!」


 静かになり、馬車はゆっくりと動き始める。


 昼食時にはアズベル達と食事をした。

 今朝の事を聞くと、大型の狼の群れが現れたらしいが、特に問題は無かったそうだ。

 

 リアは静かに食べていた。


 


 問題が起きたのは夜だった。

 夕食が終わり野営の為の準備をしていると、あちこちから遠吠えが聞こえる。

 しかも数が半端じゃない、遠吠えが聞こえる場所は全方位、距離は遠くから近くまで様々だ。

 今朝の狼の群れが復讐に来たのかと思ったけど、アズベルに聞くとどうやら違うみたいだ。


「今朝の奴らよりも声が低い。つまり体が大きい種だろう」


「数は100体近く居る気がするけど、大丈夫?」


「何とも言えないな。お前も手伝ってくれ」


「わかった」


 戦いの準備と言っても、俺は背中に担いでいるバトルアックスを手にするだけだ。

 馬車の中で寝る準備をしていたリアに声をかけよう。


「リア、戦いが始まるかもしれないから少し出てくるね。すぐに戻ってくるから待ってて」


 コクリとうなずき、毛布を体にかけてイスに座った。

 よし、後は冒険者達と打ち合わせをして、迎撃態勢を整えよう。


 俺を含めて33名の冒険者の内、魔法使いは4名、弓使いが3名、他は前衛だ。

 基本的にそれぞれのパーティー単位で行動し、俺は遊撃として動き、不利な場所の応援に回る。

 

 キャンプは街道が広くなっている場所で、道を挟んで片側は山が近くにあるため木が多く、もう片方は木がまばらに生えた草原だ。

 草原の草は背は低いが生い茂っているため、狼が隠れる事が可能だ。


 山側は木が多く、反対側は草むらか。

 思った以上に厄介やっかいな場所かも知れないな。


 遠吠えの距離はずっと変わっていない。

 500メートルから1キロ位の距離に居ると思う。

 走るのが速い犬の100メートル走は6秒~7秒だから、30秒~70秒で会敵かいてきする事になる。

 夜でこちらの視界が悪い事を加味かみすると、早期に発見しないと一瞬で狼の波に飲み込まれてしまう。


 しかし距離を詰める訳でもなく、離れる訳でもなく、ずっと一緒の距離にいる理由はなんだ?

 ただの脅しで襲うつもりが無いか、実は遠吠えはダミーか……背筋に寒気が走る。

 遠吠えがダミーだとしたら目的は一つ。


 他の狼達が密かに距離を詰めるためだ。


「アズベル!」


「ああ! 総員松明たいまつを増やせ! 森や草原に投げ込んでも構わん! 奴らはすでに近くまで来ているぞ!」


 アズベルも同じ考えにたどり着いたようで、全体に指示を出し、自らも松明を灯し始める。

 次々に森や草原に松明が投げ込まれると、木々や草に火が移り始め、今まで見えなかった狼の姿が見え始める。


 狼はすでに100メートル以内にまで接近し、街道以外の場所は狼で埋め尽くされていた。

 タイミングを見て襲い掛かるつもりだったのだろう。


「弓と魔法を撃ちまくれ! 狼どもを馬車に近づけるな!!」


 アズベルの命令により弓と魔法での攻撃が始まり、それと同時に狼たちは襲い掛かってきた!

 魔法使いの4人は森側と草原側に分かれて攻撃を開始し、マジックアローやファイヤーボールが飛んでいく。

 弓使いの3人は馬車の屋根に乗り、届く範囲の狼に手当たり次第に矢を放つ。


 弓使いは良いが、魔法使いの魔法がマジックアローとファイヤーボールだけなのが気になる。

 第1グループから第3グループの魔法で、いわゆる初心者が使う魔法だ。

 一番上は第8グループになる。


 何とか狼の接近をはばみ、近づく狼も前衛部隊で防ぎきれている。

 この分なら問題は無いだろう。


 しかしすぐさま狼の攻撃が止まり、距離を取り始めた。

 そう、統制が取れているのだ。

 狼をまとめ上げたモノが、ゆっくりと姿を現した。

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