第34話 言葉

 リアはゆっくりと俺を見つめ、口をパクパクと動かしてセキをした。

 喉が乾燥してるのかな、俺は急いで水を汲んできてリアに渡す。

 上半身を起こしてコップを受け取り、一気に水を飲み干すと、もう一度口をパクパク動かす。

 あれ?


「リア、どうしたの?」


 まだ寝ぼけているのか、焦点の定まらない目であたりを見回す。

 そして俺の背後を見て表情が一変する。

 後ずさりして俺から離れ、壁に背中を強くぶつけた。


「あああ危ないよ! どうしたの一体」


 震える手で顔を覆い隠し、声を殺して泣いている。

 近づいて肩に手を当てようとすると、激しく暴れて離れていった。

 どうしていいのか分からず、ベッドから離れてイスに座る。


 すると今度は俺の方に走り寄ってきた。

 いや正確には俺の横のテーブルに置いてある薬瓶に駆け寄り、瓶と紙を持ってベッドで布団にくるまった。

 ああ、思い出したのか、自分がしたことを……!?


「ダメだリア!」


 布団を引きはがし、フタを開けようとしているリアから薬瓶を奪い取る。

 危ない、また睡眠薬を大量摂取するところだった。

 何度も俺から睡眠薬を奪い取ろうとするが、これを渡す事は出来ない。

 奪い返すのは無理だと悟ると、ベッドの上で膝を抱えて下を向いてしまった。


「リア、どうして死のうとしたの?」


 何も言ってくれない。


「リア、俺の事嫌いだったの?」


「あうあおおああ!」


「リア?」


 慌てて喋ろうとして言葉が出て来なかったのかな?

 自分でもびっくりしたようで口を押えている。

 

「うあーあうあ、あおあ、あーうう」


 ?? 必死に何かを言おうとしているが、喉を抑えたり、しきりに首を傾げている。


「まさかリア、喋れないの?」

 

 首を縦に振った。


「そんなバカな!?」


 蘇生に成功した時、リアの体の隅々まで診察した。どこにも異常なんて無かったはずだ!

 まさか見逃しがあったのか? それなら治療スキルでもう一度……。


 しかしリアに近づこうとすると、俺を睨みつける。

 どうして、そんな顔をするの? しゃべれなくて不安じゃないの? 俺なら治せるかもしれないのに。

 もう一度手を伸ばすと、リアは下を向いてしまう。


 何もするな、って事なのかな。


 仕方がなくリアから離れてイスに座る。

 と同時にクシャミだ出た。

 ん? ああ、思い出した、俺は裸だ。もちろんリアも裸だ。


 近くに置いてあるリアの服をベッドの上に置き、俺は自分の服を着た。

 鎧は装着せずに、肌着とローブだけだ。

 イスに座ってリアを見るが、服は置いたままで動く気配がない。

 このままだと、本当に風邪をひいてしまう。


「リア、服を着て。風邪ひいちゃうよ」


 反応がない。

 仕方がない、実力行使するしかないか。

 リアの服を手にしてリアに近づく。睨みつけてくるが、今は怯むわけにはいかない。


「ごめんね」


 暴れるが無理やりベッドに寝かせて、下着を着せようとパンツを手にすると、リアに奪われてしまった。

 奪い返そうと手を伸ばすと、リアは立ち上がり、自分で服を着だした。

 よかった。


 服を着たリアはまたベッドで膝を抱えて座る。

 このままじゃラチがあかない。せめて意思の疎通をはからないと。


「ねぇ、本当に喋れないの?」


 首を縦に振る。

 さっきの唸るような声は、何かを言おうとしたけど言葉として発せなかった、って事だろうか。

 どうにかしてリアの気持ちを確かめないと、ずっとベッドに座らせとくわけにもいかないし。

 テーブルに手を置くと、薬瓶と紙が手に当たる。

 どうして自殺をしたのか、どうしてごめんなさい、なのか。


 紙? そうだ筆談ひつだんだ!

 つけペンにインクを付けて、紙と一緒にリアの前に置く。


「リア、どうして自殺なんてしようとしたの? 教えて欲しい」


 しかし筆を手に取る事は無く、俺の問いかけにも反応してくれない。


「俺は人とのかかわり合いが苦手で、あまり沢山の人との付き合いが無かった。そのせいか、知らない内に他の人に嫌な思いをさせた事もある。だから、リアにも嫌な事をしてしまったんじゃないかって思ってるんだけど、せめて理由を教えて欲しい。絶対に直すから」


 首を横に振る。

 嫌な事をしちゃった訳ではないのかな。

 余計に自殺した意味が分からない。




 何もできず、ただ時間だけが過ぎていく。




 会話も何もなく、太陽が一番高い所に差し掛かる辺りで、俺の腹が鳴った。

 そういえば朝飯も食べてないな。

 それよりもリアに栄養を付けてもらわないと、生き返ったばかりで体が弱ってるはずだ。


 何か作るか。


 椅子から立ち上がり、簡易キッチンに立つ。

 えーっと、昨日買ってきた食材がここに置いてあったはず……あった。

 足元の棚の中にパンや野菜が入っている。


 でも俺は料理が出来ないからな、パンを焼いてミルクと果物でもいいかな?

 フランスパンみたいな奴を手ごろなサイズに切り、小さなかまどに火をつける。

 パンを鉄のくしで刺し火であぶるが、一瞬で真っ黒な炭になってしまった。


「あ、あれぇ?」


 火が強すぎたのかな、まきを減らしてもう一度やろう。

 かなりの弱火になり、マッチ棒が10本程度の火力になった。

 これなら大丈夫だろう。

 パンを火であぶろう。


 ボン。


 また炭になった。

 なんで!?

 料理の呪いにでもかかってるのか?


 あ、そういえば前にもこんな事があったな。

 確か塩漬け肉を調理しようとしたら炭化して……料理スキル0の影響か!

 てかパンを焼くのも料理になるのかよ。


 呆然としていると、いつの間にかリアが隣に立っていた。

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