30.ビッチちゃんの○○が判明した!

「なんでマグノリアが学園に通ってないのよ!」


 一拍の後、真っ赤な顔をしてキーキーとビッチちゃんが叫んだ。

 うん、わたしがそこに通ってないとビッチちゃんには都合が悪いからね。


「控えよ、ビッチ・スタイン。マグノリア嬢は所用があって一時的にあの学園に通っていた。これは王宮も把握していることである。そして、普段彼女が通っているのは、王都にある魔法学園だ」

「そんな、なんでよ! ……あっ、そうだ! きっとマグノリアは人を使ってわたしの机に教科書を入れたんだわ!」


 ……あっ、そうだってなんなの? 完全に思いつきの証言じゃん。そんないい加減な言葉が大審議で通じるわけもない。


「……ビッチ・スタイン、あのパーティの後、王宮調査官はマグノリア嬢が紛失した教科書の魔力探知をした」

「えっ、なんでわざわざそんなことするんですか!? マグノリアの教科書なんて、別にどうなってもいいじゃない!」


 自分がされたら大騒ぎするのに、わたしの教科書だったらどうでもいいのか。ビッチちゃん、自分が世界の中心にいるとでも思ってんのか?


「そなたらがパーティで騒ぎ立てた理由の一つに、教科書を隠したというものがあったからだ。それなのに、言われたほうのマグノリア嬢も教科書がなくなっているのは、いささか不自然だ。当然調査の対象となってくる」

「でもっ!」

「……それによって、マグノリア嬢の教科書の行方は分かったが……。出てきた先は、王都スタイン男爵邸のそなたの部屋だった。ビッチ・スタイン、これはどういうことだ。なぜ、そなたの部屋にマグノリア嬢の教科書が、それも破られていない状態であったのだ?」

「──なんで、そんなよけいなことすんのよ! こんなのって人権侵害よ!!」


 逆ギレしたビッチちゃんは、盛大に自爆発言をした。今や、会場中からビッチちゃんへ侮蔑の視線が送られている。

 その恋人のサバス様はといえば、ひどく驚いた様子でビッチちゃんを見つめていた。

 だって、その時点でわたしの教科書破られてなかったんだもんね。この事態はサバス様にとって青天の霹靂へきれきだろう。

 ちなみに、わたしは教科書をなくした時からそのことを知ってたよ。魔力をたどればどこに教科書があるかなんてすぐに分かるからね。

 それをビッチちゃんに言わなかったのは、極力関わりたくなかったからだ。でもまさか、それを破っていじめの証拠品にしてくるとは思ってもいなかったけど。


「義務を守ろうともせずに、権利を主張するなど笑止である。……それから、サバス・パーカーは教科書を購買で再購入していない。もちろんそなたもだ。学年度初頭以外に購買で教科書を購入する際には、購入者がなんらかのトラブルに巻き込まれた可能性があるため、名前を控えるようになっておる。それに名前がなかったということは、そなたらは教科書を再購入していないということだ」

「……ッ!」


 シダースさんによって、再び声を封じられたらしいビッチちゃんが、忌々しげに陛下を睨みつける。それを流して陛下は続けられた。


「──これによって、ビッチ・スタインが教科書をなくしたという主張は虚言、そしてマグノリア嬢が教科書を破ったという証拠の品とやらは、ビッチ・スタインの自作自演の産物であると判明した」

「……ッ! ……ッ!」


 陛下に罪状を突きつけられたビッチちゃんは、今度はわたしを殺しそうな勢いで睨んできた。……おっかないなあ。きっと「悪役令嬢のあんたがなんで責められないのよ!」とでも思ってるんだろうけど。

 そんなことを思ってわたしがビッチちゃんを見つめ返していると、陛下が挙手しているサバス様に目をやられた。……ああ、ちょっと静かになってたと思ったら、サバス様も口を封じられていたのか。


「サバス・パーカー、発言を許す」

「……はい! 陛下、これはなにかの間違いです! 僕の愛しいビッチが自作自演などと、まるでマグノリアを陥れるかのように動いていたとは信じられません!!」


 ……信じられないもなにも、これだけはっきりしてるのに、サバス様なに言ってんだ? 盲目にもほどがあるだろ。


「そなたが信じまいが、まぎれもなくビッチ・スタインは、マグノリア嬢を陥れるために自作自演で罪をねつ造した。裁かれてしかるべきだと思うが」

「……!」


 にべもなく陛下がそうおっしゃると、サバス様は一瞬絶句する。──けれどその後、サバス様はだだをこねる子供のように食い下がった。


「ビッチは追いつめられていたのです! あの優しいビッチがそんなことをしてしまうほど、マグノリアのいじめはひどく……そ、そうだ! マグノリアはビッチが嫌がっているのに彼女の名前を呼びました!」

「…………」


 サバス様のアホな主張に、陛下のみならず、会場中に沈黙が落ちた。名前呼ぶことがいじめって、ツッコミどころがありすぎる。

 そもそも、初対面の時に「ビッチ・スタイン嬢」と呼んだら、周りが引くほどビッチちゃんにブチギレられたので、それからは名字でしか呼んでないよ。


「パーティ会場でもそのことを言及していたな。だが、特別おかしな名でもないのになぜだ? それほど嫌なら、名のうちの他のもの……ビチーナを名乗るとかあるだろう」


 ──ここでビッチちゃんのフルネームが判明した!

 ビッチ・ビチーナ・スタイン男爵令嬢か。うん、実は前から知ってたんだけど。

 悪いとは思いつつ、初めて知った時は吹いたなあ。だって、ビッチちゃんがビッチビチ……お食事中の方、失礼!

 いや、ビチーナはビッチを変形したものだから、似たようなものを続けたりするこの世界の名付けの法則からしたら、それを二番目の名前にするのは別におかしくはない。……ないけど、前世の感覚から言ったら、絶妙に嫌すぎる名前だよね。

 わたしも二番目の名はリリーローザだし(以下花の名前が続く)、お花ちゃんとからかってくる知り合いもいて困ったことはある。

 ……うん、お花ちゃんは、恥ずかしいからやめような? わたしの柄じゃないし。


「ビッチはその名も嫌がっているのです!」

「……理解不可能だが、そんなに嫌な名ならなぜ改名せぬのだ? もしくは通名を使いもせずに名を呼ぶのがいじめなどと、そなたはビッチ・スタインと結ばれる気でいるようだが、それでどうやって社交界でやっていくというのだ? 第一、名を呼ばずにいることなど不可能だ。そのようなおかしな理屈、貴族どころか平民にも通じぬわ。──よって、マグノリア嬢がビッチ・スタインの名を呼んだことはいじめに該当しない」

「……っ!」


 陛下が冷ややかにサバス様の主張を切り捨てると、彼は悔しそうに唇を噛んだ。

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