29.そうは問屋が卸さない!

「しょ、証拠って……?」


 ビッチちゃんはらしくもなくうろたえていた。まあ、そうだよね。さっきビッチちゃんが言ったとおり、誰のものとでも言えるからわたしの教科書破って、わたしに冤罪被せようとしたんだろうし。


「ここに、マグノリア嬢の署名がされている。どの教科書もすべてそうだ」


 陛下が教科書の上部を指されながら、丁寧に説明される。

 よく見れば気づいただろうけど、ろくに確認もせずに行動に移しちゃったんだろうなあ。それでもお粗末だけど。最終的にシダースさんに見せれば、それが誰のものかなんて一目瞭然だものね。


「えっ、署名!?」

「そんな、うそよっ! 一応表紙とうしろ裏返した時は気がつかなかったわよ!」


 ビッチちゃん、お馬鹿だなあ……。教科書がビッチちゃんのものだと思っているのなら、そもそもそんな確認不要だよね? その発言、わたしの教科書を自分が盗みましたって言っているのも同然なんだけど。

 そして、わたしがビッチちゃんの教科書破ったと思って極刑まで求めたサバス様は目を白黒させている。


「真実だ。嘘だと思うなら、自分の目で確かめるがよい」


 陛下はそうおっしゃると、先程の騎士を呼びよせ、指示された。

 騎士は、再び彼らの席へと歩いていくと、まずはサバス様に、それからビッチちゃんへと証拠の署名を見せていった。


「……っ!」

「こ、こんなのって! マグノリア、あんたなんでそんなところに名前書いてんのよ!!」


 驚愕から目を見開いた二人に、わたしはちょっと溜飲を下げる。わたしをめようとして自爆したビッチちゃん、残念だったね、HAHAHAHAHA!

 ことの次第はなんてことない。わたし、教科書の上部に灰色がかった淡い藤色のインクでサイン入れといたんだよね。これなら、ぱっと見は分からないけれど、よく見れば気づくし。

 署名するなら、普通は黒とか濃い色でするものだと思っちゃったんだろうけど、白い教科書上部に使うような代物じゃないからね。なにより目立ちすぎるし。

 ……うん? どうやってサインしたのかって?

 確かに普通に教科書の上部にペンで書いたら、にじんでうまく書けないよね。実は空間魔法の応用で、ページを一時的にくっつけてサインしたんだよ。いやー、魔法ってほんと便利だなあ。

 無駄なことに魔法使ってるような気がしないでもないけれど、わたしは魔力だけはやたらあるし、これは平和的な利用方法だから、別に使ってもいいよね。


「……これで、ビッチ・スタインが持ち込んだ証拠の品とやらは、マグノリア嬢がなくした教科書と判明した。よってビッチ・スタインには、明確な証拠もなしにマグノリア嬢に冤罪をかけた罪も追加される」

「ちょっと待ってください! なんでマグノリアじゃなくてわたしが罪になるんですか!? わたしは被害者のはずです!」

「そうです! これはなにかの間違いで……っ!」


 それまで呆然としていたお花畑たちは、陛下のお言葉を聞くとまた騒ぎ出した。うるさいなあ。

 二人の口を縫いつけてやりたいけど、今大事な審議中だしな。そうできないのが残念だけど、まあ、いよいよとなったらシダースさんが黙らせてくれるだろう。


「……そもそもがビッチ・スタインのマグノリア嬢が教科書を破ったという主張は、ただの推測であり、そうと判断する明確な理由となりえない」

「そんな!」

「お、お待ちください! こんなことでビッチが罪になるなんておかしすぎる! ……そうだ! きっとビッチはマグノリアに嵌められたのだ! そうに違いない!!」


 アホかサバス様、ビッチちゃんのほうがわたしを嵌めようとしたんだよ。ビッチちゃんの今までの言動見てたら、まともな人はそう思うわ。

 わたしがあきれてため息をついていると、隣にいるお兄様が同情するような目で見てきた。……うん、お兄様もそう思ってるんですね?

 すると、ビッチちゃんがサバス様の言葉に活路を見いだしたのか、勢い込んで言ってくる。


「そうです! わたしはマグノリアに嵌められたんです! 第一、マグノリアが教科書をなくしたってのがおかしいのよ! わたしを陥れようとして、マグノリアがわざとわたしの机に破った教科書を入れたんだわ!」

「おお! さすがビッチ、鋭い推理だ! おい、マグノリア貴様、こんな汚いまねをして許されると思うなよ!」


 ……お花畑たちはどこまでもお花畑だった。

 うそをつけば偽証罪になる大審議で、わたしがそんな馬鹿なことをするわけがない。やるのは命知らずなビッチちゃんくらいだよ。


「ビッチ・スタイン。確認するが、その教科書がそなたの机に入れられていたのはいつだ」


 旗色がいいと勘違いでもしているのか、陛下の質問にビッチちゃんは楽しげに答えた。


「えっと、マグノリアがサバス様に婚約破棄されたパーティのちょっと後くらいです! わたしにこんなことするなんて、ほんとにひどいですよね、マグノリアって!」


 ……最初からだけど、ビッチちゃん、陛下に対して言葉砕けすぎてね? そして、求められてもいないよけいな発言入れすぎ。陛下はビッチちゃんの友達でもなんでもないんだぞ。

 一応貴族令嬢なんだから、そこのところ、もうちょっとなんとかならないのか?

 わたしが頭を抱えたくなるような気分でスタイン男爵家の人たちを見やると、ビッチちゃんの父親である男爵は、失神した奥方を支えながら、痛そうに胃を押さえていた。……うん、わたしもこんな電波な家族がいたら、胃に穴が開きそうだわ。


「ビッチ・スタイン、そなたのその主張はおかしい。そもそも、マグノリア嬢が教科書をそなたの机に入れたという確かな証拠でもあるのか」

「ええーっ、なんでわたしのこと信じてくれないんですかぁ? 証拠なんて、マグノリアの教科書がわたしの机にあったことで十分でしょ!」


 ……いや、虚言ばっかで信じられないから陛下がおっしゃってるんでしょ? なんでですかも、なにもないよ。

 無理やりうやむやにしようとしてるみたいだけど、これは裁判。そうは問屋が卸さないからね。


「だから、そなたの証拠にもなっていない証言はおかしいというのだ。──それに、そなたらが騒ぎを起こした王太子の生誕パーティのあと、マグノリア嬢はあの学園に通っていない。よって、マグノリア嬢がそなたを嵌めようとしたというそなたの主張は認められない」


 ほとほとあきれかえったようにそう告げられた陛下に対して、ビッチちゃんは信じられないというように目を瞠った。

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