20.恥の上塗り!

「愚かだな、マグノリア! わざわざ裁かれに来るとは!」


 ──やってきました、大審議!

 だけど大審議所に入った早々、わたしは運悪くサバス様とビッチちゃんに会ってしまった。まだ始まってもいないけど、いやもう勘弁して。

 そしてサバス様は、わたしを指さしながら嘲笑ってきた。……うわあ、すっごく殴りたい。


「……国王陛下のご召喚ですので。あなたがおっしゃっている愚かというのが分かりませんね」


 そもそも裁かれるのはそっちであって、わたしじゃないんだけど。……はー、話が通じない人間の相手は疲れるわ。


「なにすっとぼけてんのよ、この悪役令嬢が! 王様に裁かれて、せいぜい吠えヅラかくといいわ!」

「……悪役令嬢ねえ。わたしからしたら、君のほうがよほど悪役だが」


 それまでわたしのうしろで傍観していたお兄様が口を挟んできた。

 ビッチちゃんは今まで口汚くわたしをののしっていたのも忘れ、お兄様を見て顔を輝かせる。……あー、確かビッチちゃん、アーヴィン様やお兄様も狙ってたなあ。そう叫んでるのを聞いたし。


「エディル様! エディル様が妹のしたことを認めたがらないのは分かりますけど、わたしはマグノリアにいじめられたんですよ!!」

「はあ? 今のはどう見ても、妹がいじめられている側だが? それに貴族最下位の男爵家の娘が、伯爵家である妹に対してその口調はありえないな。ホルスト家からあれだけやめるように抗議したのに、わたしの婚約者と妹を侮辱し続けた君には言われたくない」

「そんな……! わたしは被害者なのに!」


 どこまでも被害者ヅラしたいビッチちゃんがわざとらしくよろけたのをサバス様が慌てて支える。


「たかが伯爵家ふぜいがえらそうに! 愚妹と一緒でその兄もふてぶてしいな!!」

「──おや、サバス・パーカー殿には妹君がいらっしゃったのか。それは存じ上げませんでした」


 お兄様が眉を上げて意外そうに言った。……うん、指摘してやるなよ。ツッコミ属性のお兄様が言いたくなるのも分かるけど。つかお兄様、それサバス様がふてぶてしいって暗に言ってるようなものやん。

 すると、反論されるとは思ってなかったらしいサバス様が、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。


「なぜそうなるのだ! 貴様は会話もろくにできないのか! 僕が言ったのは貴様とマグノリアのことだ!!」

「は? しかし愚妹とは、自分の妹をへりくだっていう言葉ですよ? ──そうですよね?」


 近くにいた騎士にお兄様が話をふると、彼は頷いた。


「はい。ホルスト伯ご令息のおっしゃるとおりです」

「……! きっ、貴様! 騎士のくせにその男に買収されたか!」

「……は?」


 湯気が出そうなほど真っ赤になって、サバス様が激昂する。

 気の毒な騎士は真顔になると、実に真っ当な抗議をした。


「わたしは王宮付きの騎士です。そのような侮辱はやめていただきたい」

「しかし、貴様はこの男におもねって、嘘をついているではないか!!」


 ……いや、これ以上は恥の上塗りでしかないから、やめたほうがいいんじゃないかな?

 現に周りにいた施設の職員たちが「ええ……、馬鹿なの?」「誰か辞書持ってきてやれよ」と小声で話している。


「ひどいわ! マグノリアはこの騎士まで買収しているのね!? なんてひどい女なの!」


 そうこうする内に、ビッチちゃんがまたわけの分からないことを言い出した。

 ……えー、そもそもサバス様の間違いから始まった話なのに、なんでわたしが出てくるわけ? お兄様はともかく、わたし関係ないよね?

 すると、変態だけど家族思いではあるお兄様が抗議してくれた。


「……スタイン嬢、また一つ君の罪が増えたな。ここには証人になりうる第三者の目があるということを覚えておくといい」

「……っ! そんな、どうしてエディル様はわたしをかばってくれないんですか!? わたしはマグノリアとディアナにいじめられたんですよ!!」

「──君は本当に阿呆だな」


 あいまいな「馬鹿なのかな?」という疑問形じゃなくて、断定。

 おおお、お兄様の毒舌が来たああぁっ! お兄様のうしろにブリザードの幻影が見えるよ!

 お兄様に阿呆と言われたビッチちゃんは、意味不明というようにぽかんとしてる。


「なっ、ビッチに向かってなにを!」

「──パーカー侯爵令息、こちらが辞書でございます」


 ぎゃんぎゃんと噛みつくサバス様に、施設の職員が声をかけてきた。


「邪魔をするな! 僕はそれどころではない!」

「いえいえ、王宮付きの騎士が不正をしたと疑われたのです。そのままにしておくわけにはまいりません。あ、愚妹の項はこちらです」


 施設の職員が、しおりを挟んだ分厚い辞書をサバス様に差し出した。

 それをわずらわしそうに見やったサバス様は、目を丸くしたあと、屈辱からか顔を真っ赤に染めた。……どうやら、自分が間違っていたことをようやく理解したらしい。


「無礼者が! 僕にこのような恥をかかせるとは!」


 サバス様はそう叫ぶと、怒りのままに開かれた辞書のページを派手に破り捨てた。


「あっ! 大審議所の蔵書を!」

「なんてことを!」

「これは罰則にあたりますぞ!」


 まさか国で所蔵しているものが破かれるとは思っていなかったらしい職員たちが口々に言い募る。

 彼のこの蛮行には、わたしのみならずお兄様までびっくりしてるよ。……っていうか、国、それも大審議所のような重要な施設のものを故意で破損するってまずいんじゃないの?


「うるさいうるさい!! そんなもの、また国で買えばいいだろう! 大審議所の職員のくせに、さもしいことを言うな!!」

「なんと、盗人猛々しい!」

「自ら破っておいて国で買えとは! 弁償するつもりもないとはあきれ果てる!」


 あー……、今度は馬鹿令息対施設職員になっちゃってるよ。でも確かにサバス様は非常識すぎて、彼らが文句言いたくなる気持ちも分かる。


「……マギー、一時期とはいえ、よくこんな馬鹿を我慢したな……。わたしなら氷漬けにしてしまいそうだ」


 あきれているわたしのそばで、お兄様がしみじみとつぶやいた。……いやー、わたしだって馬鹿を燃やしたくなったのは、一度や二度じゃありませんけど。


「……そうして、こっちが罪に問われることのほうが馬鹿らしいですよ」


 わたしがそう言うと、お兄様は納得したように「それもそうだな」と頷いた。

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