17.なんでそうなる!
「な、なんだサバス、学園に行ったのにまたすぐに帰ってきて……」
──王都のパーカー侯爵邸。
不機嫌そうに顔を歪めながら帰宅したサバスをパーカー侯爵が落ち着かなげに出迎えた。
「学園長に帰されたのです。不当にも、今度は停学七日間を言い渡されて……!」
「なっ、なんだと! 前よりも期間が長いじゃないか! またなにかしでかしたのか!?」
目をむいて侯爵がサバスを問いただす。
王妃を侮辱して停学三日の処分よりもさらに重い七日間だ。侯爵でなくともなにかあったと思うだろう。
「……しでかす? ビッチと花畑でデートしていたら、花畑の花を踏んだとかで強制的に学園長室に連れて行かれたのです。たかが花くらい植え替えればいいものをそんなことで侯爵家嫡男である僕に乱暴な扱いをするなど許されません!」
彼らが連行されたのは、往来で学園長を侮辱し、罷免するなどと騒いだからであるが、それに思い至らないサバスは大声でわめきたてた。
「えっ、花を踏んだだけで停学になるのか?」
「そうですよね、それだけで停学にするのはおかしいですよね!!」
我が意を得たりと、サバスが嬉々とした顔になる。
「あ、これは、あの忌々しい学園長から預かってきた書状です」
「はあ……」
思い出したかのように、サバスが制服の胸ポケットから白い封筒を取り出した。
わけが分からないながらも、侯爵は書状を開くと、そこに書かれていた事柄に目を見開いた。
そこには、サバスが往来で学園長への侮辱をしたことに加え、彼の罷免を叫んだこと、さらには学園が管理する花畑を荒らしたことを注意したら、学園長を老いぼれ、死に損ないなどと呼ばわったことなどが記載してあった。
「なっ、学園長を死に損ないなどと言ったのか!? まずいではないか!」
「はあ……? ですが……」
慌てる侯爵に、サバスが不満そうな顔をする。
「相手は王族だぞ! なぜそのようなことを言ったのだ!」
「ですが、あの学園長は本当に王族なのですか? なんとなく納得できないのですが」
「納得もなにも、王家の長老だぞ! さすがにこれはまずすぎる!」
慌てふためく侯爵と違って、サバスはまだ得心がいかないようだ。
「ですが、あの学園長はやたらと花を踏んだことで僕とビッチを責め立てたのです。仮にも王族が、たかがそのくらいで騒ぐほうがおかしいかと」
おかしいもなにも、サバス達がしたことは立派な器物損壊に当たる。だが学生ということもあり、素直に謝罪さえすれば、そのことで懇々と説教されることもなかっただろう。
「はあ……? 学園長は花が好きなのかな?」
サバスと同じく、花など植え替えればいいという考えの持ち主である侯爵は、不思議そうな顔をした。
「僕が思うには、実はあれは学園長ではなくて庭師なのかと! だから、あれ程までに花ごときにこだわったのでしょう!」
「はあ……?」
いったいどこの庭師が王族である学園長のふりをするというのか。平民の庭師がそんな不敬なことをしたら、普通は即処刑である。
サバスのとんでも理論に、さすがの侯爵もわけが分からないというように、顔に?マークを貼りつけている。
「そうだとしたら、これは大問題ですよ! たかが庭師が王族を
「いや……、庭師が王族を騙るのは無理があるだろう……」
なぜそんなおかしな結論に至るんだと続けようとした侯爵を遮って、サバスが嬉々として叫んだ。
「そうですよね! 庭師が王族を騙るなど大罪です! それに侯爵家の令息である僕をさんざん侮辱したのです。あの偽学園長には裁きが必要でしょう! ちょうど大審議があることですし、そこで王族に似つかわしくない王妃と一緒に断罪すべきです!!」
「いや、待て待て待て!」
勝手に盛り上がるサバスに、侯爵が慌てて口を挟んだ。対するサバスは、自らの主張を邪魔されて若干不満そうだ。
「なんですか、父上」
「いや、王妃と一緒に断罪とはどういうことだ。王妃様のことは大審議では口に出すなと言っただろう!」
「ですが納得できません! その地位にふさわしくない王妃をなぜ断罪してはいけないのですか!?」
あれだけ言ったにもかかわらず、サバスはまだ王妃を断罪する気満々である。
侯爵は脱力しながらも、なんとか口を開いた。
「……そんなことをしたら、我が侯爵家が王家に罰せられるからだ。頼むからそれはやめてくれ。あと学園長を断罪するのも駄目だ」
「父上! 父上は悪に屈するというのですか! ですが僕は……!」
「まだ分からんのか!! わが家が罰せられると言っただろう! ハウアー侯爵家やホルスト伯爵家のみならず、王家まで敵に回しては身の破滅だ!!」
さすがにここまで来ると黙ってはいられずに、侯爵は息子を怒鳴りつける。
サバスは侯爵の剣幕に驚いたように
「父上! 父上を見損ないました! 父上まで権力におもねるとは! こうなったら、僕は僕で勝手にします!!」
「まっ、待て、サバス!」
そして、侯爵が慌てて引きとめようとするのを無視したサバスは、足音も荒く自室へと引きこもった。
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