9.思わぬ伏兵が!

「あはは! 本当におもしろいねえ、君たちは!」


 そう言って、生徒会室に備えつけられている布張りのソファに座って大笑いしているのは、この国の王太子殿下で生徒会長のアーヴィン様である。わたしとお兄様は彼の前で憮然としたまま座っている。……もうおうちに帰りたい。

 でもせっかくだから、目の前のお菓子はいただくけどね! このケーキ、なかなか手に入らない有名菓子店のなんだもの、食べなきゃ損というものだ。ちなみにお兄様もこのスイーツに釣られた口である。


「あー、おかしい。エディルの氷溶かすのに屋敷燃やしかけるとか、さすがマギーだなあ」


 ひーひー言いながら爆笑している様は、あの生誕パーティーで、王太子然としてお花畑達を咎めていた人と同一人物とはとても思えない。

 ……わたしも巨大な猫を被ってるけど、この人も相当だよね。それはお兄様にも言えることだけど。


「……おかげでわたしまで家で魔法を封じられて、とんだとばっちりだ」

「わたしはお兄様を止めようとしただけじゃないですか! そもそも、わたしはディアナのナイスバディに思いをはせていただけなのに、心が狭すぎるんですよ!」


 きゃー、嫉妬深い男ってこわ~い! そのうちディアナ、監禁とかされちゃいそう!

 ……って言うのはやめといたよ。あれ、それなのになんでお兄様の周りがビキビキ凍りかけてるの? ケーキまで凍っちゃうでしょ! それはそれで、おいしいけど。


「ぶふっ」


 アーヴィン様、コーヒー飲もうとして吹き出したら駄目ですよ。口に含んだものを吹き出すよりはましですけど。

 仕方なくわたしは手近にあった濡れ布巾でテーブルの上を拭いた。周りの大事な書類等は、とっさに三人で防御壁魔法を張ったので無事である。


「ああ、すまないね。さすがマグノリアだ。ぐぐふぅっ」


 アーヴィン様は、わたしが真っ先に大切なスイーツ達に防御壁を張ったのに気がついたのか、片手で口を覆って笑いをこらえている。

 やー、笑いたいなら笑ってもいいですけどね! でも、さっきみたいな笑い方は、女の子のファンが減っちゃうのでやめたほうがいいと思いますよ。

 そしてわたしは、ケーキが凍ったり、コーヒーまみれになったりする前に、一番打撃を受けそうな苺のミルフィーユを確保した。

 冷めたコーヒーは火魔法の応用で熱くし直したし、それでは、この二つに割られて飾られている、粉砂糖がかかった苺から行っちゃおうかなー! ……んーっ、さすが入手困難な有名菓子店、苺と粉砂糖だけで既においしい!


「マギーって、本当においしそうに食べるねえ」

「……何日もごはんを食べさせてない子みたいで恥ずかしいです」


 そこ! こそこそしていても、しっかり聞こえてるからね!

 それにおいしそうに食べるシーンこそ、グルメもののきもじゃないですかあーっ!(※注 グルメものではありません)

 見ると、二人はそこの有名菓子店で一番人気なチョコレートケーキを手堅く手にしている。

 ……ふーん、でもいいの、後で食べるから。他のケーキもおいしいもの。

 でも、ミルフィーユっておいしいんだけど、食べにくいんだよねえ。そう思いながらわたしがケーキにさくっとフォークを刺すと。

 ……ぽろっ。

 ミルフィーユの持ち味の薄いパイがケーキ皿にこぼれ落ちた。むっ、ちょございな。

 さく、ぽろっ。……あれ、今度こそっ。

 さくっ、ぽろぽろっ。

 ……ぐあーっ! なんだ、この悪魔みたいな食べ物は!!

 こんなおいしそうな匂いを放ってるのに、食べさせまいとするなんてひどすぎる!

 残骸と化したミルフィーユを前に絶望するわたしをアーヴィン様のみならず、お兄様までもが声を殺して笑っている。ひどい、人の不幸を笑うなんて、紳士じゃないぞ!

 こ、こうなったら……!

 わたしはコーヒーカップのソーサーからスプーンを取ると、ケーキフォークも駆使してそこにミルフィーユの残骸をのせ、口に運んだ。

 んん、粉々になっちゃったけど、パイと苺とカスタードの調和がすばらしいな!


「……コーヒースプーンは、そんな用途に使うものじゃないんだけど」


 案の定、お兄様に突っ込まれたけど、わたしはすまして言った。


「せっかくのケーキが無駄になるよりいいじゃありませんか。それともなんですか、お兄様はわたしにこのケーキをかき込めと言うんですか」

「そんなことは言ってないだろう。貴族令嬢がそんな食べ方をしたら、それこそ問題だ」

「まあまあ、二人とも。わたしも悪かったよ。ここのミルフィーユは、おいしいけれど最凶に食べづらいと評判でね。つい、いたずら心を出してしまって、どちらが食べるかなあと見守ってたんだが……」


 犯人はおまえかあ──ッ!


 つい、アーヴィン様が王太子だということも忘れて、わたしは心の中でののしった。だけど、なにも最高にすさんでるこの時にしなくてもいいじゃん! わたし悪くない。

 それから、ちょっとしたお茶目だったんだと言い訳するアーヴィン様の分のケーキを自分のものにしたわたしは、哀しそうな目をしている彼の前で見せびらかして食べてやりました。

 人のお金でたくさん食べるケーキ、おいしいです。

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